第15話 愚者は理解できない ※アレックス視点

 この日開かれた貴族会議に出席すると、すでに着席していた貴族たちの目が一斉に自分に向かってきた。


 なんで俺が来ているのかと思っているな……初めて出席するから仕方がないか。



「ウィンターズ公爵、お久しぶりですね」


 席に座ろうとしたら隣のグロッタ侯爵が話しかけてくる。

 他の貴族たちの耳が一斉に大きくなった気がして、侯爵が彼らの代弁者を買って出たことを理解できた。


「何か提出する議案でも?」


 貴族会議への参加義務はないから俺はずっと出席していなかった。

 公爵家に影響がなければ別に誰が何をやろうと好きにして構わないと思っていたから。


 そんな俺が出席したから議題の提出だと思ったのだろう。

 議会に議案を提出する場合は爵位を持つ本人が必ず貴族会議に参加しなければならない。


 公爵であってもこのルールは守らなければいけないのだが……



「それでは多数決で可決……あの、ウィンターズ公爵閣下……この決定に何か問題が?」

「別に?多数決による決定に不満もないし、そもそも私もその案に賛成です」


 なぜいちいち俺にお伺いを立てる?


「主、不機嫌な顔をして睨むのをおやめになれば聞かれることはなくなりますよ」

「ロイ、ムチャを言うな」


 ロイはグレイブとソフィアの息子で、執事養成学校の学校長の頼みでここ数年教鞭をとっていたがつい先日戻ってきた。


「それでは……続けても?」

「結構です」


「主、笑顔」

「黙ってろ」


 頼りになる従者で次期執事長候補筆頭、そして俺の乳兄弟だから物言いに遠慮がない。

 


「それでは次の議題に移ります。第七号議案、スフィア伯爵の養女について……公爵?」


 手をあげただけなのに、俺の倍は生きている議長がビクッとした。

 ……笑顔、かあ。


「ひいっ」


 やめた。


「議題をあげたスフィア伯爵が不在のようですが?」

「あ……まあ、特例で……あの……その……」


 議長の目が泳ぐ。


「目で殺すって言葉がありますが、あの議長は本気で殺意を感じていますよ?主は美人だから睨むだけでめちゃくちゃ迫力があるんですよ」


 ……どうしろと。

 だっておかしいだろう?


「新しい家族を迎えられるかどうかという大事な議案に、ご本人が不在ですか」


 伯爵以上の家門の場合、養子をとるときは議会の承認が必要になる。

 家それぞれに事情があることだからと形式だけの規則であり、議案としてあげられても承認されるのが毎回の流れなのだろう。


 本当ならばサラッと終わるはずの議案でつまずいて困ってるんだろうなあ。

 俺の知ったことではないが。



「資料によれば養女に迎えるのは成人した女性だとか……成人女性を養女に迎える例がないとは言いませんが、王子殿下のどなたか結婚のご予定でも?」


「……ありません」


 そりゃそうだろう。


 いまの国王陛下の息子は全員既婚者、うちの国は王族でも重婚禁止。

 未婚の孫息子はいるがまだ五歳。



「養女に迎える女性は亡くなったご令嬢にそっくりだそうですよ。亡き娘の面影がある女性を養女に迎えたい伯爵の気持ちをご理解なさっては?」


「不勉強で申しわけないのですが、伯爵のご令嬢が亡くなったのは五歳。五歳の娘の面影がニ十歳の女性にあるものですか?」


 「成長って言葉があるからなあ」というグロッタ侯爵の呟きに思わず吹き出しそうになる。

 亡き父の親友である彼のこういうところが好きだ。



「議長、さきほど伯爵不在は特例と言いましたよね?」

「は、はい」


「我が父は戦時中に兵糧が不足して追加を王都に要請したそうです。予算組みが必要だったので貴族議会が開かれたのですが、父への返答は『議案を出した公爵本人がご出席ください』だったそうですよ。敵と剣を交えている真っ最中に……まあ、仕方がないですよね。それがこの国の規則ですから。それで……スフィア伯爵はどこの戦場にいらっしゃるのです?」


 現国王陛下の義弟で、王家の槍と名高いウィンターズ家の前公爵から出た、しかも戦争中の兵糧という急ぎの議題も『国のルール』で突っぱねたと聞いて議長は顔を青くする。


 公爵ですら順守した国のルールを伯爵ごときが破るのを認めるのか?



「ソフィア伯爵なら昨日紳士クラブで飲んでいたのを見かけましたぞ?まあ私も久しぶりの王都で浮かれ、いささか飲んでおりましたから人違いかもしれませんなあ」


 グロッタ小父さん、婿の兄として末永くよろしくお願いします。


「国の安寧の基本は法の遵守です。特例は騒乱のもと。この議案については伯爵が出席できるときまで決定を延期すべきだと思いますが、いかがですか?」


 俺が議会を見渡すと貴族たちの態度が見事に分かれた。


 伯爵家の議案の可決を邪魔した俺に批難の視線を送る聖女派。

 そんな聖女派に批難の視線を送る国王派。


 しかし、双方がどこか不安げなのは伯爵の意図を読みかねていたからだろう。

 正直言って俺も伯爵の意図が分からない。


 俺の健在を知ってあのバカ女が自分が婚約者だと騒ぎ始めたのか?

 それならなぜ交代ですませない?


 レティーシャを養女として表に出す理由がわからない。

 伯爵の庶子ならば「聖女」とできるのに?



「スフィア伯爵からの議題は次回に持ち越しいたします」


 妥当な線だな。



 ***



「俺が寝ていた間に議会はずいぶんと腐ったようだな」


「スフィア伯爵家は我々の生殺与奪の鍵をもっていますからね。あの家を敵に回したくない人は多いでしょう」


「しかし養女というのは分からん」


「俺も噂を辿ってみます。それよりも閣下、さっき議会中に公爵家から早馬がきて入門許可が欲しいと」


「ふうん……ロイ、任せた」


 書類の決裁か?

 しばらく公爵邸で仕事をしていないからな。



―――ウィン。



 ちくしょうっ!


 グレイブに命じてスフィア伯爵邸に間者を放ち『ウィンストン』という男を探させた。


 そして見つけ出したのは老若男女あわせて二十一人。

 「使用人多過ぎ」という文句と共に受け取った報告書を読み、十八歳から二十五歳の間の三人に絞った。



「どんな奴なんだ」



 一人は貴族だけど男爵家の次男、残り二人は庶民。


 社会的地位なら自分の勝ちだ。

 そして爵位をカサに偉ぶる奴を軽蔑していた自分を思い出し、俺は一人で落ち込む。


 伯爵家内だけでそれだけ、あとは出入りの商人や街の者を合わせればどれだけのウィンストンが出てくるか。



「うちに閉じ込めておけば、彼女は俺の婚約者のままだ」


 なんてネガティブなんだ。

 女を実力で振り向かせろと言ってきた俺はどこに行った?



「俺の実力……剣と魔法と、あとは顔……顔なら魅力的とは言われるが好みもあるし……」

「鏡で自分の顔を凝視して何を考えているかと思ったら……お前、マルケス伯爵令息に刺されるぞ」



 壁がぐるんっと回ってラフな服装の男性が入ってくる。

 アレックスはため息を吐いて、五本全ての指先に灯していた焔を振って消した。


「ごきげんよう、国王陛下伯父さん

「噂に違わない機嫌の悪さだな、ウィンターズ公爵甥っ子


「それでマルケス伯爵令息とは?」

「お慕いしているウィンターズ公爵様との思い出を偲び修道院に入ります、といって婚約者に捨てられてしまった男性だ」


 令嬢の名前を聞いたら知らない名前だった。

 「知ったことではありません」という言葉がため息とともに出ていく。


「なんのご用ですか?」


「お前、愛嬌をどこに忘れてきた?」


「母の腹の中ではありませんね。あなたに“おじちゃーん♡”と走り寄った記憶があります」

「あの頃は天使のようだったなぁ……あんな天使が、紅蓮の悪魔になるなんて」


 『紅蓮の悪魔』の名声は国を守る。

 そこに治癒に特化した『聖女』がいれば、俺一人で無敵大隊の完成だ。


「お前、伯爵邸になぜ間者を放った?」

「姻戚となる家を調査しておかしいですか?」


「ラシャータ嬢に一切の興味がないお前が、か?」

「結婚するのは初めてですからね」


 陛下は俺に疑いの目を向けたが、眉一つ動かさない俺に国王はため息を吐いた。


「こちらの思い過ごしのようだな、すまなかった」

「お気になさらないでください」


 

 さて、本当は何の用事だったんだ?

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