第26話 不穏な話

 翌朝、ドアを激しくノックする音で起こされた。


 あくびを殺しながらドアを開けると、アドルフじゃない兵士が立っていた。

 まだ寝ていたのか、とあからさまに軽蔑するような目つきだ。ちょっと感じが悪い。


「失礼します。まだお休みでしたか。申し訳ございませんが、急いで支度をしていただけないでしょうか。この後、教会にご案内しますので」

「え? 教会? なんで今更?」


「賢者様がお呼びなのです。急いでいただけますか?」

「はあ……。じゃあ、ちょっと待っててください」



 なんだよ。俺になんか用ができた?

 呼びに来た兵士は教会寄りの派閥とか? 派閥とかがあるのかは知らないけど。


 なんか、あの目つきだと、俺のことを賢者様同様に期待外れの不良品みたいに思ってるよね。

 アドルフたちとは大違いだ。



 あー。朝ごはんは抜きかー。さすがにそこまで待たせる訳にはいかないよね。

 仕方がない。面倒臭い用事を片付けてから、またスーパー銭湯に行って、あっちで朝ごはんを食べよう。

 今日は何を食べようかなー。


「ふっふふーん」



 ピザトーストとホットドッグとシリアルが、頭の中で三つ巴の争いをしている中、ジャケットを手に取って何気なく窓の方を見ると、そこに老婆が張り付いていた。


「うわー!」

「キュウッ!」


 キュウまで一緒になって驚いている。俺の感情が伝染するのか?

 ――いや。

 単に、窓にしがみついている老婆を見て驚いたんだな。



「静かにせんか! このバカ者が!」


 老婆はぬるっと部屋に入ってきた。

 ええっ! どうやったの!


「おい。どうした?」


 兵士がドアを開けようとしたので、俺は急いでドアにもたれた。


「い、いえ。ちょっと椅子から転げ落ちそうになっただけです! ご心配なく!」

「椅子から……?」


 どうぞ。どうぞ。好きなだけ間抜けな奴だと思ってください。

 それより。今のは絶対にお婆さんの声の方が大きかったからね。



「お主、荷物を全部持ったらワシについて来い」

「へ?」


 バシン。


 ああ、この痛み。なんか新鮮。

 昨夜たっぷり寛いだせいか、この枝の感触も随分昔のことみたいに感じるんだよね。


「ああ、あの。俺、今から教会に行かないといけないんですけど」

「死にたいのか?」

「は?」

「行けば死ぬぞ」

「は?」


 バシン。


「痛っ」


 だーかーらー。

 その枝をぶん回すの、ほんといい加減やめてくれませんかねー。



「全部持ったな。スライムもポケットに入れるんじゃ」

「え?」


 キュウはなぜか老婆の言うことを聞いて、進んでポケットに入った。

 なんかジェラシー。


「ほれ。行くぞ」

「は?」





 気づけば国境門の近くだった。


 出たよ。枝でポン。

 なんなんだ、これ?

 老婆の魔法だろうけど、何気にすごいよね。


 今頃、兵士がドアを開けて、あたふたしているかもしれない。

 なんか夜逃げみたいな逃げ方だよね。

 嫌だなー。



「お婆さん。どこに行くつもりなんですか。ってか、なんで俺を連れてきたんです?」

「バカかお主は」


 老婆は呆れた顔をしているけど、俺には何のことだか、ぜんっぜん分かんない。


「教会が、一度捨てたお主に何の用があると思うんじゃ?」

「それは聞いてみなきゃ分かんないでしょ?」


 バシン。


 俺が言い終わる前に、被せ気味に老婆の枝がしなった。


「痛っ!」


 なんか、どんどん痛さが増している気がするんですけど! もうー。



「昨日の素材屋じゃ」

「は?」

「高級素材が軒並み消えておったじゃろ」


 いや、俺、素材のことなんて知らないし。


「どれもこれも、召喚術に必要な素材じゃ。それで、ちいとばかし教会をのぞいてきた」

「は?」


 え? どういうこと? 俺に何の関係が?


「古来より、賢者が使える召喚術は、生涯に一度だけと言われておる。まあ、あくまでも、そう伝えられておるだけじゃがな」

「……はあ」


 何の話?


「賢者一人につき召喚者一人。それは召喚術を二度やった者がおらんだけの話じゃ。禁忌とまで言われておるからな。だがあやつめ、その禁忌をおかそうとしているらしい」


 好きにすればいいんじゃない? やりたきゃやらせておけば?


「賢者一人につき召喚者一人という縛りが本当なら、召喚者は、同時に二名存在することはない」


 ん? ……え? ええっ!? じゃ、じゃあ――。


「ちょっ、ちょっと待ってください。それって――」

「邪魔なお主を亡き者にすれば、再度、召喚できるかもしれんと考えたんじゃろ。やってみるつもりらしいな」


「ひぇっ。そ、そ、そんな――」

「馬鹿正直に教会なんぞに行っておったら、お主、今頃は息をしておらなんだぞ。せいぜいワシに感謝するんじゃな」

「で、でも、でも」


 ああどうしよう。頭が回らない。


「ふーん。向こうは周到に準備しておったようじゃ」




 国境門の様子が先日と明らかに違う。

 大きな門は閉じられて通行が禁止されている。その門の前には、数十人の兵士が陣取っている。


 何事だろうと集まっている群衆に混じって、俺と老婆も周辺の物々しい様子を観察した。


 万が一にも俺が逃げるようなことがあれば、ここで捕まえようってこと?


 門の警備を固める兵士たちの中に、俺の顔をよく知っている二人がいた。

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