白昼の衝光

「昨日は召喚師本人の戦闘能力をある程度見させてもらったが、当然ながら本来の我々の役割は召喚獣を呼び出す事にある。特別な事情がなければあのような授業は行わないので、魔法や戦技等の研鑽は必要に応じて各自で行うようにしてくれ。今日は召喚獣同士の模擬戦を行い、戦闘経験の蓄積による能力向上について実戦を交えて説明していく……予定だったが、今の状況で召喚獣を無闇に消耗させる訳にもいかん。不本意ながら、本日も授業の予定を変更する」


 やあ、僕の名前はヘレシー!

 あの後レティーシアに召喚されて消えていったコン子さんと別れた僕は、当初の予定通り夕飯を食べてから寮に戻ってハッピーと魔導師ごっこをして遊んだんだ!


 今日は学園の中心付近にある召喚場に集まっているよ!

 どうやらまた授業内容が変更になったみたいだけど、入学してから今までの間で半分くらいしか予定通りに授業できてなくない? そのうちお貴族サマの親御さんから学園に苦情が入りそうだし、早く事件が解決するといいね!


「授業で過度に消耗させるな、という学園長からの指示には私も教員として従わなければならん。しかし、授業内容として召喚術は取り扱いたい。このような時にどうすれば良いか。答えは──これだ」

「あ、あの書類は……!」

「まさか、もう一度魔導院の報告書が見られるというの……!?」

「いや、あの書類の表紙には魔導院の印が無い。あれは一体……?」


 学園長から釘を刺されたらしい先生がしたり顔で取り出したのは紙の束! 周りのクラスメイト達はその内容を予想して盛り上がっているし、先生は勿体ぶって中々話を始めないし、みんな楽しそうだね!


「そうだ。この文書には魔導院の正式文書である事を証明する印が捺されていない。しかし、これは間違いなく魔導院の研究所から持ち出……情報提供を受けたものだ。印が無い理由はこれが正式な報告書の体を成していないからで、あくまで文書として纏められる前段階──ただ実験結果を書き記しただけの走り書きに過ぎない。が、それ故に情報は最先端のものだ。内容も今までの常識を覆す興味深いものであり、もし書かれている技術を習得する事ができれば確実に召喚師として躍進できるだろう」

「なんだと……?」

「す、すごい……いや、凄過ぎる……」

「抗えない……この情報鮮度に……」


 ん? 今研究所から持ち出したって言おうとしなかった?

 先生の言う事があまりにも凄かったからか、それとも情報の入手経路が怪しいからか、いつもはノリの良いクラスメイト達も困惑しちゃってるね!

 最近たまに思うんだけど、もしかして僕達の先生って結構危ない人だったりする? 授業っていう名目があれば何でも許されると思ってそう。


「前にも似た趣旨の文書を紹介したが、今回の内容は全くの別物だ。これは既存の魔法陣に手を加え、根本的な魔力消費を抑えようという研究の記録なのだ。召喚の際には魔法陣を展開するのが一般的だが、その術式をもっと効率の良いものに組み換えられないかという研究は古くから行われてきた。しかし結果は契約している召喚獣との繋がりが保てなくなったり、そもそも魔法陣として起動できなくなるものが殆どだった」


 形式化されて上手く纏まってると思っていた今の魔法陣だけど、まだまだ改良しようっていう動きがあったんだね!

 現状に満足せず更なる高みを目指すのはとても良い事だと思うよ! こうした努力を積み重ねて技術は進歩してきたんだろうね!


「だが、今回は違う! 契約済みの召喚獣を呼び出す術式は未契約の召喚獣を呼び出すものと比べて魔力消費が抑えられる事は常識だが、この技術を使えばそこから更に宣言と定義を組み換えて魔力効率を向上させられるのだ……!」

「今より更に消耗しなくなるなんて……」

「魔法陣はもう完成形だと聞いていたのに……」

「なんて革新的なんだ……!」


 おー、それは本当に凄いね!

 召喚師の魔力はボードゲームでもよく枯渇する重要なリソースだし、節約した分の魔力で召喚獣を追加で召喚したり、魔法を使って仲間を援護すればもっと活躍できるよね!

 直近のいくさでも猛威を振るっていたらしい召喚師がこれ以上強くなっちゃったら、いよいよメイユールが大陸統一しちゃうかも!


「そう、これは革新的な技術だ。……扱う事さえできればな」


 あっ、なんか一筋縄ではいかなさそう!


「新しく発見された術式で魔法陣を書き換える……これはそんな単純な話ではない。精密な魔力操作技術を要する非常に難度の高い方法なのだ。実験記録を見ても、初級魔法の起動に成功した記録は多数あるものの、召喚術を成功させたという記録は魔導院技術者の実力を以てしてもただの一度に収まっている。だが悲観する事はない。成功例がある以上、理論上は我々にも実行可能なのだ。一朝一夕で身に付く技術ではないだろうが、自分の手札の一つ、あるいは伸び代の一つとして覚えておいて欲しい」


 よく分からないけど、どうやら得られる恩恵が大きいだけあって難しい方法みたいだね! 大陸最高峰の技術を持っているらしいこの学園で教鞭を執っている先生が難しいって言うなんて相当だよ!

 周りのみんなも盛り上がっていた空気を一変させて、真剣な表情で先生の話を聞いているね!


「考え方は簡単だ。魔法陣を安定させるために必須と言われてきた記述を敢えて省き、その状態で術式を成り立たせ、起動する。諸君らが魔法陣の基本や大前提として習ったであろう部分……最も美しいと言われているあの定義と宣言文を、ここに書かれている法則に従って分解し、仮組みのような形に再構築するんだ。順を追って説明するぞ。まずは──」

「な……っ!? そこに手を加えるというのですか……!?」

「神が用意したとも言われる完璧なその記述を……分解する、だと……?」

「俺が今まで積み上げてきたものはなんだったんだ……」


 先生が壁際から引っ張ってきた白板によく分からない紋様を書きながら説明を始めたよ!

 でも……うーん、普段から魔法陣に慣れ親しんでいる人なら理解も早いんだろうけど、教科書を読んだ程度の知識しかない僕にはちょっと難しいなぁ。

 クラスのみんなは……あっ、驚いたり頷いたりしながら先生の話を聞いているね! もしかして内容とか理解できてる感じ? 取り残されてるの僕だけ?


「──手順は以上だ。更に安定性を排除して切り詰めた方法も考案されているようだが、これ以上は得られる恩恵が少ない上に危険過ぎる。記録によると実験の中で少なからず事故も起きているようだ。今説明した方法は難度が高く安定性の欠片も無いが、辛うじて安全性だけは確保できている。授業で扱える範囲としてはここまでが限界だろう」


 やり方の説明は終わりみたいだね! 結局僕には何も分からなかったけど、魔法陣は間違った組み方をすると危ないって事だけは分かったよ!

 もし小さい頃の僕がこの分野の知識と才能を持っていたら絶対に色々と試して事故を起こしていただろうね! 召喚以外何もできなくて逆に良かったのかも!


「では、準備の出来た者から試してみろ。最低限ここに書いた部分を守れば失敗しても大事故にはならないし、魔法陣が起動しなければ魔力もさほど消費しない。様子を見ながら試していけば放課後に十分な量の魔力が残せるだろう。体調が優れない者や、現時点で魔力量が万全でない者は見学しているだけで構わない。全員、学園長から言われているので無理はしないように」

「分かりました!」

「よし……この新しい技術、絶対に習得してやるぞ……!」

「これをモノにできれば、俺が派閥の代表に……!」


 学園長に釘を刺されて残念そうな先生の言葉を受けて、みんなが召喚場のあちこちに散らばっていくよ!

 宙に手を掲げてみたり、何やら呪文を唱えてみたり、祈ってみたり、展開した魔法陣を触ってみたりで楽しそう! 見ていたら僕も輪に入りたくなってきたね! 試しに形だけでも真似してみようかな!

 白板に書かれた紋様や式をノートに写してっと。……よし、行こうか!


「こ、これを極めればレティーシアさんに勝てますわ……!」


 周りを見渡しながら歩いてると、興奮しながら魔法陣を描いてるレイチェルさんを見つけたよ!

 コツや心構えを聞いてみようかと思ったけど、なんか目がギラついてて怖いし、邪魔になっても悪いから今は離れておこうかな! 陰ながら応援しているよ!


「うぅ……試したい、けど魔力は余裕をもって残しておけって護衛の人に言われたし……でも、少しくらいなら……」


 もっと白板から離れていくと、俯きながら葛藤してる庶民の子を発見!

 どうやら教わった内容を試したいけど踏ん切りがつかなくてウズウズしてるみたいだね! 同じ庶民の僕が隣で派手に失敗するのを見せれば背中を押してあげられるかな?


「うわ……またこっち来てる……」


 と、思って近付いたら逃げられちゃったよ! なんで?

 もしかして僕がレティーシアとよく話しているのを見て、僕の事を貴族だと勘違いしてたりするのかな?

 僕も最初はお貴族サマに絡まれたらすぐ面倒事になるんじゃないかって警戒していたから気持ちは分かるけど、ここの貴族の人って案外いい人達ばかりだから意外と雑に扱っても大丈夫だよ! そもそも僕は貴族じゃないから二重で安心!


 丁度周りから人がいなくなった事だし、もうここで魔法陣を試してみようかな!

 体術なんかもそうだけど、新しい事を教えてもらった直後って不思議と自分にも出来るような気がしてくるよね! ノートを見ながら一つ一つ手順を踏めば意外と上手く行ったりするかも!


「よーし」


 確か最初は……どんな召喚獣を呼び出すのかを宣言するんだったよね! 今から召喚するのはハイドラだから……えっと……?


「……」


 あっ、違う違う! その前に、そもそもこれが召喚術用の魔法陣だって事を定義する必要があるんだよね! 慣れない方法だからうっかりしていたよ!


「……」


 ……いや、違うな。あれだっけ、まず輪っかを出すんだっけ? 輪っか。人間も魔法陣も、形から入る事が大切だよね。


「……」


 ……。


「……」


 ……まぁ予想はついてたよ。予想はついてた。何も練習してないのに話を聞いただけで急に出来るようになる訳がないよね。でもさ、たまには閃きや直感を信じたくなる事もあるじゃない?


 そもそも魔力で文字や紋様を描くって何なんだろうね。本当に同じ世界の話? ハッピーの居た世界の話の方がまだ理解できるよ。

 魔力操作については召喚術の教科書にも抽象的なコツしか書いていなかったし、そういう初心者お断りみたいな導線の少なさが召喚師や魔術師の希少性に拍車を掛けてるんじゃないかなぁ。

 学園の教科書を受け取れるような人は既に一定の基礎を身に付けてるっていう想定なんだろうけど、それにしては入学試験がザル過ぎるよね……。


「あ、そうだ」


 ここで僕は閃いたよ! 魔法陣の起動経験すら無い人間がいきなり高度な手法に挑戦したって成功する訳がないんだから、完成形をイメージし易いように下書きをすれば良いんじゃないかって!

 あらかじめノートか何かに魔法陣を描いておいて、それに沿って魔力を流すだけっていう単純な構図なら成功率も上がるんじゃないかな?


「これでよし」


 早速ノートの新しいページにハイドラを呼び出すための魔法陣を描いてみたよ! 召喚場の中心にある魔法陣を参考にして、教えられた通りに最初の部分をいい感じにバラして不安定にしたよ! これで魔力消費が減るんだよね!

 後はこれを触るなり、上から手を添えて気合いを入れるなり、なんとかして魔力を流したら起動できるはず! ところで魔力を流すって何だろうね?


 出ろ! 魔力出ろ! 気合いで出ろッ! フッ! はっ!


 ……あれ? なんか揺れてる? 気のせい?


「うわっ……!? なんだこの揺れは!?」

「ひっ……! 地響きが……」

「一体何がどうなって……!?」


 どうやら気のせいじゃなさそうだね! もしかして何か失敗しちゃったかな。でも魔法陣は起動してないし……うーん、ちょっと原因が分からないね。普通に地震かな?


 肩をすくめて何もしてない事をアピールしつつ白板のある場所に戻ると、先生がなにやら魔法を使いながら遠くに目を凝らしていたよ! 随分と落ち着いた様子に見えるけど、もう揺れの原因に見当が付いてるのかな? 流石だね!


「……そういう事か。全員、何も心配はいらない。一旦授業を中断して外に出てみろ。面白いものが見られるぞ」


 先生に言われるまま外に出て見晴らしの良い場所まで移動すると、なんと遠くにある北側の校庭に赤錆色の巨大なゴーレムが立っているのが見えたよ! 金属製の巨人って感じでカッコイイね!

 もしあれが敵の魔導ゴーレムだったら大変な事なんだけど、先生の反応的にあれは学園関係者の召喚獣なのかな? 本校舎と同じくらい大きいから遠近感がおかしくなりそうだよ! 昨日教会で聞いた昔話の聖獣もあんな大きさだったのかな?


「あれはサヴァンの……サヴァン先生の召喚獣だ。ここ数年は前線演習の時にしか召喚していなかったから、この中で実際に見た事のある者は少ないだろう」

「すごい……あんなに大きな召喚獣を呼び出せるなんて、流石は学園の先生だ……!」

「初めて見た……なんというか、言葉が出てこないな……」

「俺もいつかは、あんな召喚獣と契約を……」


 へー、あれはサヴァンっていう先生の召喚獣みたいだね!

 魔法陣の最新技術といい、あの赤錆色の巨人といい、まるで新入学生の僕達にこれから目指すべき召喚師像を示してくれているみたいに感じるよ!

 生徒の意欲を上げる演出まで凝っているなんて流石はヴァリエール召喚師学園だね!


「だが、周囲に与える影響の大きい召喚獣を呼び出す際には事前に通達が必要だったはず。サヴァン先生はあのゴーレムを呼び出して一体何の授業をするつもりなのだ……?」


 先生が顎に手を当てて疑問を口にしているよ! 大きな召喚獣を呼び出すのって事前に許可が必要だったりするんだね!

 まぁ確かに召喚する度に地震なんて起こしてたら近くに住んでる人が困るだろうし、召喚獣が大きいと気を付けないといけない事も多いのかな? 聖獣を呼び出したっていう王様も案外苦労してたのかもね。


「おお、動き出したぞ!」

「歩くだけでも凄い迫力だ……!」


 初代国王様を心配しているうちに校庭のゴーレムが歩き始めたね! 一歩進む度に砂煙が舞い上がっていて振動もすごいよ!

 どうやらゴーレムは学園の北端に建ってる一番背の高い塔に向かっているみたい! あれって確かお伽話の魔法陣を守ってる建造物なんだっけ?

 赤錆色の巨人も大きいけど、塔はそれより更に大きいんだからとんでもないよ! メイユールの起源みたいな魔法陣を守る建物だし、昔の人達も気合いを入れて作ったんだろうね!


 あれ、巨人が徐々に歩幅を広げて、速度を上げて……まるで殴り掛かるみたいに腕を振りかぶって……なんだか嫌な予感がするなぁ。


「なっ……!? サヴァンッ! 何をするつもりだっ!?」


 あ、殴った! 歴史的にも国防的にも重要そうな塔を巨大なゴーレムが殴ったよ!

 塔を守る透明な障壁と巨人の拳がぶつかり合って、この距離でも轟音と衝撃波が伝わってくるね! ゴーレムが何度も塔を殴りつける度に、地平線まで真っ白な光が明滅しててとっても幻想的!

 なんだかすごい瞬間に立ち会っちゃったよ! これ、もしかしたら歴史の教科書に載ったりするかもね! アハハ!

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