007 ソイルイノベーション

「〈グロウアップ〉ではなく〈ソイルイノベーション〉を使うのじゃよ」


 ライデンとテオが「あー」と納得する。

 一方、マリアは首を傾げた。


「〈ソイルイノベーション〉? どんな魔法なの?」


「植物魔法の一つで、土壌の改良を行うものじゃ。注ぎ込む魔力によって作物の量や生長速度が向上する。これなら〈グロウアップ〉と違って魔力を調整する必要もないし、マリアに合っているとワシは思うぞ」


「おー。植物魔法というより土魔法って感じ!」


「元々は土魔法じゃったが、植物魔法というカテゴリが新設された際にそちらへ移されることになった」


 これにはマリアだけでなく、ライデンとテオも「へぇ」と感心する。


「この〈ソイルイノベーション〉だが、効果の持続時間が非常に長いという特徴があってな、ひとたび発動すれば数年間は上掛けしなくていい」


「すごい! でも、〈ソイルイノベーション〉を施すことでお金を稼ぐ魔法使いがいるって話は聞いたことないよ? それだけすごい魔法ならお金稼ぎに使えるんじゃない?」


 マリアは「私が知らないだけ?」とロンを見る。


「いや、実際にこの魔法で商売をしている魔法使いは少ない……というより皆無じゃ。理由は単純で、この魔法は通常の魔力だと大した効果が得られない。例えばワシのような魔力量の低い者であれば、この魔法に頼らず魔法肥料を使ったほうが効率的じゃ」


「なるほど!」


「常人の魔力ならこれほどの農地に〈ソイルイノベーション〉を発動すると一発で魔力が枯渇してしまうが、マリアの魔力なら問題なかろう」


「よしマリア、さっそく〈ソイルイノベーション〉だ!」


 ライデンは畑を指した。既に全ての野菜が収穫済みで、今では土しか残っていない。土壌を改良するには申し分のない状況だ。

 しかし――。


「そうは言われてもまだ使えないよ! 術式を知らないから!」


「古い魔法だから簡単じゃよ」


 そう言って、ロンはマリアに〈ソイルイノベーション〉の術式を教えた。


「たしかに簡単!」


 マリアはほんの数分で習得。さっそく発動してみた。


「えいや!」


 魔法が発動すると畑が光り、土がモゴモゴと動いた。


「なんか動いているよ!」


「上手くいった証拠じゃ。念のため土壌の質を確認しておくかのう」


 ロンは鑑定魔法を発動。魔力の光がさながら眼鏡のように彼の両目に集まると、その状態で畑を凝視した。


「やはりお主の魔力は凄まじいのう」


「ほんと? この畑、いい感じになってる?」


「いい感じどころかじゃないぞ。もはやどんな作物でも2~3日で収穫可能になる」


 野次馬たちが「すげぇ!」と叫んだ。


「よし、〈ソイルイノベーション〉なら問題ないな! 魔物が現れることはないし、町の外に大量の畑を作ろうぜ! マリアの魔法を駆使して農業を発展させるぞ!」


「「「おー!」」」


 ◇


 ライデンのモットーは即断、即決、即実行だ。深く考えることは仲間に任せ、自分はとにかく閃いたことを実行する。細かいことは気にせず、リスクも恐れない。町の外に畑を作る――そう決めてからの行動は実に早かった。


 酒場で飲んだくれている暇人から他の仕事に従事している者まで、目に付く限りの全員を駆り出して畑をこしらえさせた。彼の強引さは誰もが承知のところなので、エルディの町民は総出で農作業に従事。


 完成した畑には、マリアが片っ端から〈ソイルイノベーション〉をかけていった。都市の防衛から解放された元聖女の魔力は無尽蔵で、用意された全ての畑に魔法を掛けてもなお魔力が余っていた。


 こうして作った農地には、ライデンが強引に暇人を割り当てていく。独裁者も腰を抜かすほどの強制力だが、嫌がる者は誰もいなかった。そのことが彼の人望を物語っていた。


 それから数日後――。


「うはは! 見よマリア、このグラフを!」


 朝、役場にやってきたマリアに、ライデンは上機嫌で一枚の紙を見せた。


「これは……エルディの食料自給率!?」


「そうだ! 凄まじいだろ! これが俺たちの力だ!」


「すごい……!」


 マリアはそう呟かずにいられなかった。


 数日前まで5%だった食料自給率が、イカれた角度の右肩上がりによって30,000%を突破していたのだ。これはつまり、この町で生産される食料が町民の消費量の300倍を意味している。


「もはやこの町は野菜が有り余って仕方ない状態だ!」


「おー! 売ったら儲かりそうじゃん!」


「もちろん売りまくるぜ! その辺はテオが商業ギルドと契約の交渉をしているところだが、量が量だからそれなりの収入になることは間違いない! マリアのおかげで食料自給率が改善されて財政赤字も少しはマシになりそうだ!」


「そう言ってもらえると私も嬉しいよ。でも、食料自給率の問題って完全に解決したわけじゃないよね? ほら、お魚とかお肉とか!」


 どれだけ超高速で作物が生長するとしても、畑から牛肉が生えてくることはない。エルディではそういった食材が慢性的に不足していた。


「それらは他所から仕入れるさ。テオに任せておけば上手くまとめてくれるだろう!」


「細かいことは全部テオに丸投げだね!」


 ライデンは「あたぼうよ!」と豪快に笑った。


「そんなわけで、エルディではありとあらゆる野菜・果物が手に入るようになった。そこで、今後は加工品の販売を強化していこうと思う!」


「加工品?」


「テオが言うには、収穫した作物をそのまま売るよりも加工したほうが儲かるらしいんだ。海水を汲んできて売るより、塩を精製してそれを売ったほうがいいってことだな!」


「なるほど、分かりやすい!」


「で、問題は何を作るかだ。現状だと商売に使えそうな加工品はヨーグルトしかない。もっと扱う商品を増やしたいところだが、賢者の書に良さげな物は載っていないか? できればこの世界にない斬新なものがいいな!」


「調べてみるね!」


 マリアは近くのテーブルに賢者の書を置き、ページをパラパラとめくる。ほどなくして良さそうなネタを発見した。


「これなんかどうかな?」


 彼女は開いたページを指しながら言った。

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