13 任務の前日

 徹也の運転する車に揺られて、私たちは温泉地に着いた。週末ということもあり、人で賑わっていた。ホテルに着くと、それぞれ部屋に案内された。一人一部屋あてがってくれていたらしい。

 今は昼の三時。夕食は、ホテルで用意されているとのこと。夕方の六時になったら集合、ということで、自由時間が生まれた。

 私は部屋に入るなり、ドサリとベッドに飛び込んだ。ふかふかしていて気持ちいい。旅館では無いのが正直不満ではあったが、そんな贅沢は言っていられない。しばらくすると、扉を叩く音がした。


「はぁい」

「ユキ、外湯巡り行こうよ!」


 音緒だった。私はベッドから起き上がり、戸口に立つと、扉を開けた。音緒の後ろに渚も居た。


「ほら、私、これがあるから」


 私はポンと自分の右肩を叩いた。音緒は眉根を下げた。


「あー、そうだった。ごめんね。渚と二人で行ってくるわ」

「げっ、二人っきりかよ」

「いいじゃないの。パートナー同士、しっぽり裸のお付き合いしよう?」

「あんたは言うことがいちいち変態じみてるな」


 二人を見送り、私はまたベッドに戻った。そういえば、アダムはどうするのだろう。徹也と外湯に行くのだろうか。なら、邪魔しちゃ悪いな。私は一人で外に出てみることにした。

 冬の温泉街を、あてもなくてくてくと歩いた。浴衣姿の観光客たちと何度もすれ違った。外湯巡りを断ったのは、タトゥーが入っていたせいもあるが、あの浴衣の着方が分からないのだ。


「おっ、お団子かぁ」


 醤油のいい匂いにつられて、私は一軒の茶屋に入った。店頭でみたらし団子が売られていた。それを三本買い、店内で食べた。焼きたての団子は、ふわふわとろっとしていて、食感も味も申し分なかった。

 何か食べると、たちまちタバコが吸いたくなるのが私の悪い癖だ。ふらふらと喫煙所を探したが、どこからもタバコの匂いがしなかった。案内板を見ても、マークが無かった。こういう温泉地では、外で吸えるところは無いのだろう。

 仕方がないので、私は喫茶店に入ることにした。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると、同じように喫煙場所を求めて入ってきたであろう観光客が何人か居た。私はカウンター席に通された。


「ホットコーヒーで」

「かしこまりました」


 コーヒーを待っていると、足元に黒猫がまとわりついてきた。鈴のついた首輪をしていた。ここで飼われているのだろう。私は一旦椅子を降り、黒猫のお腹をさすった。


「あら、ジェニー。珍しいんですよ。この子がお客さんに身体を触らせるの」


 若い女の店員さんが言った。黒猫はゴロゴロと喉を鳴らしていた。どうも私は動物に懐かれるらしい。似たようなことが何回かあった。

 コーヒーが届いたので、私はタバコに火をつけた。黒猫はいつの間にか居なくなっていた。私は夕食までここで過ごすことに決め、時計を見ながらぼんやりと過ごしていた。

 ホテルの夕食は、ビュッフェ形式だった。これは有難い。お腹いっぱい食べられる。こんもりと料理を乗せて席に戻ると、アダムが苦笑していた。


「ユキ、野菜も取らなきゃダメですよ」

「別にいいじゃねぇか、うるせぇなぁ」

「僕はあなたの保護者ですからね。口うるさくもなりますよ」


 結局、アダムの取ってきたサラダを私は食べさせられた。野菜は嫌いではないのだが、やっぱり肉や米の方が美味しいのだ。

 夕食が終わり、私は部屋でシャワーを浴びた。全身を濡らしながら、右肩の「yuki」の文字をつうっとなぞった。これは、いつから、何のために入っていたものなのだろう。考えても無駄なのに、そこにばかり気が向いた。

 タオルで髪を拭いていると、渚と音緒がやってきた。私の部屋で女子会をしたいらしい。三人でベッドに腰かけ、瓶のフタをそれぞれ開けた。音緒が言った。


「まあ、ジュースだけど。かんぱーい!」


 私はサイダーを、渚と音緒はオレンジジュースを打ち鳴らした。明日は朝日が昇ったらすぐに出動だ。お酒は控えておくように、と隊長からお達しがあったのだった。

 外湯巡りは実に楽しかったらしい。音緒が触っただの触ってないだので渚とケンカを始めたが、私はそれを尻目にごくごくとサイダーを飲んでいた。ケンカが終わり、渚が言った。


「それよりさ。昨日も蜜希先生と徹也、いい感じだったよね」


 私は尋ねた。


「その、いい感じってどういう感じなわけ?」


 音緒が私の鼻をつんとつついて言った。


「だーかーらー、徹也って絶対に蜜希先生のこと好きじゃん? 蜜希先生もまんざらでもなさそうだし、あの二人くっつけたいんだよねぇ」


 私にはそれがよく分からなかった。しかし、渚と音緒が言うのだから確かなのだろう。渚が呟いた。


「ユキはそういうの疎そうだからなぁ……」


 そうかもしれない。けれど、私は反論したくなった。


「でも、私って処女じゃねぇみたいだよ。蜜希先生に内診してもらったときに言われた」


 音緒が悲鳴をあげた。


「キャー! マジで? じゃあ、記憶を失くす前は恋人が居たんだ! ユキのこと、ずっと待ってたりして!」


 恋人、か。もしかすると、居たのかもしれない。それならば、どうしてその人のことも忘れてしまったのか。もう三年だ。仮に居たとして、私のことなど探してはいないだろう。そんな私の物思いはよそに、渚と音緒はキャーキャーと盛り上がっていた。

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