005 グロウアップ

 この世界には存在しない料理〈ヨーグルト〉。

 賢者の書を頼りにそれを作った四人は、さっそく試食を行った。

 その結果――。


「美味しい!」


 口に含んだ瞬間、マリアの顔がパッと明るくなった。豆乳の持つまろやかな味わいや風味に、乳酸菌の酸味がほどよく効いている。そのままだと少し薄味だが、ハチミツを掛けたことでいい感じに仕上がっていた。


「デザートにいいなこれ!」


「普通に豆乳を飲むよりヨーグルトにしたほうが僕は好きだなぁ」


 ライデンとテオも絶賛する。


「なんだか腸内環境が改善されている気がするのう!」


「鋭いねロン。本によると、ヨーグルトにはそういう効果があるみたい! 便秘にいいんだって!」


「やはりそうか。伊達に年を食っておらんからな、ワシ」


「だったらこのヨーグルト、健康食として無料で町民にばら撒こうぜ!」


「え、無料で!?」


 驚くマリア。


 テオは呆れ顔で言った。


「出たよライデンの大盤振る舞い。マジでいつか大公様に怒られるぞー」


「いやいや、これはアレだ、販促ってやつだ! 未知の料理だし、まずは知ってもらう必要があるだろ? 金を取ったらみんな食ってくれないって!」


「一理ある。ワシはライデンに賛成じゃ。町の税収をどう使うかはコヤツに与えられた権限でもあるしな」


「さっすがロン! 話が分かる!」


「それに町の財政が赤字で破綻したとしても攻められるのはライデンだけじゃ。ワシらが責められることはないからどうだっていい」


「ひでぇー!」


 テオとマリアが声を上げて笑う。


「ま、そういうことだからヨーグルトを量産しよう! ロンとマリアはここでヨーグルトを作りまくってくれ。俺とテオはそれを運んでくる!」


 ロンとテオが「了解」と頷く一方、マリアは――。


「あの、よかったら私もヨーグルトを運ぶ係がいいかも。みんなの表情が見たいし!」


「だったら僕と変わろう。僕はここでロンと作業をするほうがいいし!」


「ありがとう、テオ」


「こっちこそ!」


 四人はさっそく行動に出た。手分けしてヨーグルトを量産し、一階で食事している連中に無料で振る舞う。


「ヨーグルトぉ?」


「ゼリーみたいだなぁ」


「これが本当に腸内環境を良くするのか?」


 最初は誰もが半信半疑だった。

 しかし――。


「うめぇ! 普通にイケるじゃんヨーグルト!」


「それに便秘が解消されそう! 俺ちょっくらウンコしてくるわ!」


「味もいいし健康的だなんてすげぇな!」


 一口食べると、誰もがヨーグルトを絶賛した。


(やった! 喜んでもらえている!)


 皆の笑顔を見ていると、マリアも嬉しい気持ちになった。


 ◇


 その日以降、ヨーグルトは〈エルディ〉で爆発的な人気を博した。


 ライデンが製法を無償で公開したことも後押しになった。特別な技術を要しないため、多くの家庭で自家製のヨーグルトが作られるようになった。


 ただし、自家製ヨーグルトが廃れるのは早かった。


 エルディの住民の大半が元冒険者だからだ。かつての生業は魔物の討伐であり、食事と言えば基本的に外食――主に酒場で済ませていた。そうした人間にとって、ヨーグルトを作る作業は面倒臭かったのだ。


 結果、一ヶ月後にはヨーグルトの販売を生業にするヨーグルト屋が誕生。以降はそこからヨーグルトを仕入れるのが一般的な形となった。


 ◇


 時は遡り、マリアがエルディで過ごすようになって一週間が経過した頃――。


「おはよー!」


 朝、マリアは元気よく町役場にやってきた。そこが彼女の職場だからだ。ロンやテオと同じくライデンの部下として働いていた。


「来たかマリア! 待っていたぜ!」


 ライデンは役場の扉を開けてすぐの所にいた。汚れた床をモップで拭いて綺麗にしている。役場の清掃が彼の主な業務だった。


「私に何か用事が?」


「おうよ! たしか初めて会った時、〈グロウアップ〉が使えると言っていたよな?」


「うん、使えるよー!」


 〈グロウアップ〉は、植物を急速に生長させる植物魔法だ。対象の時間を加速化させる〈アクセラレーション〉と似た効果のため、違いを理解していない者も多い。実はマリアもよく分かっていなかった。


「じゃあ今日は〈グロウアップ〉を使って町に作物を育ててくれないか?」


「いいけど、この町に畑なんかあったっけ?」


 一般的な田舎町と違い、エルディは畑の数が異様に少ない。あるにはあるが家庭菜園用の小さな畑ばかりで、職業農家が持っているような大規模な畑は存在していなかった。


「町の政策で農家を増やすことにしたんだ。ということで、実は昨日、冒険者時代のツテで優秀な農家を招聘しておいた。その人に畑の作り方を教わったら、働かずに飲んだくれている暇人どもに農作業をさせようって魂胆だ」


「おー」


 ライデンの言う「暇人ども」とは、魔物の消滅によって失職した元冒険者のことだ。その中でもお金に困っていない者は、昼間から酒場に入り浸って退屈な日々を過ごしている。彼はそうした連中に仕事を与えようとしていた。


(ライデンのこういう姿勢は素敵だよね)


「農家デビューするなら、最初は作物の収穫直前がいいじゃん? これからしばらくは土と睨めっこしてくれ、なんて言いにくいしな」


「たしかに。それで〈グロウアップ〉が必要なんだね」


「そういうこった! 上手くいけば町の食料自給率を大きく改善することになる。なんたって今の自給率は5%だからな。天災がちょっとでも長引くと町民総出でもれなく餓死になりかねない」


「あはは。それは困るね。でも、商業用の農地に〈グロウアップ〉を使っていいの? 需給のバランスがどうのこうのでダメって新聞に書いてあった記憶があるけど」


「そりゃアルバニアの法律だ。ホライズン公国は魔法の使用が認められているよ。好きなだけ遠慮無く魔法を使っていい。問題になったら大公が対処してくれるさ」


「オッケー! じゃあお言葉に甘えて遠慮無く使うね! 魔力しか取り柄のない私だけど、〈グロウアップ〉に関しては自信があるんだよね」


「期待しているぜ! じゃあ今すぐ町の東に向かってくれ。既に種まきやら必要な作業は終わっているから、後は〈グロウアップ〉をぶち込んでくれるだけでいい」


「町の東って……ずいぶんアバウトね」


「行けば分かるさ」


「了解!」


 マリアは自信満々に役場を出て、言われた通り町の東に向かった。


「お、マリアじゃん! 相変わらず綺麗なドレスだな! 顔も綺麗だ!」


「マリアー、デートしようぜぇ! 俺のヨーグルト、食わせてやるよ!」


 道中、多くの町民がマリアに声を掛けた。大半が挨拶を兼ねたナンパだ。

 対する彼女の返事は――。


「ナンパする前に働きなさいよー!」


 と、軽いものだ。この一週間で、マリアは町民との接し方を完全にマスターしていた。


「そろそろ町の東端だけど……って、アレだ!」


 一目で分かった。柵で囲まれた畑らしきものがあり、その手前に「マリア、ここに〈グロウアップ〉だ!」と書かれた大きな看板が立っていたのだ。


「この手際の良さはテオだなぁ」


 マリアは柵の扉を開けて中に入った。

 ふかふかに耕された土が広がっており、綺麗な畝――直線状に盛り上がった台形の土で、ここに種まきや苗の植え付けを行う――ができている。


「綺麗な畑! これならいい作物ができそう!」


 マリアは農地に両手を向けて目を瞑り、植物魔法〈グロウアップ〉を発動した。かつて王宮で何度も使ってきた術式なので失敗することはなく、10秒で発動に至った。

 しかし――。


「な、なんじゃこりゃあ!?」


 目を開けたマリアは、とんでもない光景に驚くこととなった。

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