故郷の味
「おはよう。昨日行った契約の疲れは取れているだろうか? 体調が優れない者はいつでも申告するように。まずは出欠を確認するが……ジェイドは今日も来ていないのか……」
やあ、僕の名前はヘレシー!
小さい頃に呼び出した守護獣のおかげで召喚師としての素質を認められた僕は、一昨日からあの有名なヴァリエール召喚師学園に入学する事になったんだ!
今は朝の準備時間が終わって先生が教室に入ってきたところだよ!
直前までクラスのみんなは昨日の召喚についての話で盛り上がっていたね ! 僕も話に混ざりたかったんだけど、警戒させないように遠くから笑顔でゆっくり近付いていくと何故か距離を取られちゃうんだよね!
まずは席に座ったまま声をかけられる範囲の人と仲良くなっていった方がいいのかも知れないね! 前の席にいる男の子とか!
ちなみに初日から僕に喧嘩を売ってくれたジェイド君は二日連続で欠席しているみたいだよ! 決闘では掠り傷一つ負わせてないから本人は元気な筈なんだけど、家の用事で忙しいのかな? 貴族も色々と大変だよね!
「……」
先生の話を聞いたレティーシアがこっちを見てるんだけど……決闘直後に寝ていた君を起こしてその辺りの事情は説明したよね? 自分が原因でジェイド君が大変な事になったんじゃないかって心配してたじゃないか、君。
他の人から誤解されちゃいそうだから意味ありげな視線を送るのはやめて欲しいな! 僕が危ない奴だって周りの人に思われたらどうするのさ!
でも僕とジェイド君が決闘したっていう話はもうクラス中に広まっちゃってるから、あんまり長期間彼に休まれると本当に勘違いする人が出てくるかもね! 風評被害も甚だしいよ!
ジェイド君の家が何も言ってこないのがちょっと不気味なんだけど、そっちはあまり深く考えないようにしよう!
「他は全員出席、と……流石だな。今日は契約してもらった召喚獣の確認と測定を行う予定だったが、急遽それを変更する。これを見ろ」
あ、授業の予定変更とかあるんだね! 緊急の通達とかかな?
今日はクラスメイトが召喚した子たちを近くで見られると思って楽しみにしてたんだけど……学園の柔軟な教育思想には本当に驚かされるね!
先生が取り出したのは紙の束! 短い題名だけが書かれた表紙からはお堅い雰囲気がプンプン漂っているね!
でもさ、「これを見れば言いたい事は分かるだろ?」みたいな顔で紙を掲げられてもこっちには何も伝わってこないよ! 内輪ノリは止めようね!
他人が自分と同じ価値観を共有してるとは限らないし、特にこっちは入学したばかりの生徒なんだから……。
「あの印は、まさか……」
「おぉ……なんと……!」
え?
「そう、これは昨日魔導院から提出された報告書の原文なのだ」
「原文!? す、凄い。そんなものが真っ先に回ってくるなんて……」
「ヴァリエール召喚師学園……流石は我が国の最高峰だ……!」
えぇ……これおかしいの僕なんだ……?
故郷では常識人の立場に収まっていた僕だけど、王都では一旦その常識を捨て去ってお貴族サマの考え方に思考を近付けていく必要があるかもね!
「国王陛下万歳! 召喚大国メイユールに栄光あれ!」
「ニフィレリカ様万歳!」
「召喚術最強! 召喚術最強!」
……やっぱりやめておこうかな!
自分の個性を貫き通す事も大切だよね! うん!
「静かに。書かれているのは召喚時の消費魔力についての研究結果だ。召喚師の継戦能力は戦時中に課題とされていた部分だが、今でもその重要性に変わりはない。今回の研究はその解決の足がかりと成り得る素晴らしいものだ」
へー、魔力消費についての話だって!
授業の年間計画表を見ても召喚師と全く関係なさそうな内容がチラホラあって不安だったから、こういう話題が出てきてくれると召喚師学園に入学したっていう実感が得られて安心できるよね!
多分誕生祭の時期に合わせての事だろうけど、社交界についての授業で予定が半分埋まってる時期とかあったからね! そこだけ欠席してもいいかな?
戦争で召喚師の魔力量が問題になっていたっていうのはなんとなく分かるよ! 召喚獣の格が高かったり、単純に全長が大きかったりすると魔力消費が多くなる傾向があるらしいからね! それに加えて昨日授業でやったような契約前の初回召喚は更に負担が大きくなるみたいだよ!
今だって出席してはいるけど明らかに顔色が悪い人がいるし、こういう人達が少しでも楽になるなら素晴らしい研究だよね!
「そもそもだが、まず魔力というのは……」
あ、これ本題に入るまで時間がかかるやつだ!
魔力って簡単にいうとあれだよね、なんかフワっと中にあるやつだよね、わかるわかる!
ハッピーやハイドラを召喚できてるって事は僕も少なからず魔力を持っているんだろうけど上手く感覚が掴めないんだよね! 当然ながら魔法なんて使えないよ!
昔色々あってハッピーを初めて召喚した日の夜、彼女を見た母さんに「召喚できたんだったら魔法で火も熾こせたりしない?」って言われて自分にも魔力があるんだと嬉しく思ったのを覚えてるよ!
でも普通さ、息子が知らない女の子を家に連れ帰ってきたらもっと先に言うべき事があるよね?
「──という二つの技術を掛け合わせて、ついに我が国は魔力量を高精度で数値化する事に成功した。これにより従来の曖昧な指標は全て不要とされ、代わりに広く提唱されるようになっていったのが今で言うところの第一法則だ。まぁ、君達も知っている通り、これも近い内に否定される事になるのだが……」
これは今でいう魔導が成り立っていく過程のお話だね! こういう話の前フリみたいな部分も僕にとっては知らない事ばかりで面白いよ!
村の書庫には古くて独創的な本しか置いてなかったから知識が偏ってるんだよね! おかげで筆記試験は散々だったよ!
『
あぁ、あの生皮に書かれたやつ? 確かに手順に従っていくと最終的に何かが召喚されそうな内容だったけど、あれって持ってるだけで罪になるような物なんじゃないかって最近思い始めてるんだよね! 村長さんの首が飛ぶ前に処分した方がいい気がするよ!
「補足しておくと、当時の世論は今よりもっと人体実験に前向きだった。我が国にとって召喚術がどれほど重要なものであるかという理解が民衆にも広く浸透し始めていた時期で、あの頃は捕虜や奴隷も数多く保有していたからな」
あ、前フリの補足が始まっちゃった! これ本当に授業時間中に話が終わるのかな?
僕は別に構わないんだけど貴族の人達は学園から帰ったら家の仕事を手伝ったりするだろうし、予定が後ろにズレ込んだら困ると思うな!
「先生、それはやはり魔石鉱が発見された影響もあるのでしょうか?」
あ、真面目そうな女の子が前振りの補足に質問してる!
「あぁ、魔導の成り立ちを語る上ではそれも切り離せないな。では各自が持っている歴史書の目次を開いてみてくれ。そこに──」
あ、先生が前フリの補足への質問に答えてる!
◇ ◇ ◇
「鳥さんだ」
「可愛いですね」
あれから説明に熱が入り過ぎた先生が前フリの前フリの前フリみたいな話を始めたり、何故かそれにも逐一質問が飛んできたりして本題に少し触れたところでお昼休みになっちゃったよ!
どれも興味のある話だったから全然構わないんだけど、ちょっと全体の熱量に圧倒されちゃったよね!
今は学園の中庭にある謎空間で昼食をとっているよ!
並んだ植木がいい感じに個室っぽさを演出しているし、しっかりと日の光は入ってくるし、空気も澄んでいて素晴らしい場所なんだけど、全く
「それにしてもよかったよ、ハイドラが陸の物も食べられて」
「はい。元々は自分より小さなお魚しか食べられなかったんですけど、体がこうなってからは大体何でも食べられるようになりました」
昨日逃げられたハイドラの機嫌が直っていたから、お昼休みの時間を使って互いの食性を確認する事にしたよ! 念のため魚介類を多めに用意していたんだけど、ハイドラは特に好き嫌いもなく全部食べる事ができたんだ!
やっぱり食卓を囲んで同じ物を食べられるのは嬉しいよね! 味わうだけじゃなくて料理の感想を言い合ったりするのも食事の醍醐味だと思うよ!
「あの……さっきの木の実、もう一つ頂いてもいいですか……?」
「もちろん。健康にもいいから遠慮せず食べてね」
「ありがとうございます! ……あむ……甘くて瑞々しくて……後味すっきり……」
特に、故郷の村の周辺で採れる木の実を気に入ってくれたのは嬉しいな!
見た目は最悪だけど味は美味しいし、栄養価も高いから村のみんなはいつも元気なんだ! 周辺の山に住んでる生き物達も、この木の実を食べてるから健康で肉質も柔らかいっていう話だよ!
この木の実がもっと沢山採れるなら畑仕事もしなくていいんだけど、世の中そう簡単にはいかないよね!
「午後からの授業、話進むかなぁ……」
「むぐ……何かお困り事ですか?」
「ん? いや……」
おっと、独り言のつもりだったんだけどハイドラに気を遣わせちゃったね!
別に困ってる訳ではないんだけど、王都の学園ってガチガチに授業が厳しいイメージがあったから良い意味で驚いてはいるよ!
でもこんな風に柔軟というか、人間的な雰囲気がある方が僕は好きかな! まだ入学したばかりだけど、これからの学園生活が更に楽しみになってきたよ!
「……学園はいいところだなぁって思ってさ。はい、もう一つどうぞ」
「むぐむぐ……じわりと肉厚で……口当たり滑らかで……」
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