歴史見学会
「私はあの馬鹿を止めに行く! お前達は全員本校舎に避難するんだ。事故に備えて、交代で召喚獣を呼び出しながら移動してくれ!」
やあ、僕の名前はヘレシー!
赤錆色の巨大なゴーレムが腰の入った連打を塔に打ち込んでいる間に学園内のあちこちで爆発まで起こって状況はもう滅茶苦茶! 非現実的な光景を唖然として眺めていた僕達だったけど、いち早く我に返った先生に言われて安全な場所に避難する事になったんだ!
避難先として指示されたのは学園の南側にある本校舎! 授業をしていなかった他の先生や学園長もいるだろうし、王都の中では王城の次くらいに安全な場所なんじゃないかな!
「私も行くわ。イーガス、先導しなさい」
「レティーシア様……? 危険です。それに、レティーシア様には生徒達の避難誘導をお任せしたかったのですが……」
「これだけ実力者が揃っていれば不要でしょう。敵が護陣塔を破壊するつもりなら、他にも裏切り者がいる筈よ。最悪の事態を想定して戦力を揃えるべきだわ」
「裏切り者……そう、ですよね。分かりました。行きましょう」
どうやらレティーシアは先生に付いて行くみたい! サヴァンっていう人を含めた相手の動きについて話し合っているよ! どんな理由かは知らないけど、召喚獣のゴーレムが塔を攻撃してる以上その契約者であるサヴァン先生が敵だと判断されるのは仕方がない事だよね!
もしかして敵国の間諜だったりするのかな? でも召喚師として才能があったり学園で教鞭を執っていたり、潜伏するにしてもこの国に馴染み過ぎだよね。
なんだか僕達の先生も交友があったような反応をしているし、普段は悪い人じゃなかったのかも? やってる事は極刑ものだけどね!
「ヘレシー、いいかしら」
隊列を組んだクラスメイトのうち三人が召喚獣を呼び出して、みんなで本校舎に向かって歩き始めたところで僕だけレティーシアに呼び止められたよ!
僕達とは別行動をするみたいだけど、先生を待たせて何の用事だろう?
「避難している途中、もし誤って別方向に移動している人を見つけたら声を掛けてあげてほしいの。本当は貴方に頼んで良いような事ではないのだけれど……単独行動になる可能性が高い以上、他の生徒では不安があって……」
「うん? それくらいなら全然構わないよ。レティーシアの方は大丈夫なの?」
「えぇ。コン子もいるし、戦闘になる前に他の教員とも合流できるでしょうから心配はいらないわ。貴方こそ十分気を付けて頂戴」
「うん。まぁ、何もないと思うけどね」
どうやら迷子になりそうな人に声を掛けて道案内をしてほしいみたいだね! わざわざ僕を名指ししなくても、そのくらい誰でもやってくれそうな気がするけど……やっぱり貴族が貴族に頼み事をするのって色々と面倒があったりするのかな?
あんなに大きなゴーレムを見失って逃げそびれるような人なんてこの学園にはいない気がするけど、レティーシアが言うからには少なからず可能性があるんだろうね! 迷ってる人を見逃さないように注意して歩こう!
そんな風に話をしていると、何かが割れるような大きい音が響くのと同時に
「っ! 行ってくるわ!」
「いってらっしゃい。頑張ってね」
「頑張るわ!」
レティーシアと先生が北に向かって走り去るのを見送ってから、少し距離が開いちゃったクラスの隊列に合流したよ! 呼び出した召喚獣を先頭と左右に配置した形だね!
遅れたせいで僕が自動的に
……いや、最後尾なんて絶対に魔法が使える人が適任でしょ。もしかして空気か何かだと思われてる?
◆ ◆ ◆
無駄に広い学園の中を進んでいくと、召喚場や闘技場がある中央の区画を抜けて噴水や謎のオブジェや別館が見えてきたよ! 目的地の本校舎までもう少しだね!
途中で索敵用の召喚獣も追加して奇襲の対策も万全だし、これはもう勝ったも同然! 本校舎に着いたら安全な場所から先生達の戦いを応援しよう!
「あっ」
なんて思っていたら……見つけちゃったよ、迷子。本当にいるんだね。もしかしてレティーシアって未来が見えてたりする? 今年の畑の収穫量とか教えてくれない?
こなれた制服を着た高学年っぽい男の子が不安そうに左右を見渡しながら西側にある建物の影に入っていったんだけど、あれ絶対道に迷ってるよね。学園の西側なんかに行っても倉庫みたいな建物と自然公園的な瞑想ポイントがあるばっかりで、守ってくれる先生は多分いないよ!
「どうした庶民、何かいたのか!」
最後尾の僕が変な声を出したからか、近くにいたカイゼル君が慌ててやって来たよ! 驚かせちゃってごめんね!
「いや、生徒だよ。もうあっちの校舎に隠れちゃったけど。僕、迷ってる人がいたら声を掛けろって言われてるんだよね」
「そういう事か……ならば行くがいい。ただしこの状況、相手が生徒だからといって味方とは限らない。死に急ぐなよ」
「うん、すぐに戻ってくるよ」
カイゼル君も警告してくれている事だし、気を引き締めてあの男の子を追いかけよう! 彼が迷子でもそうでなくても、色んな所で起こってる爆発に巻き込まれたら大変だもんね!
さっき見た建物まで近付いて角を曲がると、足早に歩いている男の子の背中を見つけたよ!
「おーい、そっちじゃないよー!」
「っ!?」
あれ、男の子がそのまま真っ直ぐ走り出したね。もしかして敵か何かだと思われてる?
僕なんてどう見ても制服ピカピカの新入生なのに……きっと混乱しているんだね!
「僕は怪しい人間じゃないよ! 本校舎の方が安全だから一緒に避難しよう!」
「クソッ、【ウィンドブラスト】ッ!」
「お? おおー」
男の子のすぐ後ろで空気が圧縮されたと思ったら、次の瞬間にはそれが爆発して物凄い突風が襲ってきたよ! 建物の窓は残らず割れてるし、体は前に進まないし、男の子は風に乗ってとんでもない速度で走り去っていくし、どう見ても僕一人で解決できる状況じゃないね!
「ハイドラ、ちょっといい?」
「はい、お待ちしていました!」
僕の声に驚きの早さで反応してくれたのは召喚獣のハイドラ!
浮かび上がった黒い水溜まりから太くて柔らかい足を伸ばして地面を掴んだ彼女は、そこから残りの体をズルリと引き上げて全身を
正面に少しだけ作ってくれている足の隙間から外の様子を見てみると、男の子が見失いそうなくらい遠くに進んでいるのが確認できたよ!
「急に呼んじゃって悪いね。向こうにいる男の子……今見えなくなっちゃったけど、あの生徒を追いかけたいんだ。運んでもらってもいい?」
「分かりました! ……え? ヘレシーさんを運ぶ……?」
「うん、運び方は何でもいいよ。足で持ち上げてくれてもいいし、本体に乗れって言うならそうするし」
「足で持つ……? 乗っていただける……? ……私、いくら払えばいいですか?」
「もしかして君も混乱してる?」
急に召喚したのが良くなかったのかな? それでもすぐに正気を取り戻して僕を背中に乗せてくれたハイドラは、複数の足を器用に動かして滑らかに前進し始めたよ! これだけの質量があれば風に吹かれても安定するし、やっぱり歩幅(?)が大きいと移動が速くていいね!
ハイドラの足に巻き込まれた地面や石畳が割れたり抉れたりしてるのが気になるけど……まぁ誰がやったかなんてバレないだろうし、今は緊急事態なんだから怒られたりしないよね! 多分!
◆ ◆ ◆
それから暫く追跡劇は続いて、こっちが距離を詰めて、向こうが魔法を使っての繰り返しになっていたんだけど、結局は学園の西端にある塔に逃げ込まれちゃって男の子を捕まえる事はできなかったよ!
「すみません……さっきの魔法、人間への殺傷力が高いものだったのでヘレシーさんを狙ってくると思って……」
「いやいや、一旦見失いはしたけどさ、最終的に彼が入っていった場所を特定できたんだから十分だよ。ありがとう」
最後に男の子が使ってきた魔法が敵を空中に巻き上げる強力なものだったらしくて、咄嗟に動きを止めたハイドラが防御魔法で僕を守ってくれたんだけど、その隙に男の子は自分を空高く吹き飛ばして建物を飛び越えていっちゃったんだよね! 混乱しているとはいえ自分を攻撃魔法の対象にするなんて驚きだよ!
そうして一時的に男の子を見失っちゃったものの、ハイドラも建物の壁は登れるし小さな倉庫程度ならそのまま乗り越えられるからなんとか追い付いて撒かれずに済んだよ!
それにしても相手の使う魔法の種類が分かったり、防御魔法が使えたり、ハイドラってどこで覚えたのかは知らないけど魔法に詳しいよね! 僕とハッピーには全く適正が無い分野だから、そこを補ってくれるのは本当に助かるよ!
早速塔を調べて男の子を連れ戻そう! なんだか不思議な雰囲気のある建物だなぁ。
「入口は正面の一カ所だけみたいだね。これ以上追いかけっこをする必要は無さそうかな」
「はい。でもこんな場所に逃げ込むなんて、一体何の施設なんでしょうか?」
「多分だけど、大切な魔法陣を守ってる塔……だと思う」
この塔、北でゴーレムが攻撃してる塔と同じくかなり巨大な建造物で、外観の特徴も近いんだよね。同じ時代に同じ工法で作られたっぽい雰囲気があるよ!
『聖獣を召喚した大魔法陣の他にも特別な魔法陣が三つある』っていう話を教会で聞いたし、普通に考えたらこの塔がそのうちの一つなんだろうね! 入口も厳重に鍵で施錠されていた痕跡があるし! 全部壊されてるけど!
「北側の塔にも魔法障壁があったから、この中に隠れれば安全だと思って避難しに来たのかな」
「この塔の障壁……綺麗に入口の部分だけ切り抜かれていますね。あそこに描かれている魔法陣で突破したんだと思います」
「ほんとだ。大きな魔法陣だなぁ」
入口から少し離れた地面に大規模な魔法を行使した跡があるね! 魔法陣の大きさ的に十人以上は術者がいないと起動できないんじゃないかな?
さっきの男の子には鍵を開けたり障壁を突破する時間なんて無かった筈だから、それよりも前に塔の中に入った人達がいそうだね! 中で何をしているのかは知らないけど、外が大変な事になってるって教えてあげないと!
「おー、かなり広いね!」
「なんだか厳かな雰囲気がありますね……」
塔の中は吹き抜けの大広間! 平面の大きさだけでも召喚場くらいあるし天井は更に高いけど、一番奥に階段が見えてるから少なくともこれが二階層以上はあるんだろうね! 流石は歴史的建造物! 規模が違うよ!
昔話に出てくる特別な魔法陣はてっきり地上階にあると思っていたんだけど見当たらないね! 上の階層にあるのかな?
「うーん、なんだろう……上から歌みたいな音が聞こえる気がする」
「あ、確かに。これは……呪文でしょうか……?」
「上で何かの集会をしていて、それに遅刻しそうだったから急いでいたのかもね。ちょっと心苦しいけど今は状況が悪いし、声を掛けて中断してもらおうか」
「そうですね」
階段がある最奥までは少し距離があるけど、一歩進む度にシンとした空間に僕の靴音とハイドラの水音が響いてどこか神聖な感じ! 壁や天井にも細かく装飾が施されていて、見ているだけでも面白いね!
普段なら絶対に入れない建物だろうし、この経験は故郷の友達だけじゃなくてクラスメイトにも自慢できちゃうかも! こういうのを役得って言うのかな?
あっ、そうだ! ハッピーも出てきて一緒に見てみない? 実際にここに立ってみるとまた違った印象を受けると思うよ!
『
平気平気! もしかしたらレティーシアは怖がるかも知れないけど、多少は慣れてるだろうし前よりも短い時間だったら彼女も取り乱したりしないって! ハッピーが僕の守護獣だって二回も説明してるしね!
もし誰かに姿を見られちゃっても咄嗟に隠れれば問題無いだろうし、何よりこの機会を逃すのは勿体ないよ! 見るだけじゃなくて直接肌で感じ取れるものがあると思う!
『
おいでおいで! ほら、あそこの装飾なんかとっても綺麗で見応えがあるよ!
……あ、床にあんまり血とか付けないようにしてね! 後で滅茶苦茶怒られそうだから!
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