女性の褒め方

「おい、庶民! ジェイド様をどこへやったんだ! 隠しても無駄だぞ!」

「気を付けろ。非道な手で決闘に勝ったような奴だ、人を殺す事に躊躇なんてしない」


 やあ、僕の名前はヘレシー!

 小さい頃に呼び出した守護獣のおかげで召喚師としての素質を認められた僕は、一昨日からあの有名なヴァリエール召喚師学園に入学して召喚師になるべく頑張っているんだ!


 今はジェイド君の取り巻きの男の子達三人から校舎裏に呼び出されて囲まれているところだよ! いかにも青春って感じの状況だね!

 呼び出された時点で既に面倒事の予感はしていたんだけど、誤解は早めに解いておいた方が良いと思ったから来てみたんだ! 僕は無実だよ! ハッピーも潔白!

 自分が正義側だと分かり切っていると何も迷う事がないから気が楽だよね! 自分を信じて真っ直ぐに進むだけで全てが解決できるんだから! 行動の指針っていうのは本当に大切だよ!

 今日は長い長い授業でいっぱい頭を使ったから、まずは欠伸をして頭をスッキリさせようかな! 穏やかな笑顔も忘れずに! ほら見て、僕は敵じゃないよ!


「クソッ、なんだその態度は!? 俺達はそんな脅しには屈しない!」

「庶民の分際で舐めやがって……!」


 いや、脅しって何? 笑顔だよ笑顔。友好の印だから。

 そうだ、折角の機会だしこのまま三人とも僕の友達になってくれないかな? クラスではまだ庶民の子だけじゃなくて貴族の人とも距離を感じるし、こうやって向こうから話し掛けてくれてる機会を逃すのは勿体ないよ!

 ジェイド君っていう共通の知り合いがいるから話題には事欠かないだろうしね!


「おい、声が大きくなってるぞ。証拠を揃えて摘発するまでは刺激するなと言われているんだ、誰かに気付かれて騒ぎになると俺達の立場が悪くなる」

「その通達だってどうせ他派閥の陰謀だろう! こうしている間にもジェイド様が苦しんでいるかも知れないんだぞ!? 悠長な事はしていられん!」


 派閥、派閥ねぇ。……よく分からないや! 悪いけど興味もないかな!

 王都って貴族の溜まり場みたいなものだから、やっぱりそういうのもあるんだね! 地位とか、利益とか、駆け引きとか、色々考えながら社交していくのは大変そう! めんど……文化的だね!

 そういえばあんまり考えた事がなかったんだけど、ジェイド君ってどのくらいの貴族なんだろう? 中堅くらい?


「こいつが契約したあの気味の悪い召喚獣は確かに油断できん。油断できんが、新たな召喚獣を使役したのはこちらも同じだ。守護獣も合わせてこれだけの数がいれば負けるなんて有り得ない。徹底的に痛めつけて洗いざらい吐かせてやる!」

「いや、召喚獣を使うのは流石に不味い。誰かに見られでもしたら言い逃れできなくなるぞ」

「だったらこいつの召喚獣が襲ってきたという事にすればいいだろう! こんな庶民の言う事なんて誰も聞きはしない!」

「……なるほど、それもそうか」


 なんだか物騒な話になってるみたいだけど、これって僕の弁明とか聞いてもらえる雰囲気かな? 無理そう?

 ここは一旦相手のやりたい事に合わせてあげて、冷静になってもらってから改めて話を進めた方が良いかも知れないね!

 「男は拳を交えて喧嘩すれば和解できる」って故郷にある武器屋のお爺ちゃんも言ってたし、ここで上手く対応できれば一気に仲良くなれる気がするよ!



「やめなよ」


 ん?


「なんだこの女? ……う、美しい……」

「誰だ! この……女性、は……?」

「さあ、誰だろうねぇ」


 コン子さんだ! コン子さんが現れたよ! こんにちは! こんな所で何をしているのかな?

 美術品かと見紛う程に整った彼女の顔立ちにジェイド君の取り巻き達も驚いているみたいだね! 変なスイッチさえ入らなければ本当に綺麗なひとだから気持ちは分かるよ!


「その耳、その尻尾……なんだ、召喚獣か。……いや、それにしても美しいな……契約者は誰だ……?」

「召喚獣だったか……しかし、なんて完璧な容姿なんだ……何故か目が離せない……」

「無理矢理男の本能が刺激される……色香が……俺を狂わせる……」

「ふふん」


 なんか滅茶苦茶な言われようしてて笑えるね!

 コン子さんはそんな彼らの反応を受けて、当然だと言わんばかりに腕を組んで胸をそびやかしながら得意気にこっちを見てるけど……なに? 僕もそんな感じの事を言えばいいの?


「おー、なんと美しい……それと胡散臭い笑みが可愛い……」

「違うんだよなぁ」


 どうやら違ったみたい! 女性を褒めるのって加減が難しいよね。ハッピーなら付き合いも長いし、喜んでもらえそうな言葉はなんとなく分かるんだけどなぁ。


譛蠖薙縺昴本当にそう≧縺縺励gでしょうか縺≧縺……?


「甘い、香り……思考が乱れて……くそ、他に何も考えられない……」

「欲しい……この召喚獣がどうしても欲しい……どうにか契約できないだろうか……」

「契約者が庶民ならまだ可能性があるな……金か、身分か……」


 ……これ三人ともコン子さんに何かされてない? なんだか精神攻撃を受けてる人の言動に近いんだけど……まぁもし何かあっても僕には関係無いからいっか!

 というか、召喚獣との契約って他の召喚師に移せたりするんだね。確かに後になってから契約内容を変更したい事もあるかも知れないし、試用期間があった方がお互いに安心できるのかも? 僕は何も気にせずに契約しちゃったけど、そう考えるとハイドラには失礼な事をしちゃったかな?


「おい召喚獣。貴女……ではなくお前、名はなんという? 契約者は誰だ? 俺ならお前に一生不自由しない生活を送らせてやれる。契約をやり直すつもりはないか」

「いや、待ってくれ! 俺の方がより多くの金を用意できる! 俺と契約してくれないか!」

「一番社交界で顔が広いのは俺の家だ! 是非俺と契約を!」

「一番おいしい木の実を持っているのは僕だ!」


 急にアピールタイムが始まっちゃったよ! 随分と情熱的だけど、貴族の求愛ってこれが普通だったりするのかな? 側で眺めてる分には脚本の無い演劇を見ているみたいで面白いね!

 社交界の授業なんて庶民の僕には全然関係無いし面倒だと思っていたんだけど、こんな風に演劇やコントだと思って取り組んでみれば楽しめそうな気がしてきたよ! やっぱり考え方って大事なんだね! 誕生祭の時期の授業が楽しみだなぁ!


 社交界ではレティーシアも誰かに言い寄られたりするんだろうね! 彼女はすごく美人だし、貴族として位も高そうだし、きっと大人気……あっ、ジェイド君か……。


「え……じゃあ木の実が魅力的なキミを貰おうかな。話の流れを分かった上で乗ってきたんだよね? 私と契約してくれるんだよね? 言質はとったからね?」

「いや、そんな訳ないでしょ。冗談だよ冗談。僕にはハッピーとハイドラがいる。それに、君だってレティーシアのこと結構気に入ってるじゃないか。契約者を代えるつもりなんてないんでしょ?」

「……」


 コン子さんは何とも言えない表情で口を結んでいたけど、そのまま無言で僕の腕をガッチリ組んで足早に歩き始めちゃったよ! 相変わらず密着されると圧迫感がすごいね!

 そんなコン子さんの気迫にジェイド君の取り巻き達も驚いて唖然としちゃってるよ! さようなら! これは多分戻ってこられない雰囲気だよ!


 こうして引っ張られていると入学した日のレティーシアを思い出すなぁ。

 やっぱり召喚師と召喚獣って似ているところがあるのかな?

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