お高いお店

 やあ、僕の名前はヘレシー!

 小さい頃に呼び出した守護獣のおかげで召喚師としての素質を認められた僕は、一昨日からあの有名なヴァリエール召喚師学園に入学して召喚師になるべく頑張っているんだ!


 今はコン子さんに連れられて王都を移動中だよ!

 制服姿だと目立っちゃうから一度寮に戻って着替えたかったんだけど、そんな事を言い出せる雰囲気じゃなかったからそのまま! でも実際に制服で歩いてみたらあまり注目されてなくて拍子抜けしたよ! 気にし過ぎだったのかも知れないね!

 王都には他にも専門の学園がいくつかあるから、制服姿の学生なんてみんな見慣れているのかな?


「え……今の……幻……?」

「違う……見間違いじゃない。とんでもない美人が歩いてる」

「どの家のご令嬢だ……?」

「綺麗な人……どんな化粧品を使っているのかしら……」


 まぁ隣を歩いてるコン子さんが注目を集めてるからっていうのが主な理由だろうけどね! 今は耳や尻尾も隠して人間の姿になっているのにこんなに目立っちゃうなんて、彼女の今後の生活が心配だよ!


「魅了を完全に抑えていても多少の視線は集めてしまうようだ。私が純粋に美しくて申し訳ないね?」

「事実だとしてもよくそんな事言えるよね」


 自分を客観的に評価できる事は素晴らしいと思うよ! でも時には謙遜する事も大切なんじゃないかな!

 コン子さんの口振りからして、様子のおかしかったジェイド君の取り巻き三人は彼女に何らかの影響を受けていたみたいだね! 今のところ周りにいる町の人達はあそこまで積極的な様子ではないけど、使い方によっては悪さできそうな力だなぁ。


「抑えられるんだったら校舎裏でもそうしてほしかったんだけど。あの三人、ずっとあの調子だったら困るよ」

「大丈夫大丈夫。かなり加減したから今頃は元に戻っているだろうさ。それに、さっきのあれは本人達の理性が弱まった結果に過ぎない。私を手に入れたいという欲求自体は彼らが自主的に芽生えさせたものだよ。蠱惑的な肉体で申し訳ないね?」

「そうだね」

「ちゃんと気持ちを込めて言ってもらえる?」


 ちょっと絡み方がめんど……授業で疲れちゃったから生返事になるのも許してね!

 僕はあんまり詳しくないんだけど、精神に影響するような能力って罪に問われる事もあるらしいから使い方には気を付けてほしいな! 一度関連する法律を調べた方がいいと思うよ!


「一応言っておくけど、それ、レティーシアに使ったりしないでよ? 彼女、なんとなくだけどそういうのに弱そうな気がするからさ」

「成る程……それも面白そうだね……」

「僕達会話できてる?」


 いや駄目だって。釘を刺したつもりが自分の首を絞める事なんてあるんだね! もう黙ってた方がいいかな?


 そんな風に中身のない話をしながら歩いていると、繁華街を区切る小さな橋が見えてきたよ! ここから先ってお堅い住居区とか貴族用の高いお店しかないから僕は行った事がないんだよね!

 何故か我が物顔で橋を渡ろうとしてるコン子さんだけど、召喚されて一日しか経ってない彼女がどうしてそんなに余裕でいられるのか僕には分からないや! というか、そもそも普通の召喚獣は単独で行動したりしないよ!


「あのさ、コン子さんって随分と自由に活動してるみたいだけど……レティーシアは放っておいていいの? あんまり契約者から離れると消耗とか……まぁ、コン子さんにとっては大した影響じゃないのかも知れないけど」

「あぁ、心配はいらないよ。こっちでいう守護獣っていうの? 彼女のそれが中々に面白い性質をしているようだからね。それに、本人も裏で色々とやる事があるみたいだ。これは役割分担というものだよ」

「へー」


 召喚獣の擬態が上手だとこうやって別々に行動できるのかぁ……効率良く買い出しできて便利そうだね!

 昔、ハッピーがひとりで隣町に遊びに行った時なんかは軽く村長さんの責任問題になったからなぁ。


縺��繧凪うーん……私もヲヲ遘√b譛阪服を着れば、r逹繧なんとか後�縲……?


 服、服かぁ。君ってかなり体が大きいから……いや、待てよ?

 擬態して人間サイズになってから、その状態で顔まで全部隠せるフード付きのローブみたいな服を着れば……ちょっと怪しいけど人の多い場所では目立たない……? 見た目の問題は解決できる……!?


 ……これは革新的な事に気付いてしまったね! 頭まで服で覆うなんて普通は逆に目立っちゃうけど、人が多い王都なら注目されない! これは人が少なかった故郷では絶対に出てこなかった発想だよ!

 ただ体を隠すだけじゃ狂気的なアレは垂れ流しになっちゃうかも知れないけど、その先に得られる恩恵があまりにも大きいから試してみる価値は十分にありそうだね!


「……キミ、なんだか破滅的な悪巧みをしていないかい? 絶対に駄目だからね? 回り回って私の契約者に迷惑がかかりそうだ」

「いやいや、悪巧みだなんて……ねぇ?」

縺ッ縺はい、全く∝�縺城&違いますね

「段々分かってきたよ。その笑顔が怖いんだって」


 コン子さんは何かを心配しているみたいだけど……全然違うよ?

 これは悪巧みなんかじゃなくて、とっても善良で前向きな考え方! 人生を豊かにするための一工夫さ!

 今度の休みは大きなフード付きのローブを探しにいかなくちゃね! また一つ楽しみが増えちゃったなぁ!




    ◇ ◇ ◇




「キミ達……本当にそれで通すつもりなのかい」

「……やっぱり駄目かな?」


 コン子さんに連れられてやってきたのは、貴族区の近くにあるいかにも高そうな雰囲気のお店! なんと奢ってくれるんだってさ! よく分からないけどありがとう!

 どうやら本来は予約が必要な店らしくて、店員さんは最初僕達を追い返そうとしていたんだけど、コン子さんが証書みたいな物を見せると大慌てで中に案内してくれたよ! 一体何を見せたんだろうね!

 多分クレセリゼ家の証しか何かなんだろうけど、お貴族サマの威光って本当に凄いよね! 僕も欲し……やっぱりいらないかな! 庶民最高!


「確かにさ、一番狭い密談用の個室にしてもらったのは私だよ? でもそれは何というか……無理がある。扉も閉まってないじゃないか」

「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」


 案内されたのは、お高い店の雰囲気から考えるとあり得ないくらい狭い個室! テーブルも長椅子も片方が壁に固定されてるタイプ! 留置所の取り調べ室かなにか?

 奥側にコン子さん、入口側に僕が座ったんだけど、すごく料理が美味しそうなお店だったからハッピーやハイドラにも食べさせてあげたいと思って、コン子さんに許可を取って呼び出す事にしたんだ!

 ハッピーは昨日コン子さんを気絶させた事もあって気まずいだろうからハイドラを呼んだんだけど……かなり狭いね! 比較的小さな足を優先して出してもらったり工夫してみたんだけど、それでも全然収まってないよ!

 ハイドラ本人も天井に頭ぶつけちゃってるし、僕の体は彼女の足に完全に埋まってるし……テーブルの上には足が乗らないように頑張ったんだけど、これじゃそもそも店員さんが入ってこられないからどうしようもないよ!

 流石に諦めるしかないんだけど、ハイドラの足に埋まってると静かだし温かいしムニムニして柔らかいし、なんだか眠くなってきちゃうんだよね。もう全部放り出して寝ちゃおうかな……。


「せっかく連れてきてくれたのにごめんね。僕はもう駄目だから、朝には起こして欲しいな……」

「手で撫でてもらえただけでなく、全身を触らせてもらえるなんて……私、前世でどれだけの徳を積んだのでしょうか……?」

「ちょっと私だけじゃ手に負えないなぁ」


 あ、コン子さんが匙を投げちゃった。

 冗談だよ冗談! ……ほんとに!


 仕方がないからハイドラには戻ってもらって、コン子さんの直感で選んだ料理を注文したよ!

 味は……おいしい! ……いやほんとに!

 いやさ、僕みたいな庶民は王都でご飯を食べる事さえ未だに慣れてないのに、急にこんな高級っぽい複雑な料理を食べたって上手な感想なんて出せないよ! ごめんね!


「足りなければ好きに注文するといい。私の分も食べていいからね」


 食べている僕の様子を見てコン子さんが何故か満足そうに微笑んでるんだけど……なに? どういう感情?

 いつもの胡散臭い笑みじゃなくて、そういう慈愛に満ちた表情をしてると本当に神々しいね! なんというか、ちょっと眩しくて影に隠れたくなるような感じがするよ!

 好きに注文していいって事はお土産なんかも頼んでいいのかな? やっぱりハッピーとハイドラにも食べさせてあげたいし、寮に持ち帰れたら嬉しいよね!


「もう十分だよ。ありがとう。よければみんなに何か持ち帰ってあげたいんだけど、そういうのって頼めたりするかな?」

「ふむ、聞いてみようか」


 店員さんを呼んで尋ねてみると、どうやら肉料理以外は持ち帰っていいみたいだよ! 普段はそんな対応してないけど今回は特別だってさ! お貴族サマに逆らって騒がれたら面倒だもんね、わかるわかる!

 肉料理だけ駄目なのは衛生的な理由かとも思ったんだけど、どうも在庫の問題らしいよ! 一昨日あたりから色々あって仕入れに難儀してるんだって!

 詳しく事情を聞いていたら何か勘違いされたみたいで、「店にあるのは今日の予約分なので勘弁して下さい」って泣きつかれちゃったよ! 予約無しで来ちゃってごめんね! 偉い貴族の名前使っちゃってごめんね!


「ふーん? ……一部の生肉が買い占められて、近くの牧場も何者かに襲われた、か。そんなに大量の肉、誰が食べるんだろうね? 戦争でも仕掛けるのかな」

「軍は牧場を襲ったりしないと思うけど……」

「さぁどうだろうね。どこの世界でも人間は人間だから」


 なんにせよ、しばらくはお肉が高くなるだろうっていう店員さんの見解だよ! 庶民には辛い情報だね!

 今日はコン子さんが奢ってくれたけど明日からはどうしようかな? ある程度の補助金みたいなものは貰えているんだけど、通常より何倍も高いご飯を食べる余裕なんてないよ!

 次の休日は買い出しのついでに安くて美味しいお店を探して食べ歩きでもしてみようかな!


「肉なんて、故郷なら少し山に行けば手に入ったのになぁ。狐……いや違う、鳥とか……」

「へぇ、キミって狩りなんかもするんだね。……ん?」

「狩りから帰るついでに根菜も集めたりなんかして……」

「すまない。さっきのところ、もう一度言ってもらえないかな? 大切な事を聞き逃してしまったようなんだ。きっと勘違いだろうけど、これからの互いの関係性を考えると認識に齟齬があると良くないから念のため確認が必要だと思……その食材を見るような目、怖いからやめてくれないかな!」

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