第25話 普通の夜

 ちゃんと服を着たというのに、まだ三人は俺をまっすぐ見ようとしない。

 最初に立ち直ったのはアドルフで、軽く咳払いをしてから話し始めた。


「実はその。着替えをお渡しするのを失念しておりまして。本当に申し訳ございません。テオドールに言われて思い至った次第でして。遅い時間に失礼かとは思いましたが」


「いやっ。それは助かります」


 頼むから、今後もこれまで通りに俺に接してね。



 それより、普通はこんな風に着替えを用意してもらうなんて、平民の使用人にはありえない待遇だよね。

 きっと、俺と同じ身分の使用人が、俺の服を洗濯するんだろうな。

 まあ明日から俺が誰かの分を洗濯することになるもしれないけど。



 隊長が二人の背中を押して、部屋の中に入るとドアを閉めた。


「お、おほん。それより、よしつね様、それはいったい……?」


 あ! キュウ――かと思ったら、隊長の視線の先にあったのは卵の入ったバッグだった。

 よかった。キュウが見つかったのかと思った。


 それにしても、こんなにも早くっていう時がくるとは思わなかった。


 でも、いくら卵入れだからって、卵が入っているって分かるものなの?

 卵入れ以外に使う人だっているかもしれないよね。


「ああ、これはその――」

「もしや卵ですか?」


 やっぱ分かるんだー! 

 じゃあ、これって誰が見ても、卵が入っているって丸分かりなのね。


「ああ、はい。たまたま森で拾ったんです」


「たまたま――ですか。さすがですね、よしつね様。拳くらいの大きさの卵でも珍しいのに、そのような大きな卵をお持ちになるのは、大賢者様以来ではないでしょうか」


「そ、そうなんですか。あは。あはははは」


 真顔の隊長が怖い。


「やはり、よしつね様には、我が国の――」

「隊長、さすがにそれは。それに今日はもう遅いですし」


 何やら恐ろしいことを言いかけた隊長を、アドルフが制してくれた。



 俺は教会の見立てが正しいと思います。

 もう、ゴロゴロ食っちゃ寝が生きがいの怠け者なんで。はい。

 この国のためにどうこうっていう話は、慎んでお断りします。はい。



「……はあ。それでは、我々はこれで失礼致します。他にもご不便な点があれば、遠慮なく、アドルフやテオドールに申しつけてください」


「ああ、いいえ。二人にはものすごくよくしてもらっていますし。今のところは何も問題ありませんから」


「そうですか。それでは」


 三人はぺこりと頭を下げてから出ていった。




 はあ。びっくりした。まあ、驚いたのはあっちの方かもしれないけど。


 あれ? そういえばキュウは? 

 卵入れなんかより、スライムの方がびっくりしない?


 あれれれ? どこだ?



「キュウ?」

「ここでしゅ」


 なんだー。小さくなってベッドのシーツの下に隠れてたのか。

 白いから分かんなかったよ。

 そっか。俺がギョッとして体を硬直させたから、諸々察して隠れたんだね。


「えらいぞー」

「よしつねー。キュウ、えらいでしゅ」

「おお、えらいぞー。キュウはえらいなー。あっはっはっ」


 キュウを高い高ーいしてやると、キュッキュッと喜んだ。




 あー。それにしても、なんだか一気に酔いが覚めた。

 いい気分だったのに。

 ま、いっか。


 とりあえず、床にべちゃっと積まれた下着を、椅子やテーブルにかけて広げる。朝までに乾いてくれると助かるんだけどな。


 それから、ユニークでスエットを購入して着替える。

 そうしてベッドに仰向けに倒れ込むと、なんか、普通の夜って感じ。


 そういや、これまでは気絶か寝落ちしかしてないもんな。

 ちゃんと夜のルーティンをやって就寝っていうのは初めてだ。


 そう思いながらも、ベッドの上でゴロゴロしてコミックを読んでいたら、案の定、寝落ちしてしまった。

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