14 万一の事態

 翌朝、私たちはアパートの三階に居た。作戦通り、音緒がインターホンを押し、対象者である山根悟やまねさとるを呼び出した。私とアダムは、非常階段の辺りで待機していて、インカムで音緒が話すのを聞いていた。


「山根さん、おはようございます。特定超能力機動隊の石山と申します」


 ここからだと、彼女たちの姿は見えない。私は耳に集中していた。少しでも不穏な動きがあれば、対処しなければならない。

 しばらく押し問答を続けていた音緒と山根だったが、とうとう折れたのか、扉が開く音がした。


「どうも……」

「山根悟さんですね。あなたには逮捕状が出ています。なお、私は不活性者です。能力を使うことはできません。ご同行願います」


 能力を封じられたとなると、山根にはどうすることもできないだろう。しかし、違った。奴は抵抗したのだ。


「ぐっ……!」


 音緒がうめき声をあげた。続いて、渚の叫び声が聞こえた。


「音緒が刺された!」


 私とアダムは、慌てて彼女たちの元へ駆けた。うずくまる音緒の腹を、渚が押さえていた。渚は私たちを見ると叫んだ。


「あいつ、窓から逃げやがった!」


 それを聞いて、私は部屋になだれこみ、開け放たれた窓から飛び降りた。そこは細い路地になっていた。山根らしき男が、脚を引きずりながら逃げていくのが見えた。


「この野郎!」


 私は山根を捕まえようとしたが、身体が動かなかった。山根の身体は黄金色に光っていた。これが奴の能力か。辛うじて目だけは動かすことができた。見失わないように、必死に睨みつけた。


「ユキ!」


 アダムも続いてやってきた。すると、山根を包んでいた光はたちまち消えていった。よし、動ける。私は駆け出した。


「うわあああ!」


 タックルして山根を倒すと、奴は情けない叫び声をあげた。手に持っていた包丁は、衝撃で路上に吹っ飛んでいった。私はすぐさま手錠をかけた。


「もう逃げられねぇぞ!」


 私は山根の頭を掴んで地面に叩きつけた。カエルがつぶれたかのようなくぐもった声をあげ、奴は大人しくなった。こいつ、音緒を刺すなんて。やりやがったな。私は心配になり、渚にインカムで連絡した。


「渚、音緒は!?」

「徹也に来てもらってる! でも、出血が止まらないの!」

「ユキ。音緒は徹也と救急隊に任せましょう。僕たちは、犯人の連行を」


 アダムの言う通りだ。ここは私の仕事をしないと。私とアダムは山根を立たせ、待っていたパトカーに乗せた。窃盗だけならまだ罪も軽かっただろう。しかし、これは立派な殺人未遂だ。音緒の容態がどうなのか、気が気では無かったが、自分の任務を遂行しようと集中した。

 地元の警察に引き継ぎが終わり、私とアダムは音緒が搬送された病院へと向かった。待合席では、渚が顔を伏せて静かに座っていた。目が赤かった。私は声をかけた。


「渚……」

「今、手術中だって。徹也が応急処置をしてくれたから、命は大丈夫だろうって」


 私は渚の隣に腰かけた。アダムが言った。


「僕、飲み物買ってきますね」


 こういうとき、どうすればいいのだろう。アダムが戻ってくるまで、私と渚は黙りこくっていた。


「二人とも。コーヒー、どうぞ」


 アダムは三本の缶コーヒーを買ってきていた。渚の分だけブラックではなく微糖だった。渚はそれを受け取ると、震える指でフタを開けようとした。しかし、上手くいかない。私はそっと缶を掴み、代わりに開けてやった。


「ユキ、ありがとう」


 こくり、と渚がコーヒーを飲み込む音が聞こえた。そのくらい、待合室は静かだった。アダムも渚の隣に腰掛け、二人で彼女を挟むような恰好になった。渚は呟いた。


「あたしが側に居たのに。何もできなかった。音緒がケガしたのは、あたしのせいだ」


 私は渚の左手を握った。ひどく冷たかった。私は言った。


「渚のせいじゃねぇよ。あのクソ野郎がやったことだ。あんまり自分を責めんな。なっ?」


 渚はうつむいたまま、首を横に振った。私はすがるようにアダムの顔を見た。彼は厳しい顔つきをしていた。三人ともがコーヒーを飲み終わった頃、渚が言った。


「さっ、二人はもう帰りなよ」


 私は食い下がった。


「いや、心配だ。私らもここに居るよ」


 すると、渚はこんなことを言った。


「もし、他の事件が起きたらどうするの? 動けるのはあんたたちだけでしょう? だから、早く帰って休んで。あたしは一人で大丈夫だから」

「でも……」


 なおも居座ろうとしたが、アダムに止められた。


「渚さんの仰る通りですね。ユキ、帰りましょう」

「アダム!」

「ほら、早く行って。車で徹也が待ってると思うから」


 渚は力のない笑みを見せた。こんな表情をしている彼女を放ってはおけないのに。アダムが私の腕を掴んで立たせた。引きずられるようにして、私は駐車場へ向かった。渚の言葉通り、徹也が運転席に居た。私たちの姿を認めると、徹也は車の窓を開けた。


「お二人の家まで送るっす。隊長が、今日は本部には顔を出さなくていいって言ってましたから」

「そうですか。では、頼みます」


 車中で私は、ぼんやりと窓の外を見つめていた。渚を一人になんてさせたくなかった。

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