第22話 気持ちに蓋をする

 木々に囲まれた山頂への道を、行きとは逆に下る。


比較的開けた山頂から一転、うっそうとした木々が空を遮り始めた。木の葉同士がこすれ合う音がさかんになり、木々の間から肌寒ささえ感じる風が吹き始めた。


 やがて、木の葉を雨粒が叩く音が混じり始める。


「やっぱり降ってきたか……」


「……天気予報じゃ曇りって言ってたのに」


「山は天気が変わりやすいからね」


「傘なんて、持って来とらんよ?」


「これくらいなら、雨がっぱとかレインウエアで大丈夫。それに山で傘なんて差せないし」


 四人は一度足を止め、望月と小梅は百均で売っているレインコートを荷物から取り出して羽織った。佐久と峻はレインウエアのフードを頭からかぶる。


「……あれ? 雨の音がするのに、足元が濡れない」


「木々が雨をはじいてくれるからね。昔の人は大樹の下で雨宿りしてたらしいから」


「……なんだか新鮮。雨ってうっとうしいものだと思ってたけど、また新しい発見が

あった」


 佐久はフードの中に長い黒髪を入れながら、くるりと峻の方へ向き直る。それからゆっくりと、丁寧に頭を下げた。


「……ありがとう。いろんなものを見せてくれて。峻のお陰で望月と一緒に出掛けられた。今まで行かなかったところに行けた。知らなかったことを知って、食べたこと

のないものを食べた」


 佐久のストレートな言葉に、峻は顔が熱くなる。


「そ、それより本降りにならないうちに急ぐよ」


 顔の熱をごまかすかのように、峻は山を下り始める。


 やがてぽつぽつと雨だれが地面を濡らし始めるが、不快というほどではなかった。

むしろ佐久はレインウエアを見ながらはしゃいでいるくらいだ。


「雨をはじいてる……」


「生地めっちゃすごくない? 百均のみたいに、水で重くならん……」


 小梅がレインウエアを触りながら興奮していた。


「高いだけの価値はあるってことか。私も佐久のレインウエア、欲しくなってきちゃった」


 佐久たちの後ろを峻と並んで歩く望月がそうつぶやいた。軽くウエーブのかかった

茶色い髪は、雨と湿気でストレートに近くなっている。


 女子は髪形が変わるとここまで印象が変わると、峻は初めて知った。


 タイプの違う小梅とはしゃぎながら、並んで歩く佐久を小梅は暖かい目で見守っていた。


「ほんと、ありがとう。君のお陰で佐久、ずっと明るくなった」


「大したことはしてないよ」


 足元の岩を器用に避けながら、峻はそう返す。


「佐久さんが頑張ったからだよ。それに望月さんみたいな、すごい友達がいたからじゃないかな」


「ううん。そんなことはないと思う。はじめの頃の佐久、覚えてる?」


 入学式の次の日、一人だけ自己紹介をした時。クラスメイトからの質問を「うるさい」と一刀両断にしていた。


 小梅が体育の授業で体調を崩した佐久を心配した時、差し伸べられた手を強引に振

り払っていた。


「佐久、子供のころからずっとあんな感じでさ。病気がちだったせいかいっつも不機嫌で。それに、自分の病気で周囲の空気をいやな感じにしちゃうの気にするから」


「……うん、そうだろうね」


 峻は上手い返しが見つからず、あいまいな言葉だけを呟く。


「でも君と出会って、だいぶ変わった。休日にこんな風にアウトドアなことができるなんて、想ってもみなかった。私がいくらスポーツに誘っても駄目だったのに」


「それだけじゃないと思うよ。自己紹介の後、真っ先に手を挙げて黒髪の少女のフォローをしたのも、体育の授業の後に、影で佐久と望月の仲をうまく取り持っていたのも望月さんでしょ?」


 峻にそう言われ、望月は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。


 なぜ熱くなるんだろう?


「とりあえず、二人のお陰ってことで」


「峻くん、控えめだなあ。もっとガツガツいかないとモテないよ?」


 軽い感じでからかわないと、望月は顔の熱さが治まりそうになかった。


 話すたびに、峻を不思議なタイプだと思う気持ちが望月の中に強くなっていく。


 彼女は自分の容姿の良さを自覚しているし、小学生の時から何度も告白されてきた。


 中学になって体つきが女っぽくなってからは、男子からのいやらしい視線にも気が付いていた。


 だが彼は、そういう下心むき出しの男子とは明らかに違っていた。


 一見無関心と思えそうな態度なのに、周囲によく気を配っている。


 優しいだけじゃなくて、厳しさもあるけれど怖くはない。


 でもこの気持ちには、蓋をしないといけない。望月は形のいい胸を抑えながら、幼馴染の少女へと目を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る