幕間 外に出られない

「……暇だ」


 トラントの渓谷から帰ってきた俺たちは、思わぬ足止めを余儀なくされていた。

 思わぬ、といっても何となくこうなることは予想できていた。しかし一週間もの長期間、炎華の獅子の屋敷での待機を余儀なくされるとは思ってもみなかった。


 ユーシェのことはごく一部の人にしか話をしていない。彼女の持つ獣耳の由来や出自は、間違いなく彼女を危険にさらしてしまうと感じたからだ。


 話をしたのは、炎華の獅子のメンバーと鑑定士のマルコさん。前者は信頼から、後者はユーシェの持つ天使を鑑定してもらうために事情を共有しようという風に、望海と話し合って決めた。

 困惑しきりだったフーラさんいわく、


「生け贄になりかけた奴が生け贄になりかけた奴拾ってくるとはなぁ……でもまあ、お前らの言う通り彼女の耳は隠しておいた方がいいだろうな」


 だそうだ。それならなぜ、彼らは困惑こそすれ攻撃的な態度を取らないのかを聞いたところ、「遺構や瘴気域に冒険に行くと変なものをよく見る」からだそうだ。


 まあ、隠してはいるものの異世界転移者を二人も拾って世話してくれているのだから、実際その通りなのだろう。


 マルコさんのところへもサーシャさんに紹介してもらって足を運んだ。年齢的にはユーシェも天使が発現していてもおかしくなかったからだ。

 結果として、彼女は持ち物らしい持ち物を持っていなかった。もちろん、天使になりうる愛着を持った道具などあるはずもない。


 ユーシェは最初に出会った時の野生児のようないで立ちからは想像できないほどに大人しい子で、人に危害を加えるような様子もなかったため、俺たちの預かりになった。


 彼女のことはとりあえずそれで様子見となったが、俺たちが屋敷で待機しているのは全く別の理由からだ。


「は~温まった」


「あったまったー」


 この世界の植物図鑑を開きながらぼーっとしていたところ、肌を上気させて髪の毛の水分をふき取りながら望海とユーシェが部屋に入ってきた。図鑑を机の上に置いて上体を伸ばす。


 異世界もののお約束というか、イメージ的にはお風呂なんて贅沢の一つだと思っていたが、この世界では詩片サームのおかげで水と火の確保が比較的容易なため、田舎の村でさえ日常的にお風呂に入る文化があるらしい。


 小さいころは互いの家に泊まることが多かったため湯上り姿はよく見たが、それはお互いがユーシェよりも幼かったころだ。俺たち三人が大部屋での待機を始めたころは、幼馴染の成長にお互いどぎまぎしていた。しかし、それが一週間も続けばさすがに慣れてきてしまった。


「そろそろ次の仕事に行きたいな」


「そうね……これだけ良くして貰ってる恩人の言葉だから、ちゃんと聞くべきなんでしょうけど」


 望海は暖房の詩片を器用に使ってユーシェの髪の毛を乾かしている。最初はぎこちなかったが今ではすっかり手馴れて、ユーシェも気持ちよさそうに三角耳を倒して目を閉じている。


「俺たちは平気なんだけどな。こっちの常識的に何が起こるか分からないって言われたらさすがになぁ」


 俺たちが一週間も外出自粛を命じられた理由。それは、瘴気域の瘴気の影響を観察するためだ。


 俺たちはトラントの渓谷で瘴気の影響を全く受けないと結論付けた。そのうえで町に帰ってきたのだが、そこで鉢合わせたのが捜索に出向こうとしていた炎華の獅子のサーシャさんとフーラさんを除いたクレアさん、ジョルジュさん、ロビンさん、ルビンさんの四人だった。


 その時は考えてもみなかったが、一週間以上も遠征から帰ってきていない新人がいるなら、まず疑うのは死亡か遭難だ。俺たちと鉢合わせた四人の顔は、まさに幽霊でも見るような驚愕の表情だった。


 クレアさんとジョルジュさんは、遠征帰りで疲労した俺たち以上に顔を青くしているし、ロビンさんとルビンさんは俺たちが本当に瘴気域に行ったかどうか疑って、ジョルジュさんの拳骨を頭に食らっていた。


 町についた途端に医者に連れていかれたが、案の定というかなんというか俺と望海には全く異常がなく、ユーシェも瘴気の影響はほとんど見られなかった。


 次は一週間という滞在期間を疑われたが、瘴気域内で入手した集魔石などの収集物や内部で体験した話を聞かせると、半信半疑ながらも納得してくれた。


 別件で仕事があったというサーシャさんとフーラさんも連絡を聞いてすぐに戻ってきて、しばらく話し合った末に出た結論が、無期限の観察期間だったのだ。


「明日あたりに相談してみましょう。せっかく町に来たのにユーシェを案内できるのが、この屋敷の庭だけなんてもったいないもの」


 たしかに一週間という区切りがついたし、今なら外出の許可も出してもらえるかもしれない。明日は三人で話をしに行ってみよう。


「よし、明日はこの町を見て回ろうぜユーシェ!」


「うん、美味しいもの買ってくれるんだよね? アキラ」


 そういえば、この町に来た時にそんな約束をしていた。「そうだな」と返事をしながら明かりを消す。これもちょっとした魔道具のようで、炎華の獅子の彼らの生活水準の高さを感じる。

 『灯りの詩片』を継ぎ足すことで、俺でも明かりを付けたり消したりできる魔道具なのだそうだ。


 ベッドが三つ並んだ部屋でそろって横になっていると、なんだか三人家族になったみたいだ。口に出すのは恥ずかしいから望海には絶対言わないけれど。

 とにかく明日は早そうだ。眠気に誘われるまま、ベッドの中で眠りについた。

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