006 副作用

 マリアは驚きのあまりひっくり返ってしまった。


「「「どうしたー!」」」


 付近の町民がやってくる。

 そして、彼らも「なんじゃこりゃあ!」と驚いた。


 農地が作物で埋め尽くされていたのだ。キャベツにレタス、ナスにトマト……ありとあらゆる野菜で畑が埋め尽くされている。

 通常の〈グロウアップ〉では考えられない光景だった。


「ロンだ! ロンを呼べェ!」


 誰かが叫ぶ。

 慌てて町民の数人が駆け出し、ロンを連れてきた。


「なんじゃこりゃあ!」


 ロンもまたぶったまげた。


「わ、わた、私、何か間違っちゃったのかもしれましぇん」


 マリアは涙目でロンに縋る。


「お前さん、本当に〈グロウアップ〉を使ったのじゃな?」


「そのはず……うぅぅぅ」


 ロンは「ふむ」と唸り、畑をまじまじと見る。


「〈グロウアップ〉は作物の生長を促進する魔法。マリアほどの魔力なら一気に育ちきってもおかしくはないが……問題は数じゃな。明らかに作物の量が多すぎる」


 そう、問題は数なのだ。農地は広めだが、それでも一度の栽培で収穫できる量を大きく上回っている。もはや土が見えない有様だった。


「ひとまずお主が使った〈グロウアップ〉の術式を教えてくれんか?」


「うん……」


 マリアは口頭で説明した。


「特に問題ないのう」


「だよねー。じゃあ、どうしてこんなことに?」


「考えられるとすれば魔力じゃな」


「魔力?」


「知っていると思うが、魔法の効果は使用者の消費する魔力によって決まる。同じ術者が同じ術式で発動した魔法でも、注ぎ込む魔力によって威力が変化するわけだ」


「そうだったんだ!」


 ロンは「知らなかったのか」と驚くも、咳払いをして続きを話した。


「〈グロウアップ〉の場合、魔力の消費量によって成長速度が異なると言われている。だが、お主ほどの魔力の持ち主ともなれば、その他の部分で効果が現れたのかもしれない」


「それがこの異常な量ってこと?」


「そうじゃ。古い魔法によくあった〝副作用〟の一つじゃな」


「でも王宮で栽培している時はこんなことにならなかったよ? 何回も〈グロウアップ〉を使ってきたけど、いつも問題なかった!」


「おそらく大半の魔力を都市の防壁に消費していたからだろう。王宮にいたころのマリアは、ワシら一般人と大差ない魔力だったわけだ」


「なるほど! って、じゃあ、今の私は凄い魔力なの?」


 ロンは「そうじゃなぁ」と考えてから言った。


「たぶん王宮で過ごしていた頃の100万倍くらいじゃないかのう」


「「「100万!?」」」


 これにはマリアだけでなく周囲の野次馬も驚いた。


「都市を丸ごと覆うだけの防壁を24時間発動し続けるんじゃ。そのくらいあってもおかしくない。いや、もっと高いやもしれん」


「私にそんな魔力があったなんて……!」


 野次馬たちは「聖女すげぇ」「やべぇ」と大騒ぎ。誰もがマリアの尋常ならざる魔力に興奮していた。


「なんだなんだ騒がしいじゃねぇか! 祭りでもやってるのか?」


 ライデンがやってきた。


「おいライデン、お前が連れてきたマリアちゃん、やっぱりすげーよ!」


 野次馬の一人が言う。


「そりゃマリアはアルバニア王国で聖女に抜擢されるだけ……って、なんじゃこりゃあ!」


 ライデンも畑を見てひっくり返った。


「すげーなマリア! お前すげーな!」


「やりすぎちゃった」


 えへへ、と笑うマリア。


「で、どうするんじゃ? 作物は見ての通り収穫可能になっちまっておるが」


 ロンが尋ねる。


「とりあえず味見だな」


 ライデンは畑に転がっていたトマトを拾うと、そのままガブリと齧り付いた。皮に土が付着していたが全く気にしていない。


「うん、美味い! これなら普通にいけるな! よし、ここの作物は食堂のメシに回そう! これだけありゃ昼と夜の両方をまかなえるだろ! 野菜料理の大安売りだ!」


 食堂とは町役場の一階を指している。町民限定の飲食店であり、平時から貧困者には激安で料理を振る舞っていた。


「じゃあ俺たちが食堂に運んでおくぜ! 手数料にちょっと盗み食いするけどいいよな!」


 すぐさま野次馬の一部が駆け寄ってくる。


「食い過ぎんなよ!」と、ライデンは快諾。


 大量の野菜がそそくさと運ばれていった。


「よし、作戦変更だ。農家ではなく運搬業者を増やそう!」


「「運搬業者?」」


 首を傾げるマリアとロンに対し、ライデンは「おう」と頷いた。


「畑の数をもっと増やして、マリアの〈グロウアップ〉で大量の作物をこしらえる。それを暇人どもに運搬させるんだ。町民にはタダで配って、他所の町には格安で売る。これで野菜の自給率は100%になり、町の財政もそれなりに改善されるんじゃないか!?」


「おお! ライデン、賢い!」


 声を弾ませるマリア。


「お主もいよいよ町長らしきなってきたのう」と微笑むロン。


「だろぉ! もっと褒めてくれてもいいんだぜ!」


 ライデンもまんざらではない様子。

 しかし――。


「それはまずいでしょ」


 否定的な意見を述べる者が現れた。

 テオだ。


「おいテオ、何がまずいんだよ?」


「その方針だとマリアに対する依存度が高すぎる。何らかの理由でマリアが機能しなくなったら町が傾くよ」


「私が機能しなくなる……?」


「例えば他所の都市に出かけていたり、体調が悪くて寝込んでいたり」


「あー、なるほど、たしかに」


 ライデンは「それは困るなぁ」と頭を掻いた。


「でもマリアの魔力は活かさないともったいないぜ。そのために来てもらったわけだし」


「僕もその点は同感だよ。だから依存しないで済む方法を考えようって話さ」


「要するにの出番が一回で済む方法が望ましいってことですよね?」


 テオは「そうそう!」と頷いた。


「マリアには最初に魔法で何かしてもらって、あとは自由にしてもらう感じ。魔法じゃなくて賢者の書だったけどヨーグルトなんかがその典型だね」


「「「なるほど」」」


 三人が納得する。

 そして――。


「だったらこういうのはどうじゃ?」


 ロンが右の人差し指を立て、ある提案を行った。

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