博打黙示録ヘレシー
「あっ、ここで駒を動かした後にあえて装備を外せばいいんじゃないかな? これは……ゲームの必勝法を見つけてしまったね……!」
やあ、僕の名前はヘレシー!
小さい頃に呼び出した守護獣のおかげで召喚師としての素質を認められた僕は、少し前からあの有名なヴァリエール召喚師学園に入学して召喚師になるべく頑張っているんだ!
買い物を終えて寮に戻ってきて、今はベッドに腰掛けながら買ってきたボードゲームで遊んでいるところだよ!
最初に各自でデッキを構築して、それを使いながら盤上に並べた駒を動かして遊ぶ二人用のゲームなんだけど、帰り際に見つけた露天商のおじさんの熱意に負けてつい買っちゃったんだ! 王都で驚くほど流行ってて、他に類を見ない程に面白くて、ルールを知っているだけで友達が百人単位でできる最高のゲームらしいよ! 買うしかないね!
こういう頭を使うゲームは故郷にもあって、地面に印を書いていくゲームをよくハッピーと遊んでいたんだけど、戦績は芳しくなくて負け越しているよ!
村のお爺さんやお婆さんと勝負する時は心穏やかに接待したりされたりできるんだけど、やっぱりハッピーみたいな親しい相手との勝負だと熱くなっちゃうよね! 幼馴染として、家族として、男として負けっぱなしじゃいられないよ!
だからこうして彼女と対戦する前にゲームのコツを掴もうと研究してるってわけ! ルールの穴を利用した革新的な戦術を思いついちゃったから、試しに今からハイドラと遊んで練習しようかな!
ハッピーはまだ見ちゃ駄目だよ! 君に勝つための特訓だからね!
『
「ヘレシー! ヘレシーはいるかしら! いるわよね!」
早速ハイドラを召喚して……と思ったけど、どうやら来客の対応をしないといけないみたい!
最近、というか出会って以来かなりの頻度でレティーシアと遭遇してる気がするんだけど……君もしかして暇だったりする?
珍しく大きな声を出して焦っているみたいだけど、隣の部屋の迷惑になっちゃうからもう少し落ち着いた方がいいと思うな!
「どうしたの、そんなに急いで」
「怖いわ! はやくこの身体を慰めて頂戴っ! 腕を借りるわ!」
「うわ、動き速っ」
部屋に入ってきたレティーシアは一瞬で距離を詰めて僕の腕に抱き着いてきたよ! 動体視力には自信があるから見えないって事はないんだけど、ゲームの駒がバラバラになったら困るから体当たりはやめて欲しいな!
彼女の身のこなしが軽やかなのは、きっと召喚術だけじゃなくて武術なんかも嗜んでいるからだろうね! 貴族の子は多芸で羨ましいや! その分苦労もしてそうだけどね!
「はぁっ……恐怖が溶け出して……身体が悦んで……ん……」
「え、怖……」
なにこれ? 焦った様子で不安そうにしていたのは確かだけど……相変わらず言葉選びは最悪だし、僕の腕に全身を絡めるようにして身じろぎする姿は女性として褒められたものではないよ! 誰かに見られると僕の方が危ないから外では絶対にしないでね!
何を言っても無駄だろうからしばらく自由にさせていると、レティーシアの震えが収まって表情も柔らかくなってきたよ! 良かったね!
「落ち着いた? 一体何があったのさ」
「……今日の昼頃に、町中でとても怖い気配を感じたの」
「気配?」
「この世界ごと飲み込んでしまうような不吉で恐ろしい何かのものよ。怖くて、苦しくて、逃げ出したくて……すぐに貴方を探したのだけれど、寮に居ないようだったから部屋の前に見張りを置いて屋敷に戻ったわ」
「見張り……あぁ……」
帰ってきた時に部屋の前にいた女の子、あれってレティーシアの家の人だったんだ? ガチガチに武装してたし学園の生徒じゃなさそうだとは思ったけど、やけに疲れた顔をしてたから声も掛け難かったんだよね!
目的のために手段を選ばない選択肢の幅広さには感心するけど、そんな仕事を頼まれる人の気持ちも考えてあげてほしいな!
「あの気配……異常で異質で、この世界のものじゃない何かを感じたわ。自分と同じ立場にいないような……でもそれ以上は心が理解を拒んで……思い出せなくて……」
うーん。昼頃なら僕も町にいたけど、そんな常識外の存在が近くにいたら流石に分かる気がするけどなぁ。
レティーシアの物言いが抽象的なのも気になるね! 世界が違う……同じ立場にない……あっ!
「もしかして……」
「流石貴方だわ。何か分かったのね」
「それ、僕の守護獣かも。決闘の時に見たでしょ? あの背の高い女の子」
「……え?」
レティーシアは呆気に取られたように目を見開いているけど、多分そうなんじゃないかと思うね! ハッピーは短時間だけど昼間に顕現してもらったし、彼女って他人から変な勘違いをされがちだから!
「あれが貴方の守護獣の気配……? ……なにか違うような……」
「え、覚えてないの? 決闘の時に怖がっていたし、認識はしてたよね?」
「ええ、見た……見たわ。決闘の時に、間違いなく。あの日の夜、貴方と寝て……起きて……次の日もちゃんと覚えていたわ。確か……小さくて可愛い女の子だったわよね」
「……ん?」
「寝る前は恐怖と不安で押し潰されそうだった気持ちが、朝起きたら温もりと多幸感に変わっていたの。あの時に確信したわ。貴方は私だけでなく、本当に困っている誰かを救う存在だと。既に姫殿下にもお伝えしているわ」
「は?」
ちょっとツッコミ所が多過ぎて理解が追い付かないんだけど、一旦レティーシアの奇行は置いておくとして……ハッピー?
レティーシアの記憶おかしくなってない? 何か心当たりとかあったりする?
『
だよねぇ。僕だって小さい頃からハッピーの事はちゃんと認識できているし、忘れた事なんて一度もないよ! 簡単に忘れられる外見でもないしね!
いくらホラーが苦手だからって記憶ごとすり替えちゃうのは怖がり過ぎだと思うな! これからの生活に支障が出そうで心配だよ!
そういえば昔パン屋のお爺さんがハッピーを見て倒れた時も、目が覚めた後から変な事を言うようになったっけ。村の人達から距離を取るようになったり、自分で作ったパン以外を食べなくなったり……ん?
じゃあもしかして、今レティーシアが言ってる症状もハッピーが原因だったりする? ……いやいや、まさかね。
何事も決めつけるのは良くない。今の僕に言えるのはそれだけだよ!
「昼に感じた恐ろしい気配が貴方の守護獣のものだとは考え難いのだけど……貴方の言う事なら信じるわ」
「忘れちゃったんなら今呼ぼうか? 会って話せば誤解も解けるかも」
「いえ、結構よ。何か嫌な予感がするわ」
「顔合わせに緊張するなら、ハッピーの同族っぽいひと達も一緒に呼んであげるよ。仲介してもらえた方が安心するだろうし」
「絶対にやめて頂戴! ……ッ……思い出そうとすると頭が痛くなってきたわ……」
レティーシアは僕の提案をきっぱりと否定して、今度は正面から胸に抱き着いてきたよ! 子供かな?
もう成人してるんだから異性との距離感はなんとかした方がいいと思うけど、頭が痛いらしいし今は何も言わないでおくよ! 次からは気を付けてね!
「大丈夫? 体調が悪いならハッピーに薬を持ってきてくれるように頼もうか? 彼女は看病も得意なんだ」
「分かったわ、分かったから貴方は少し黙って……あ、でもこうして近くで貴方の声を聞いていると、胸が温かくなって……恐怖が溶かされて……すぅー……痛みが引いて……すぅ……はぁ。安心するわ……万病に効く……」
「えぇ……」
きも……じゃなかった、えっと、何て言えばいいのかな。悪いけど適当な言葉が出てこないや! この姿を見たらご両親が悲しみそうだなっていう感想だけは出てくるんだけど!
たっぷり十回以上も僕を吸った(?)レティーシアは、顔を上げて満足そうに表情を緩めたよ! 可愛いね! 満足したなら離れてね!
「ありがとう、もう大丈夫……あっ、まだ不安だから頭を撫でて欲しいわ。不安だから仕方がないわ」
「だったらせめて不安そうな顔で言ってほしいんだけど。それに、女の子の髪に気安く触れるのは良くないから止めておくよ」
「……まさかの反応ね。どうして変なところだけ常識的なのかしら。変なところだけ」
「故郷では常識人で通ってたからね。ハッピーのおかげで女の子との付き合い方はバッチリさ」
『
それに、ハッピーと暮らす中で身に付いた知識だけじゃなくて、村の大人達からも色々と教わってきたからね!
「
『
もちろんその助言があったからだよ! ハッピーがいないタイミングで「男同士の話をしようや」とか言われた時はビックリしたけど、今となってはその情報提供に感謝しているよ! 家族や友達に失礼な態度は取りたくないからね!
まぁハッピーには髪なんて無いけど、ようは頭に触らなければいいんでしょ?
『
いや、入学祝いも貰ってるんだし、それくらい買って帰ってあげようよ……。
そんな風にハッピーと頭の中で会話していると、胸に抱き着いたままのレティーシアが小声で何か言っているのが聞こえてきたよ! なんだか聞くのが怖いんだけど、聞き逃すのはもっと怖いから耳を澄ませてみよう!
「……でも、ここで諦めるにはあまりにも惜しいわ。どうにか認識の穴を突いて頭を撫でてもらえるよう誘導できないものかしら……」
「レティーシア?」
「貴族の風習や慣例には疎いようだから、そこを攻めて丸め込めば大体の要求は通る……そう、そうよね……ついでに色々と言質も取って……」
「レティーシア……?」
まだ頭が痛むのかな? 相変わらず変な事を言っているね!
何かを企むのは結構だけど、田舎者の僕にそういう搦め手を仕掛けようとするのは人としてどうかと思うな! 貴族は交渉術にも長けているだろうし、主導権を握られると簡単に
部屋に入ってきた時に比べて気分も落ち着いたみたいだし、妙な事をされる前に帰ってもらって……いや、待てよ……?
この状況、使えるかも知れないね……!
「あのさ、レティーシア。召喚師が相手に何かを求めるなら、その交渉材料は掴み取った勝利であるべき。違うかな?」
「……!」
そう、僕は閃いたよ! 今の状況を利用して、レティーシアにゲームの練習台になってもらおうってね!
ハッピーに勝つためにハイドラと遊びながら特訓をしようと思っていたけど、どうせならハイドラにも最初から勝って契約者として頼り甲斐のあるところを見せたいからね! レティーシアにはその為の
「……分かったわ、場所を変えましょう。前に貴方が言っていた、授業で呼び出した召喚獣での決闘で構わないわね?」
「違うよ。ゲームだよ。これ、今日買ってきたんだ」
「ゲーム?」
瞳に闘志を滾らせているレティーシアには悪いけど決闘するつもりなんて全く無いよ!
その条件だとハイドラとコン子さんが戦う事になる訳だけど、相手のコン子さんが普通に勝負してくれるタイプとは思えないからね! 絶対に何か理不尽な事をしてくるに決まっているよ!
その点、このゲームは理不尽な要素なんて無い知的戦略ゲーム! 実力のみが物を言う真剣勝負!
さっき買ってきたゲームの対戦相手になってほしい旨を説明すると、レティーシアは口元を手で隠しながら頷いてくれたよ!
「……成る程。それで勝負して、私が勝てば何だって言う事を聞いてくれる。そういう事ね」
「何でもとは一言も言ってないけど、まぁ趣旨としてはそうだね。付き合ってくれる?」
「ええ。こちらからもお願いするわ」
よし、上手く話を運べたね!
さっき考えた最強の戦術が対人戦で通用するのかを最終確認して、召喚獣達との本番に備えよう!
あっ、ハッピーは今からのゲームも見ちゃ駄目だからね! また別の日に正々堂々と勝負しよう!
『
「ところで、貴方はこのゲームを今日買ったばかりなのよね? その……大丈夫なのかしら。よく似たゲームの経験があるとか……」
「いや、こういうゲームは初めてだね。でもルールならバッチリ覚えたよ!」
「……私は五本先取でいいわ。貴方は一度でも勝てば勝ち。もし貴方が勝てたのなら、何でも好きなものを要求してもらって結構よ」
「えっ」
……すごい自信だね!
これ、もしかしてやらかした? レティーシアってこのゲームかなり得意だったりする? それともハッタリ?
あっ、なんだかボコボコにされる未来が見えたかも! 五連敗した上に金銭なんて要求されたら一直線で奴隷落ちだよ! なんだか話の流れで賭け勝負をするみたいになっちゃってるけど、一旦ここは条件を白紙に戻した方が身のためだろうね!
「あのさ、やっぱり──」
「現金は受け取り難いでしょうし、貴方が勝った時は……町の飲食店で使える無料券なんてどうかしら。どこの店でも、何度でも使える切符をクレセリゼ家が用意するわ」
「──……え、無料? どこのお店でも?」
「ええ」
「何回でも?」
「その通りよ」
「……」
……リスクとリターンを天秤に掛けて、必要な時にしっかり勝負できるのが真の男ってやつだよね!
◇ ◇ ◇
「4,3に魔導兵を移動させて、魔力トークンを消費して5,2に魔法陣を設置するわ」
「……」
「最後に竜騎兵の向きを西側に変えて、先手の野伏を発見状態にして終了よ」
「……」
ハッピー! ハッピー助けて! 序盤からずっと苦しい! 窒息しそう!
『
レティーシアが想像の二十倍くらい強いよ! 十分な助走を取った上で過去の自分を殴り飛ばしたい気分だね!
ちなみに魔力回復用のポーションは構築段階でデッキから抜いちゃってるよ! 終盤になる前に一気に押し切れる算段だったからね! アハハ!
『
「し、召喚師を一旦後ろに下げて……」
「そこに下げると貴方の破城槌が迂回する事になるけど大丈夫かしら。それ以上行軍が遅れると私の魔導ゴーレムが間に合ってしまうわ」
「……」
ああ……! 無料券が! 武器屋のお爺ちゃんへのお土産代が!
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