第5話 初の魔物討伐

 この国にはつい最近まで救世主、イコール勇者がいたので、基本的には強い魔物はいないらしい。

 まずは城の近くの森で、魔物討伐に慣れようという話になった。


 強い魔物を討伐したかったら、いったん国を出て、隣国との間に広がる漆黒の森に行く必要があるらしい。まあ、それはずっと先の話だと思うけど。



 ちなみに、その勇者というのが俺の前の召喚者だ。あの青ローブの先代の賢者様が召喚したらしい。大賢者様は国王からの信頼も厚く、この国の発展のいしずえを作った人だという。



「昔はこの国も貧しくて、農作物が不作だった年には、食糧に事欠く家もたくさんあったそうなのです。それが、勇者様のお陰で魔物に襲われないという評判が立つと、商人たちがやってきて店を構えるようになったのです。そうして交流が盛んになり、国は発展しました。畑を荒らす小物の魔獣も減って、農民たちも喜んでいます」


 え? え? 何? その話? なんか胸の奥がざわざわするんだけど。


「ええと。勇者様はいつお亡くなりに?」


 アドルフとテオドールが顔を見合わせた。答えたのはやっぱりアドルフだ。


「一月前に亡くなられました。それを機に大賢者様も引退されて。跡を継がれた賢者様が召喚術を使われて、よしつね様がいらっしゃったのです」


 いやいやいやいやいや。

 俺には無理だからね。誰も口に出して言わないけど、もしかして俺、勇者としての活躍を期待されていない?


「じゃあ俺って、もしかして魔物討伐とかを期待されていたんですか?」

「あ――いいえ」


 今のは? 言い淀んだよね? やっぱそうだよね。

 ごめんねー。こんなへなちょこで。もっとムッキムキの交戦的な奴ならよかったねー。

 ステータスもバグっているようなねー。まあその点に関しては、俺も少なからずショックを受けているんだけど。



 でも、その話を聞くと、青ローブの態度もうなずけるな。どうしたって先代と比べられちゃうよね。

 俺としては――。


 俺としては、先代の勇者の影響が残っているうちに、強い魔物がいないうちに、レベルを上げてしまいたい!

 ほんと、それに尽きるね。安全第一。無理はしない。急がば回れ。




 ということで、俺たちは森へ向かった。もちろん俺は、アドルフとテオドールの後ろに隠れるようにしてついていく。

 魔物討伐の経験値は、戦闘中に一太刀でも浴びせていれば貰えるらしい。


 なので、ある程度レベルが上がるまでは、アドルフとテオドールが攻撃を仕掛けて、弱ったところに俺が攻撃を加え、二人がトドメを刺すという卑怯極まりない戦い方に決まった。


 ここじゃ、「ずるい」とか言って、クレームをよこす人もいないからね。



 城の近くにあるせいか、勇者が過去に散々無双していたせいか? 森を歩いていても全く危険を感じない。

 真っ直ぐに伸びている木々の間を日差しが降り注いでいる。明るくて気持ちのいい場所だ。

 外国の絵本に出てくるような、曲がりくねったおどろおどろしい木なんて、一本も生えていない。


「あ、来ます!」


 アドルフが立ち止まって剣を構えた。テオドールも同時に剣を抜いている。俺も一応、短剣を体の前に出してみる。そういや、短剣の構え方を聞いていない。

 茂みがゴソゴソと揺れ、中から小さな生き物が飛び出してきた。


 ん? リスかな? リスに似てるんだけど。この世界じゃ、小動物も魔物とみなされるの?

 ――って思っていたら、リスが火を噴いた。

 うっそーん!!


「やー!」


 アドルフが掛け声と共に、剣を振るった。リスのような魔物は傷を負ったみたいだけど、テオドールへ飛びかかった。


 テオドールは剣をバットのように振って、リスを打ち飛ばした。木の幹に叩きつけられる格好になったリスもどきは、白目をむいて地面に落下した。


「今です! よしつね様!」


 俺もそう思った。アドルフに呼ばれてリスに短剣を――突き刺せない! 無理ーー! 

 だってリスに見えるんだもん。これじゃ動物虐待だよ。


「よしつね様!?」


 ごめんアドルフ。生き物に刃物は無理だった。毒殺とか、なんか違う討伐方法を教えてくれ。

 ボー!!

 リスもどきが、また火を噴いた。


「うわっ!」


 驚いた俺は、反射的に短剣で火を払おうと扇いだ。するとつむじ風が起こり、火を吹き消した上に、リスもどきを空に飛ばした。

 え? 何も唱えなくても発動するの? これが風の加護の効果?


 リスもどきはというと、空中でバタバタともがいた後、地面に叩きつけられた。

 そして待ち構えていたテオドールの剣が――。


 多分グロい結果になったんだと思う。俺は背中を向けて両腕で必死に目を覆っていたから。それはもう女の子みたいに。



「おめでとうございます。よしつね様。見事な攻撃でしたね」

「あ、ありがとうございます。二人のお陰です」


「もう何匹か同じやつがいそうですけど。追い立ててきましょうか?」

「いやっ。ええと。こういう動物っぽい見た目の魔物は苦手です。なんか、もっと醜くて凶暴そうなのがいいんですけど」


「さすがです。よしつね様。強い魔物を倒したいということですね。お任せください」

「あ、えっと。え?」


 アドルフが目を輝かせて森の中へ消えていった。

 頼む。張り切らないでくれ。ほどほどでいいんだよ。ほどほどで。はあ。



 ……一匹目でこれか。疲れるー! めっちゃ疲れるー! 

 体力もそうだけど、メンタルも相当持っていかれるな。

 そういえば、何か変化あったかな?


「ステータスオープン」


 レベルは変わらず。

 あれ? お金が増えてない。


「もしかしてお金を持っていない魔物だった?」


 独り言だったんだけど、テオドールが教えてくれた。


「魔物はお金を持っていません」


 テオドール――しゃべるんだね。そりゃあしゃべるよね。今二人きりだしね。

 

 それにしてもそっか。そうだよねー。魔物は人間の通貨なんて持ってないよねー。

 ……ってことは。


「お金を稼ぐなら、私たちみたいに宮殿で働くか、あとは商売ですね」


 ふむふむ。つまり、堅苦しい公務員か小売業ってことね。


「お店を出すにはどうしたらいいんですか?」

「まずは商業ギルドに登録ですね。空き店舗の紹介もしてもらえますよ」

「なるほど。じゃ、商業ギルドに行けばいいんですね」

「あ!」

「え?」

「……」


 テオドールは困ると人の顔を凝視する癖があるのか? 燃えるような瞳で見つめないでほしい。いや、男っていうことは分かってるんだけど。

 おっほん。

 美形に見つめられると、照れるのよー。


「お、おほん。何か問題があるんですか?」

「その。商業ギルドに登録する際には、身分証を提示する必要があるのです。出身国や身分なども登録されますから。他にも犯罪者でないことを確認されるはずですので」


 サンキュー。長セリフ。

 ほう。IDカードみたいなものかな。こっちでも国際指名手配みたいなことをやってんのかな。

 ん? あれ? あれれ?


「俺、身分証って、持ってないですよね?」

「……」


 わー。だ、か、らー。そんな風に見ないで。


「い、急がないので、隊長さんに相談しておいてもらえますか」


 「はい」と言う声の小ささよ。もう。イケメンめ!

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