必要最低限ショッピング

 やあ、僕の名前はヘレシー!

 小さい頃に呼び出した守護獣のおかげで召喚師としての素質を認められた僕は、少し前からあの有名なヴァリエール召喚師学園に入学して召喚師になるべく頑張っているんだ!


 今日は学園が休みだから、前々から考えていた買い物をするために町に出かけているよ! 残念ながら一人でだけどね!

 今のところ買ったのは茶葉とローブと幾つかの日用品!

 布団と枕も買おうか迷ったんだけど、正直レティーシアの私物がフワフワでとても温かいから店売りの物に魅力を感じなくなっちゃってるよ! 過ぎた贅沢は人を駄目にするっていう話は本当だったんだね!

 あまり女の子の私物を堂々と使うのも良くない気がするんだけど、新しく買ったとしても元の布団が返ってきたら荷物になっちゃうし、財布にそこまで余裕もないし……。


「おい、破片が散らばってるから子供は近寄るなよ!」

「ひどいな。入口ごと壊して盗むとは……」

「こんな人通りのある場所で派手にやりやがって。犯人はまだ捕まってねぇのか?」


 小腹が空いたから安くて美味しいスープが飲めそうな店を探して歩いていると、繁華街の一角で何やら事件が起きているのを見つけたよ! どうやら魔導具を扱ってるお店に強盗が入ったみたいだね!

 王都って衛兵が多いしチラホラ貴族だって見かけるのによくやるよね! 素人目には成功率と見返りが釣り合ってないように思えるんだけど、そんなに急いで欲しい道具でもあったのかな?

 まぁ目の前で起こったのならまだしも、犯人が立ち去った後の事件を気にしても仕方がないよね! 今の僕にはスープのお店を探す時間の方がよっぽど大切だよ!


「お、なんかよさそう」


 見つけたのは大通りから少し入った所にあるお店! 修繕の跡が残る扉に小汚い看板……いかにも金欠の人向けですよっていう飾らない店構えが潔くて素敵だね! 早速入ってみるよ!

 細長い店内は薄暗くて、奥で項垂れている店主さんからは疲れた雰囲気が漂ってくるね! 一切の覇気を感じないよ!

 頼んだのは壁のメニュー表に書いてあった『スープ』! 何味とか、何が入ってるとかは書いてないメニューとして半分機能していないそれ!


「甘くて酸っぱい」


 舌打ちと共に提供されたスープは生温かくて、具材はよく知らない細切れの野草と片手で数えられる量の豆粒! 以上!

 必要なものも含めて色々と削ぎ落とした奥ゆかしくも挑戦的な一皿は、僕みたいに新たな一歩を踏み出した新入学生にピッタリだと言えるよね!

 肝心の味は……なんだろう、甘みは豆由来だと思うんだけど、酸味は野草から出ているのかな? 細かく刻まれているし、多分故郷には生えてない草だろうから詳しくは分からないな!

 食べると小腹が満たされる! それだけでスープとしては十分だよ!


「ごちそうさま!」

「チッ……」


 値段だけは良心的だし、店の場所が悪いのか店主さんの態度が悪いのかは分からないけど他のお客さんも全くいないから静かで快適だったね! また来た時はよろしく!


 スープのお店から出て、ハッピーとハイドラへのお土産に果物を買おうと思って歩いていると、青果店に向かう途中に大きな武具屋を見つけたよ! 変に宝石をあしらった剣とかを店先に飾っていない、実用的な品揃えが期待できそうなお店!

 さっきも近くで強盗があったみたいだし、僕も護身用として何か持っておいた方が良かったりするのかな?

 使い慣れてる道具っていうと鍬とか木槌とか草刈り鎌なんかの農具なんだけど、意外とあれでも小型の害獣くらいなら駆除できたりするんだよね! あの羽と腕が三本ずつ生えてる犬とか!

 農具として使える物なら村に帰った後でも無駄にならないし、護身用として買って帰るのも悪くないかも! 王都で作られた道具っていうだけで品質が高そうな気がするし、きっと村のみんなも羨ましがるよ!

 お金は……値段にもよるけど、さっきの店のスープをしばらく飲んでいれば工面できるかな?


「ありあとやっしたー」


 買う理由ばかりを積極的に探しながら武具屋さんを眺めていると、中から大荷物を持った人達が出てきたよ! あれはなんだろう……白紙書かな? 重そうだね!

 あまり他人の荷物をジロジロと見るのもどうかと思うけど、あんなに沢山持ってるとつい目が行っちゃうよ!

 白紙書っていうのは召喚師の武器みたいなもの! とはいえかなり古い手法になるから、僕も詳しい扱い方は知らないんだけどね! クラス全員の召喚風景は一度見たけど、当然ながら誰一人として使っていなかったよ!

 そう考えると、こうして大量に白紙書が運ばれていく様子って二度と見られないくらい貴重な光景なのかも? よく売れたね!


「いらっしゃーせー」


 そんな置き場所を圧迫するだけの邪魔者が捌けたからなのか、武具屋の店員さんは上機嫌に僕を迎えてくれたよ! 下がった眉がなんだか眠そうに見える、僕と同い年くらいの女の子だね!

 入口付近は訓練用の剣が多くて、少し奥に入るとちゃんと刃の付いた多種多様な武器が飾ってあるよ! 訓練用の剣が一番手に取りやすい場所に置いてあるのは防犯のためかな? それとも王都じゃ訓練用の方が真剣より需要あったりする?


「一番安い兜でもこの値段かぁ」


 防具も色々あるけど高いなぁ。いや、多分相場なんだろうけど、それでも田舎農民が気軽に買えるようなものじゃないよ!

 召喚師の防具についての重要性は分かっているんだけど、僕は軍人さんみたいに敵と戦ったりしないから優先度としてはどうしても低くなっちゃうかな!

 防具を着けるなら僕よりハイドラが先かもね! 彼女は全然気にしてないけど、もう少し肩とかお腹を隠さないと小さな子供達がビックリしちゃうよ!


「冷やかしなら帰ってよー?」


 値札ばかりを見ながら店内を歩いてると、買うつもりがないと思われたのか店員さんに声を掛けられちゃったよ!

 近くで強盗があったのは知っているだろうし、不審者には注意を向けておくってのは大切な事だよね! 僕は普通の客だけどね!


「ちょっと品揃えに圧倒されちゃってね。鍬とか鎌ってどこに置いてあるのかな?」

「クワ……? 鎌なら何本かあるよ。あんま売れないから少ないけど。こっちこっちー」


 カウンターに顎を乗せたまま手招きする彼女の方に近付いてみると、確かに通路横の目立たない場所に鎌が立て掛けてあったよ! すごく立派な作りだけど……これ、ちょっと刃が大き過ぎない?

 少し持ち上げてみたけど、やっぱり外見通りの重さがあるよ! 草っていうか細い木くらいなら力任せに切れそうなくらい重いんだけど、取り回しが悪くて使い難いと思うな!


「ちょっと大げさだなぁ。……ん、こっちのは……」


 大鎌の側にあった木箱の中を見てみると、明らかに作りが雑な長剣達と一緒に入れられている、金属部分が途中で折れちゃってる鎌を見つけたよ! どう見ても訳アリ品なんだけど、ちゃんと刃は付いてるし重量はむしろ丁度いい感じだね! あと安そう!


「あ、それは馬鹿が折っちゃったのをあたしが刃だけ付けたやつ。取り敢えずバレないように数打ちに混ぜてたんだけど、やっぱ全然売れないからそろそろ打ち直そうと思ってたんだよねー」


 カウンターにだらしなく突っ伏しながらため息を吐く彼女の様子からは苦労が見て取れるね!

 この店の事情はよく知らないしあまり興味もないけど、どうにか強く生きて欲しいな!


「でもそれを打ち直してるところなんて店長に見られたらさー、また馬鹿の事思い出して機嫌悪くなっちゃうじゃん? とばっちりで当たり散らされてもダルいから、もし気になったんなら買ってくれたりしない? 安いよ、それ」

「ふーん? 値札が無いんだけど、いくらなの?」

「それはねー、……………………九千ユール」


 あ、本当に安い。

 店員さんが僕を頭から足先までジロジロと観察してから提示した値段は九千ユール!

 少しでも高く売りたいっていう気持ちと、絶対に売れ残ってほしくないという強い意志が混ざり合った絶妙な価格設定だね!

 家で使っていた農具より二倍くらい高いんだけど、その分長持ちするだろうし、「王都で作られた道具だよ」って知り合いに自慢できる事を考えるとすごく魅力的に思えるよ!

 さっきまで安いスープで腹を満たしてた癖に何言ってるんだって感じだけど、近いうちに打ち直すから今しか手に入らないって言われると欲しくなるのが人の性だよね!

 それに……もう少し安くなるかも知れないし?


「欲しいけど、そんなに持ち合わせあったかな……あー、八千ユールだけかぁ。ちょっとだけ足りないや」

「…………やっぱり一万ユールで」

「足りたよ。数え間違えてたみたいだ」


 どうやら値切るのは無理みたいだね! ここは素直に言い値で買っておこうかな! 店員さんを困らせるのは本意ではないからね!

 現金を手渡すと、彼女は先の折れた鎌を店の奥に持って行ってピカピカにしてくれたよ!


「はい、ちゃんと口金から先は包んでおいたから。いやー懐かしいわー。これ打った時はずっと連勤でホント大変でさー、形整える時に『あたしを休みにもできない神なんていらねー!』ってイライラをぶつけて叩きまくったわけ。仕上げも手は抜いてないし、見た目はこんなだけど魔獣もザクザク殺せると思うよ。丸くなったら研いだげるし」

「あ、うん。その時は頼もうかな」


 申し出は有り難いんだけど、別にこれで魔獣を狩るつもりはないし、本格的に使うのも故郷に帰ってからだから多分この店に持ち寄る事はないかな!

 それより不特定多数の神さまに文句を言ってるのがヤバいよ! 下手な貴族に聞かれたら打ち首になる事もあるらしいから気を付けてね! それで食べてる人達もいるから!


「いやーありがとー。あの変な本も売れたし、今日は在庫がハケるいい日だわー。にひひ」


 店員さんの可愛いホクホク顔に見送られて、僕もホクホク顔で退店したよ!

 恐らく数年は使わないであろう道具を買ったせいで財布が薄くなっちゃったけど、今日のご飯が食べられなくなる訳でもないし直ちには問題ないよね!

 よし、このまま予定通りハッピーとハイドラの果物を買いに行っちゃおう! 今の所持金でどれだけの量を買えるのかは分からないけど!


 ……もしかして、何かお金を稼ぐ手段を考えた方がいい?

 故郷で集めて持ってきたあの木の実を売れば多少はお金になりそうだけど、一応数に限りがあるから仲間内だけで食べてしまいたいんだよね!

 王都の労働事情については全く知識が無いから、今度レティーシアにお勧めの仕事とか教えてもらおうかな?

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