28 年末の事件

 年末。私は渚の家に居た。アダムも音緒も、実家に帰っていた。渚は両親とは遠方かつ疎遠らしく、滅多なことでは帰りたくはないとのことだった。


「まあ、さすがに結婚の挨拶くらいは帰らなきゃまずいだろうけどね……」


 缶チューハイを飲みながら、渚が言った。私は尋ねた。


「渚の親ってどんな人たちなの?」

「いい人たちだったけど、あたしに能力が芽生えてからは、ちょっとね。機動隊に入ったのだって、一刻も早く親元から抜け出したかったからだったし」

「それでも、結婚のことはきっと喜んでくれるよ」

「そうだといいけど」


 私はタバコが吸いたくなった。そわそわした素振りを見せると、渚にベランダに行くように言われた。ビールが空いた缶を持ち、私はそれを灰皿にすることにした。


「やっぱり、あたしにも一本ちょうだい」


 渚もベランダに出てきた。彼女に火をつけてやり、私たちは二人で夜風にあたった。


「それより、ユキはアダムと一緒に行かなくてよかったの? ご両親とはもう会ってるんでしょう?」

「んー、なんか、水さしたくなくてさ。アダムには誘われたけど、断ったよ」


 私にはもう、両親がいないということがハッキリした。父方の伯父が、死後の整理をしてくれたはずだが、その人も今どこにいるか分からなかった。確かお墓もあったはずだが、どこなのだろう。いつか突き止めたいと思った。私は言った。


「っていうかさ。なんで結婚オーケーしたの? 渚って、音緒にくっつかれるの嫌がってたじゃねぇか」

「……人前でされるのが嫌だっただけ」


 渚は目を伏せた。こいつら、二人っきりのときは案外ラブラブだったのか……? それには気付かなかった。いや、渚のことだから、気付かれないようにあんな対応をしていたのだろう。二人とも缶に吸い殻を落とし、部屋に戻った。ローテーブルを挟んで、私はにやけながら渚に聞いた。


「ねえねえ、式とかどうすんの?」

「まだ何も決めてないよ」

「機動隊の全員呼ぶよな? なっ?」

「まあ、あんな形でプロポーズされたわけだしね。やるとしたら呼ぶよ」


 私は結婚式に出たことがない。その初めてが、彼女らの式になるのだとしたら、これ以上嬉しいことはない。しかし、私は出席用の服を持っていない。それも買わなければならないだろう。私はスマートフォンを操作し、結婚式、ドレス、お呼ばれのワードで調べ始めた。


「確か、ドレスの色はかぶっちゃダメなんだよな? 無難に黒とかにしとけばいいのか?」

「だから、まだ式するかどうかも決めてないってば」

「えー、やってよ。私、披露宴で美味しいご飯食べたい」

「もう、ユキったら結局食い気? テーブルマナーとか大丈夫でしょうね?」

「それはアダムに教えてもらう」


 バラエティー特番をかけ流していたテレビが、急にニュースに切り替わった。


「……刑務所に収監されていた男が脱獄し、放火をしているとの情報が入りました。男はゴールデンで、火を扱う能力を持つとのことです」


 私と渚はパッとテレビに向き直った。脱獄したのは曽和源四郎そわげんしろう。過去に都内で放火を繰り返し、懲役刑を受けていたらしかった。渚のスマートフォンに、隊長から連絡が入った。


「渚、今ユキと一緒なんだな?」

「はい、隊長」

「ゴールデンの放火事件が起きた」

「今、テレビで見てます」

「それなら話は早い。今お前らのところに俺が車飛ばしてるから、待ってろ。出動だ」


 それから、私と渚は隊長の車に乗り込み、現場を目指した。アダムと音緒にも、連絡はしており、それぞれ向かっているとのことだった。アダムから着信が来た。


「アダム?」

「ユキ、今隊長の車なんですね?」

「うん」

「僕は時間がかかりそうです。くれぐれも無茶をしないように。それと……」


 電話の向こうで、アダムが咳払いをした。


「曽和源四郎という男。僕の父が戦った相手なんです」


 アダムによると、火を扱える能力というのは、火を消すこともできるものらしい。曽和が放火した火を消化にあたり、それで能力を使い続けて、アダムの父親は廃人になってしまったという。私は拳を握りしめた。アダムにとって、因縁の相手なのだ。パートナーであるこの私が、絶対に止めて見せる。

 着いたのは、工場地帯だった。あちらこちらから火の手があがっていた。既に消防車が到着していた。本人はどこに居るのだろう。隊長が叫んだ。


「隣の工場から、新たに火があがったらしい! 行くぞ!」


 私と渚はそちらへ回った。炎の中に、一人の男が立ち尽くしているのが見えた。


「行くぞ、ユキ!」


 先に渚が駆け出した。男の身体は黄金色に光り、右手から炎の渦を繰り出した。こいつが曽和で間違いないだろう。渚は両腕を刃物に変え、炎を避けた。私も身体を硬化させた。

 バシュン! バシュン!

 次々に炎が打ち込まれた。曽和は笑っていた。


「お前らもゴールデンか!」


 渚が声を張り上げた。


「そうだ! 止めないと、切り裂くぞ!」

「ガハハ! 可愛らしいお嬢ちゃんたちよ。やれるもんならやってみな」


 許さない。私も駆け出した。

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