30 姉弟の対面

 曽和の事件のせいで、年末年始も事務処理におわれてしまった。正月らしいことを特に何もせず、そのまま平日が訪れた。渚は全身に火傷をしたが、徹也の治療のお陰で、特に痕も残らず、平常に過ごしていた。事務室で、隊長の居ない隙に、音緒は雑誌を取り出して猫なで声を出していた。


「チャペルにする? 神社にする? アタシ、渚のドレスも着物もどっちも見たいなぁ」

「おい、わざわざそんなもん持ってきたのかよ! 後にしろ、後に!」


 そんな彼女らの姿を見て、アダムが言った。


「ユキのドレスも買わなければなりませんね。あと、カバンとかアクセサリーとか……」

「何か、色々要るのな?」

「そうですよ。僕もスーツを新調したいですし、一緒に買い物に行きましょうか」


 隊長が戻ってきた。


「おい音緒、まだ勤務時間中だぞ」

「はぁい」


 音緒は渋々雑誌をカバンにしまった。


「そうだ、ユキ。弟さんのことだがな。居場所がわかったぞ」


 私は思わず席を立った。


「本当っすか!?」

「ああ。夕貴くんは生きているよ。今、医療刑務所に居るそうだ」


 夕貴は合成麻薬を販売した罪で逮捕されていた。彼自身も薬物中毒に陥っていたらしく、医療刑務所へと送られたという。普通に面会するのは無理だということだ。


「俺が手を回してやる。ゴールデンの犯罪捜査の一環で面接するということにしておけばいいだろう。ユキ、それでいいな?」

「はい……はい!」


 それから一ヶ月後、私はアダムと一緒に医療刑務所に行った。夕貴はゴールデンだ。警備もより厳重らしく、いくつものセキュリティーを通過してから、面会の部屋へと案内された。


「沙也。久しぶりだね」


 記憶の中と、寸分変わらない容姿の夕貴が、やわらかく微笑んだ。


「うん……久しぶり。元気そうだね」

「ああ。治療もほぼ終わった。辛かったよ」


 夕貴には手錠がかけられていた。その手錠にはリンク機能があり、不活性者の刑務官と繋がっているのだとか。それをここに入る前に説明されていた。


「で……そちらは?」

「彼はアダム。パートナーだよ。さて、どこから話そっか……」


 私は記憶喪失になっていたこと、アダムに身元引受人になってもらったこと、機動隊に所属し、ゴールデンの犯罪を取り締まっていたことを話した。


「そっか。沙也も大変だったんだね」

「私、あのとき夕貴は死んだのかと思ったよ」

「オレの能力の方が売買には向いてるからさ。どうか沙也だけは見逃してくれって奴らに頼んだんだよ。まさか、記憶を失っているとは思わなかった」

「だよな。忘れててごめん。本当にごめん」

「いや、いいんだ。それより良かったな、素敵な恋人ができて」


 慌てて私は手を左右に振った。


「いや、アダムはそんなんじゃねぇぞ?」

「ははっ、そうなの?」

「私が一番大事なのは夕貴、お前だよ」

「オレも沙也のことが一番大事。この三年間、ずっと沙也のことを考えて暮らしてきた」


 夕貴は顎で自分の右肩をこすった。服に隠れて見えないが、そこには「saya」のタトゥーがあるはずだった。私は言った。


「刑期が終わったら、必ず迎えに行く。社会復帰の算段も立ててやる」

「ありがと、沙也。早く出られるよう頑張るよ。それと、愛してる、沙也」

「私も愛してる、夕貴」


 短い面会は終わった。私とアダムは一旦本部に戻り、隊長に報告した後、帰って夕食を取った。それから、あのショットバーへ行った。


「いらっしゃいませ」


 マスターが、私たちの姿を見てにっこりと微笑んだ。まずはビールを注文した。私は告げた。


「弟に、会えました」

「それは良かったです」


 そして、マスターにはこれまでのことを色々と話した。これからも、機動隊を続けていくつもりだということも。


「私、これからもこの街を守ります。能力が尽きるまで、戦い続けます」

「あなたのようなゴールデンがいてくれて良かった。わたしも安心ですよ」


 ビールの次は、ウイスキーだ。ロックで頂いた。マスターは、グレンモーレンジィの瓶をカウンターに置いた。


「ユキ。あなたが戦い続けるというのなら、僕もそうします」

「頼むな。お前は私の唯一無二のパートナーだ」

「はい」


 カラン、と氷の音をたて、私はウイスキーを一口飲んだ。


「アダムの、曽和のことだけどよ……」

「どうかしましたか?」

「あいつ、言ってたんだよな。ゴールデンは人の頂点に立つ存在だって。私はそうは思えねぇ。ゴールデンは、考えようによっちゃあ普通の人より弱い」

「そうですね。ゴールデンは、ゴールデンだからこその悩みや苦しみも抱えて生きています」

「だからこそ、パートナーが必要なんだ。これからも、私がアダムを守るから、お前は私を守ってくれよな」


 私とアダムは、小指を立て、指切りをした。

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