17 両親の面会

 週末がやってきた。今度こそ、アダムの両親に会うため、私はアダムの運転する車に揺られていた。直接、介護施設で待ち合わせるらしい。後部座席には、アダムの父親用に見繕ったルームウェアを入れた紙袋があった。そわそわとした気分が止まらない私は、助手席でずっとアダムに話しかけていた。


「この服装、変じゃねぇよな?」


 この日、私は珍しく黒いニットのワンピースを着ていた。いつものショートパンツ姿だと失礼かと思ったのだ。


「大丈夫です。可愛いですよ」

「パートナーの親御さんなんだ。失礼があっちゃいけねぇからな」

「ユキは服装より、言葉遣いを正してほしいものですが……まあ、うちの両親は気にしないでしょう」


 車はどんどん山道に向かっていた。見晴らしの良い高台に、その介護施設はあるようだ。


「アダム、まず何て言ったらいい?」

「僕のパートナーだと自己紹介してもらったらいいですよ。あなたの事情なら、母にはある程度話してありますから、心配要りません」


 昼下がりの午後三時。私たちは目的地に着いた。受付で手続きをしてから、アダムの父親が入所している部屋へと通された。


「父さん、母さん、ただいま」


 その部屋には、大きな介護用のベッドがあり、そこに白髪の男性が横たわっていた。ベッドのわきにはパイプ椅子があり、そこに女性が座っていた。


「アダム、お帰り。父さんったら、さっき眠っちゃったのよ」


 アダムの母親は立ち上がり、アダムを抱き締めた。そして、私の方を見て言った。


「あなたがユキさんね?」

「は、はい」


 私もアダムの母親に抱き締められた。私も身長は高くないが、彼女はもっと小柄だった。


「母さん、これ。父さんの着替え持ってきた」

「ありがとう。きっと喜ぶわ。この部屋狭くてね。座る場所、他に無くて。ごめんなさいね」

「いいよ、気を遣わなくても」


 両親の前だと、アダムは敬語ではなくなるのか。それがとても新鮮だった。私はアダムの父親を見た。本当によく眠っている。寝顔からでも、アダムは父親似だということがよく分かった。所在なさげに私が立ち尽くしていると、アダムはベッドに寄った。


「父さん、僕だよ。今日はユキを連れてきた。大切な、僕のパートナーなんだ」


 アダムの母親が言った。


「当分起きないだろうし、談話室にでも行きましょうか。二人の話、たくさん聞きたいわ」


 私たち三人は談話室へ行き、そこでコーヒーを飲んだ。私は緊張でガチガチになり、無性にタバコが吸いたかった。そんな私に気付いて、アダムは苦笑した。


「ユキ。そんなに緊張しなくてもいいんですよ?」

「だって……」

「アダムが言っていた通り、可愛らしいお嬢さんね。アダムが迷惑かけてない?」

「いえ、迷惑かけてるのは私の方っす」


 先ほど顔立ちは父親似だと思ったのだが、柔和な雰囲気は母親似だ。彼女は話題を提供してくれた。


「この子ったら、最初は料理なんて全然できなくてね。野菜の皮を剥くのも適当だったから、何度やり直しさせたことか」

「へぇ……想像できないっす。アダムの料理、めちゃくちゃ美味しいですから」

「あら、そうなの?」

「そうだよ、母さん。僕だってもう子供じゃないんだ。ある程度の料理はできるようになったよ」


 それから、私たちの暮らしぶりについての話が続いた。私はいかにアダムの世話になっているかということを、アダムの母親に話した。時折、目を細めながら、彼女は私の話を聞いていた。そうしている内に、緊張もほぐれてきて、私は自然に笑うことができていた。


「このところ、お天気が良かったでしょう? 父さんの具合も良くてね。ご飯も完食することが多いんですって……」


 アダムの母親がそう語っていると、介護士さんがやってきた。


「藤堂さん、目を覚まされましたよ」


 私たちは部屋へと戻った。アダムの父親は、上半身を起こし、窓の外を眺めていた。その瞳は、アダムと同じ美しいヘーゼル色だった。


「父さん。僕だよ。アダムだよ」

「あっ……むっ……」


 アダムの父親は、ぎこちなくアダムの髪を撫でた。アダムはうっとりと目を閉じた。それがとても神聖なものに思えて、私は戸口に立ったまま、動けないでいた。


「今日はユキを連れてきたんだ。おいで、ユキ」


 私はおずおずと歩を進めると、アダムの隣に立った。


「初めまして。ユキといいます。アダムさんとは、機動隊でパートナーを務めています」


 アダムの父親は、ゆっくりと私の頭の上にも手を置いた。


「ゆ……き……」

「そう、ユキ。彼女もゴールデンでね。頼れるパートナーなんだ」


 ゆっくりと頭を撫でられ、私はむず痒い気分になった。そして、とても懐かしくなった。とくん、と自分の鼓動が響くのがわかった。私は知っている。こういう感触を。厚い手のひらで慈しまれる瞬間を。

 もう少しで何かがハッキリしそうなとき、アダムの父親は手を離した。そして、ゆっくりと目を瞑った。


「ユキ、ありがとうございます。父さん、また来るからね」


 アダムは父親を横にならせた。そのまま再び眠ってしまったようだった。私たちは、もう帰ることにして、車に乗り込んだ。

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