12 任務の準備

 その日はきちんと自分のベッドで寝た。朝目覚めた私は、まずはトイレでナプキンを替え、念のために鎮痛剤を飲んでおいた。そうこうしていると、アダムも起きてきて、コーヒーを作ってくれた。


「ふうっ、旨いな」


 私は今日一本目のタバコを取り出し、コーヒーと共に楽しんだ。アダムが言った。


「事件も続きましたし、しばらくは事務処理に追われますね……」

「まあ、なんだ。頑張れ」

「ユキも頑張って下さいね?」


 本部に着いた私とアダムは、最初に診療所へ行った。徹也が待っていた。


「ユキさん、アダムさん。昨日はお疲れさまっす」


 アダムが返した。


「徹也には、お酒を辛抱させてしまって悪かったですね。今度みんなで外に飲みに行きましょうか」

「いいっすね。今度は隊長も呼びます?」


 私はぶんぶんと右手を横に振った。


「ダメダメ、隊長酔うと説教臭くなるから」

「あはは、そうでしたね」


 それから私は椅子に座り、徹也の治療を受けた。傷はほとんどわからなくなっているのだが、行かないとアダムがうるさいだろうし、徹也がいいと言うまでは通うつもりだった。治療を受け終わった後、アダムが言った。


「明日からやっとお休みですね。徹也さんは何かご予定でも?」

「一人でツーリング行こうと思ってるっす」

「私たちはどうする? アダム」


 アダムは口元に手をやると、息を漏らした。


「行きますか。僕の実家」

「えっ、いいの?」


 まさか、こんなに早く約束が果たされるとは。私は小躍りしたい気分になった。


「楽しみだなぁ」

「母に連絡しておきますね」


 しかし、事務室に着いた途端、その予定はからくも崩れ去ることになった。隊長が言った。


「お前ら、明日から出張だ。温泉地でひったくりをやっているゴールデンが居るらしい」


 隊長の説明はこうだった。そのゴールデンは、周囲の人間の動きを一定時間止める能力を持つのだという。普段は旅館で清掃の仕事をしていて、住所も突き止めてあるのだとか。


「この作戦は、音緒が中心だ。音緒が不活性化を行い、動きを封じる。ユキとアダムは、万一の事態に備えて、非常階段で待機だ」


 どうやら今回は私たちの出番は無さそうだ。音緒、そして渚なら、難なく確保できることだろう。そして、この出張は、前日入りして行うらしい。音緒がガッツポーズをした。


「温泉入れるじゃーん! やったね渚ぁ」

「もう、音緒。あんたが中心の作戦だっていうのに、観光気分でどうすんの?」


 渚が肘で音緒をつついた。しかし、渚もどことなく嬉しそうだ。私も、アダムとの約束が流れたのは残念だったが、温泉地に行くというのはとても楽しみだ。

 その日は一日中事務仕事に費やし、出張任務の打ち合わせも済ませた。帰るのがずいぶん遅くなったので、スーパーマーケットに寄り、惣菜を買いこんだ。

 レンジで惣菜を温めるくらいなら、私にもできる。今夜はアダムにはゆっくり座っておいてもらって、私が夕食の準備をした。


「できたよー」


 私はシュウマイとカニ玉を並べ、冷蔵庫から缶ビールも取り出した。


「食べたら明日の準備もしなければなりませんから、飲みすぎないように」

「はぁい」


 昨日とは打って変わって、落ち着いた食卓だ。いつものダイニングテーブルが、今は何だか広く感じられた。私は言った。


「実家、行けなくなっちゃったね」

「まあ、次の機会でいいでしょう。父も母も、週末なら大体空いているでしょうから」


 ビールは一缶で抑えて、私とアダムは荷造りを始めた。出張に備えて、それぞれのスーツケースは準備してある。私は自分の部屋で、着替えを詰めていった。お土産も買うだろうから、荷物には余裕を持たせないと。


「ユキ、予備の充電ケーブルそちらにあります?」


 アダムが部屋に入ってきた。


「うん、あるよ。えーと、どこだっけ」


 私はスーツケースの中身をかき回し始めた。確か最初の方に入れたはずだ。


「ああもう、ぐちゃぐちゃに……」


 充電ケーブルが見つかった後も、アダムは部屋に居座り続け、私の着替えをたたみ始めた。


「前から思っていたんですけど、そろそろ下着買い替えませんか? ボロボロですよ?」

「こういうのはネットじゃなくて店で買いたいんだよなぁ。アダム、今度着いてきて」

「ダメですよ。そういう買い物は女性を誘って下さい」


 断られてしまった。私が知る女性といえば、蜜希先生、渚、音緒の三人しか居ない。誰を誘おうか。そんなことを考えている内に、私の着替えは全てキレイにたたまれてしまった。結局、最後の詰め込みまでアダムがやった。


「もう、世話が焼けますねぇ……」

「アダムが勝手に焼いてきたんだろ?」


 むっと唇を結んだアダムだったが、すぐにそれを緩ませた。


「それもそうですね。次からは全部自分でして下さい」

「えー?」


 私が唇を突き出すと、アダムはくしゃりと私の髪を撫でた。いつもそうだ。こうやってうやむやにしようとする。でも、彼にそうされることは、別に悪くない気分なのも確かだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る