第21話 山菜を食べよう

 弁当を食べ終えた後は、採りたての山菜をいただくことにする。


「……火、使って大丈夫? 火気厳禁って登山道に書いてあったけど」


 ザックから道具を取り出し始めた峻に、佐久が小声で尋ねる。


「火気厳禁っていうのはいわゆる焚火、裸火のことなんだ。ガスバーナーはきちんと安全管理をすれば大丈夫」


「町でタバコ吸う大人がおるけど、あれと似たようなもん?」


「そうだね。焚き木とかだと燃えかすが残って火事の原因になったりするけど、今回はガスを使うから。東京の高尾山とかだと、山頂のベンチでお茶やラーメン作る人がたまにいるよ?」


「あ、ほんとやね」


 早速スマホでインスタをチェックした小梅が、声を上げた。


「とりあえず周りに燃えやすいものを置かないように、と」


 望月がレジャーシートの周りを整理し始め、空いた空間に峻はザックから取り出したコッヘルとバーナーをセットする。


 コッヘルとは取っ手がコンパクトにまとまる小型のステンレス製の鍋、バーナーは理科で使うアルコールランプに似たガスコンロだ。


 手慣れた様子でバーナーと燃料の入ったガスカートリッジを装着すると、ゴトクと呼ばれる足になる部分を開いて固定する。


 そのまま点火装置をカチカチと操作して火をつけた。


「お~、慣れてるね」


「……ハイキングなのに、本格的なデイキャンプっぽい。感動」


「カッコいいやん。親父さんとかに教えてもらったん?」


「まあ、そんなところ。離島とか、山の奥とかに行く仕事だから」


 峻は家族のことにはあまり触れられたくなかった。その空気を三人は察したのか、静かに準備を見守ってくれる。


 次に調理道具と、ビニール袋に入れた山菜を準備した。


今回調理するコゴミは文字通り先端が屈(こご)んだような形になっている山菜だ。アクが少なく、簡単な調理で食べられる。


峻は新たに取り出した小型のまな板の上でコゴミを小さく切っていった。


「……包丁、使わないの? さっき山菜を取っていたナイフと同じもの」


「山に行くときはできるだけ荷物を少なくしたいからね」


峻はそう言いながら、湯が沸いたコッヘルにコゴミと一つまみの塩を入れた。見る見るうちにくすんだ緑色が鮮やかなコバルトグリーンへと化す。そのまま軽くゆがいた後、ゆで汁を捨てるとさらに汲んできた湧き水にコゴミを浸す。


「緑色がさらに鮮やかに……」


「いいね。まさにキャンプ飯って感じがするやん」


 新芽を抱きかかえるように先端がカーブした形のコゴミを一口大に切り揃えた後、お弁当箱の蓋に盛り、脇にマヨネーズを添えた。


 鮮やかなコバルトグリーンのコゴミに白いマヨネーズが色鮮やかだ。


「これでいいの?」


「……なんか地味」


「いいやん、キャンプっぽくて」


「味付けはシンプルなのが一番だから…… まあ、口に合わなかったら残していいよ。僕が食べるか、持って帰るかするから」


「まあ、食べてみようよ」


 望月の勧めで三人は恐る恐るコゴミを箸でつまみ、マヨネーズをつけて口に運ぶ。

口に含んだとたん、場の空気が一変する。


目の色が変わり、雷に打たれたかのような衝撃が彼女たちに広がった。


それから言葉が奪われた。三人は無言でコゴミのマヨネーズ添えを咀嚼し、ゆっくりと飲み込んでいく。喉が鳴る音がいやに大きく峻の耳に響いた。


どうだったのだろう? そんな疑問が峻の胸に広がっていく。


おいしかったのか、まずかったのか。


山菜を食べた人すべてが「おいしい」というとは限らない。父親と山菜料理を食べに行く機会があったが、「期待外れ」「雑草じゃない?」「これで金とるのかよ」そんな声が聞こえてきたこともある。


三人の、特に佐久の薄紅色の口元を凝視しながら彼女たちの言葉を待った。


「美味しい」

「……今まで食べてきた野菜が、まるでゴミクズみたいに思えた」


「お母さんも喜びそう」


そう言いながらも箸が次々に伸びていき、コゴミのマヨネーズ添えはあっという間になくなった。


峻は喜びよりも安堵が先にきて、そっと胸をなでおろす。


好みも推しも人それぞれで押し付ける気はないけれど。


自分が好きなものを好きと言ってもらえる、それがすごく嬉しい。


「……ごちそうさま」


 ずっと正座していた佐久も、食べ終わると膝を崩してくつろいだ。冷たさをはらんだ風に、日本人形のような黒髪がたなびく。


「余った山菜はどうするの?」


「家に帰って調理かな。他のはあく抜きが面倒だったりするから、すぐ食べるのは少し大変」


「どうやって食べるのが美味しいのかな……」


「コミュニケーションアプリでレシピ送るね」


 送られてきた料理法に、小梅は顔をほころばせる。


「帰ったらさっそく作ってみるわ。お母さん、喜んでくれるといいんやけど」


 くつろいだら、今度はお喋りの時間になる。だいぶ打ち解けたためか、話題は学校のことから自然とプライベートな話題に移っていった。


「……小梅のママ、看護師なんだ」


「まあ、医者のさっち~のお父さんに比べれば何てことはないんやけど」


「……そんなことない。精神科や認知症では、看護師さんの接し方も大きい。担当が

変わると、びっくりするくらいに変わった患者さん何人も見た」


小梅の自嘲するようなセリフを佐久は厳しい口調でとがめた。


「……自分のママを悪く言っちゃダメ」


 佐久の言葉に、小梅は抱き着いた。強く抱き着いたのか、パーカー越しのメロンのような胸が佐久の平坦な胸に押しつぶされ、ぐにゅぐにゅと形を変える。


 峻は思わず目を奪われたが望月のゴミを見るような視線に気が付き、慌てて目をそらす。


「さいてー」


「さっちー、やっぱりいい子~! うちにお嫁に来ん?」


「……このへんてこな色の髪が痛いから離れて」


 冷静なツッコミと共に佐久は小梅を引きはがす。


 そんな二人の様子を望月は微笑ましく見守っていたが、ずっと空を眺めていた峻は場の空気を断ち切るかのように言った。


「そろそろ帰ろう」


 道具をザックにしまい、背中に担ぐと女子三人に帰りを促すかのように立ち上がった。


「え? 早くない?」


小梅がスマホで時間を確認すると、まだ十三時を過ぎたばかりだ。


「少し雨が降ってくるかも。周囲の人も、ちらほら帰り始めてるでしょ?」

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