王都散策

「そろそろ、町に出る許可をもらえないかしら?」


 朝食のため、食堂に集まった面々に望海はそう切り出した。言うまでもなく、ユーシェを観光に連れていくためだ。


 リーダーであるサーシャさんは、食事の手を止めて口元を拭く。少しだけ考えるようなそぶりを見せたのちにようやく口を開いた。


「……うん。この一週間私たちでも観察していましたが、三人とも健康そのものだものね。ユーシェもずっといい子にしていましたし」


 彼女は黒陽の理想郷という狂った噂しか聞かない怪しい教団の出身で、その常識も彼らのものをベースにしている。そのため、ふとした拍子に暴れないかとそれとなく警戒していた部分もあったが、ユーシェはとても大人しく利口な子だった。

 推定十二、三歳の少女が自発的に使用人のジェパ―ドさんのお手伝いをしているとなれば、大人たちの警戒も長くは続かない。


 今だって望海と手を取り合ってくるくると回って喜びを表現している。これを見れば誰だって頬が緩んでくるはずだ。


「ですが、外に出るといっても冒険は絶対にNGです。アキラとノゾミには頼みたい依頼があるので、下手に怪我をされては困りますからね」


「昨日の約束、覚えてるよね?」


「もちろん。ジェパ―ドさんの料理とはまた違った屋台料理ってやつだぞ?」


 頼みたい依頼とは何だろう。そんな疑問が頭に浮かんだが、ユーシェに声をかけられたことで質問のタイミングを逃してしまった。まあ、後ほど正式に話を聞くことになるだろう。


 いくつかの細かい注意を聞きながら朝食を食べ終わる。食堂を出ようとしたところ、フーラさんに呼び止められた。


「なあ、アキラ。これ持ってけよ」


 そう言って投げられた小袋を慌ててキャッチする。金属同士がぶつかる音がずっしりとしたその小袋からは聞こえる。


「お前らの観察ついでに色々調べさせてもらったからな。それはその礼だ。三人で美味いもの買うついでにユーシェになんか贈り物を買ってやるといいぞ」


 中をのぞくとかなりの量の硬貨が詰まっていた。おそらく、前回の遠征準備で使った分とほとんどどっこいくらいの金額だろう。


「いいんですか? こんなに貰って」


「貰っとけ貰っとけ。会計の度に財布ひっくり返して金を出すんじゃカッコつかねえだろ? 貸し一つってことでなんかあったら返してくれや」


「あざっす!」


 正直なところ俺たちの懐はあまり温かくない。兄貴分からのお駄賃とアドバイスをありがたく頂戴して部屋に戻った。



***



 屋敷を出たのはお昼前くらい。市場に出るころには丁度お腹が空いているに違いない時間だ。


「思った通りユーシェもよく似合ってるわ」


 ユーシェはくるりと回って自身の姿を俺たちに見せてくれる。

 得意げな顔の彼女が着ているのは、望海が普段着ている青いフード付きの外套だ。本来はマントくらいの丈なのだが、サイズ感のせいで雨合羽のようになっているのがまた微笑ましい。


 俺たちの方はオフの日なのでいつものシャツで防具抜きの軽装だ。今日は日が出ていて暖かいため、あまり着こまなくてもなんとかなりそうだ。


「よし! 出発するか。なんとフーラさんからお小遣いも貰ってるから、色々見て回ろうぜ」


「フーラ、太っ腹だね」


「だね。あとでお礼しに行こうか」


 俺たちの監視でいつも近くにいたせいか、フーラさんはユーシェに気に入られていた。俺たち以外で唯一敬称が取れてるのもその証拠だろう。


 会話しながら住宅街を抜ける。遠くから聞こえる喧騒が聞き分けられるくらい町の中心である教会前広場に近づくと、美味しそうな匂いも漂ってくる。


「いいにおい!」


 ユーシェもフードの下にある三角耳をぴくぴくと動かして興奮をあらわにしている。興奮しすぎて、耳の動きだけでフードが外れてきそうだ。


「そうだな。だけど、フードは外れないように注意しておこうな」


「分かってる。そうしないとみんな驚いちゃうんでしょ?」


 ユーシェは読み書きこそ習ってこなかったようだが聡明な子だった。当初は彼女の中にあった常識をどう矯正していくかこちらも頭を悩ませていたが、彼女はその様子にも気づいていたようで、いっそのこと包み隠さず全て話すことにしたのだ。


 それまでの常識と照らし合わせた上で、彼女は俺たちの話をほとんど理解していた。彼女の耳の異常性や元居た場所が世間ではどう思われているのかということ。その上で彼女は、俺たちに歩み寄るという選択をしてくれたのだ。


 フードを直すついでにユーシェの頭を撫でる。


 彼女の誠意には誠意をもって接していきたい。それが俺と望海が最終的に出した結論だった。幸いなことに、炎華の獅子のメンバーもこれに賛同してくれている。


 広場の入り口はすでにごった返す人でにぎわっていた。町人風の人や、今から冒険に行くのであろう装備の冒険者、荷物を抱えた商人など見渡す限りに人がいる空間に来るのは二週間以上ぶりだろう。


「ユーシェ、私と手をつなぎましょ」


 望海はユーシェの手を引いて彼女を先導する。賢く大人びた様子の彼女も、さすがにこの人の数には面食らっているようだった。


 最初に向かったのは、以前トラントの渓谷へと出発する前に立ち寄った屋台だ。あそこの屋台のグリルチキンはリピートしたいと思っていたので、ようやくその機会にありつける。


 今日は屋台は出ていないのではないかと少し心配になったけれど、見覚えのある屋台は前回と同じ場所で居を構えていた。


「らっしゃい! ご注文は?」


 気風の良い店主と、肉の焼ける匂いに盛大な出迎えを受ける。スキンヘッドの店主は、てきぱきと動き回りながら注文を受けていた。


「鳥肉の香草焼きと丸パンを三つずつで!」


「あいよ!」


 注文からそれほど間を置かずに商品を渡される。フーラさんに感謝しながら、彼らか貰ったお金で会計をして近くのベンチへ移動した。


「う~ん! 美味しい!」


「美味しい!」


 片手で頬を抑えながら舌鼓を打つ望海。そして、ユーシェもそのポーズをマネして喜びを表現している。


「なんか、親子みたいッ……!」


 “た”まで言ったところで望海から背中を叩かれた。痛みはそれほどないが、バシーン! と中々に良い音が響く。


「姉妹と言いなさい姉妹と」


「それは確かに」


 ユーシェの口の周りについた油をかいがいしくふき取る姿を見ると、やっぱり親子じゃんと言いたくなったが、それを飲み込むだけのデリカシーはまだ持ち合わせていたようだ。親しき中にも礼儀あり、触らぬ神に祟りなしだ。


「お昼も食べ終えたし、次に行こうか」


 早めの昼食をゆっくりと堪能した俺たちは、少し休んだ後で次の場所に移動する。


「……」


 そんな俺たちをつかず離れずの距離で追跡するローブ姿の人影が複数。

 ここのところ死地から離れていたこともあって、俺たちはその怪しい存在に気付くことができなかった。

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