第14話 「私をみつけて」

―――魔狼少年になったら困るわよね。


 ラインの言葉が胸に刺さります。

 私はウィンターズ公爵邸の親切な人たちに嘘を吐いているからです。


 思い返せば、私は親切な人たちに嘘を吐き続けてきました。



 変化魔法を覚えると、私はスフィア伯爵邸で下女として働いていました。


 私を幽霊と本当に思っていたのか、伯爵は小屋に食べ物や布などの日用品を届けないことがあったのです。 


 使用人名簿に名前を乗せたわけではないので給料を支給されていたわけではありませんが、伯爵夫人やラシャータ様から下げ渡されたものや模様替えのときに出る不用品をもらったりしていました。


 伯爵邸で働くようになるまで、私は屋敷にいる人はみんな伯爵たちのように怖かったり意地悪な人だと思っていました。


 でも働き始めるとみんな普通の人で、右の左も分からない私を叱ることなく根気よく仕事を教えてくれたり。


 掃除だけはドモのおかげで得意だったけれど、洗濯のコツとか料理のコツとか親切に教えてくれて……



「お嬢様、どうかなさいましたか?」


 レダ卿の声にハッとして意識を現実に戻すとみんなの心配そうな顔。


「ごめんなさい、ぼんやりしていて……何の話だったかしら?」


 笑って誤魔化すと、トニアが「聞いてください」と前に出てくる。


「料理長に今日のデザートをお嬢様のためにリクエストしたというのに、どう聞いてもリイナ本人の好物なんですよ」

「そんなことないわよ、お嬢様はチョコレートケーキがお好きだもの」


「リイナもトニアも分かっていませんね。お嬢様がお好きなのはチーズケーキです。そうですよね、レダ卿」

「ラインの意見に私も賛成です、最近お嬢様がお好きなのはチーズケーキです」


 どうしてでしょう。

 いつも普通に聞けていたことが気になります。


 リイナ。

 トニア。

 レダ。

 ライン。


 みんな名前があって、当たり前のように名前を呼ばれます。


 それなのに誰も私の名前は呼んでくれない。


 『お嬢様』とか『ご令嬢』とか。

 スフィア伯爵邸にいたときは『君』とか『あなた』とか。



 公爵邸にきたばかりの頃のように『ラシャータ様』と呼ばれることはないけれど、私の名前じゃない。


 私は嘘つきだから。

 私は嘘をついてここにいるから。



「私はここにいていいのでしょうか」


 ここに来たのは公爵閣下を治すため。

 その公爵閣下はすっかり治り、王城で仕事をしています。


 公爵閣下は目が治ったその日から忙しくしているといいます。

 それだけ公爵閣下が必要とされている人だからです。


 目が治るまでは一週間に一回くらいは治癒をしていましたのに、今はそれさえもありません。

 何もしていないのに、皆さんは親切です。


 『お嬢様』

 

 でも私でなくてもみんなきっと親切にするのです。



「お、お嬢様?なにか気に入らないことでも?」

「え?」


 いけません、またぼんやりして……あら、みなさん、なぜそんな顔を?


「気に入らないことがあったら直しますので、何でも言ってください」

「私たちにできないことならぁ、侍女長や執事長にお願いしますからぁ」


「出ていくなんて言わないでください!」


 出ていく?

 やだ、私ったらそんなことを口に出していたのかしら。



「お嬢様、どうしてそんなことを思われたのです?」


「レダ卿……あの、最近公爵閣下はお元気だし、私のやることはもうないなと思ったら……ごめんなさい、子どもみたいなことを言ってしまいました」


 レダ卿は「なるほど」と力強く頷いてくれました。

 さすが頼りに……


「閣下のせいというわけですね」

「え?なんでそうなるのです?」


 せいとか……お元気になられたのは嬉しいのは本当です。

 ただ、少し……


「閣下がお嬢様に寂しい思いをさせているのがいけないのです」

「……寂しい?」


 寂しいと感じるのは傍にいて欲しいと思うから?

 ウィンが私のせいで死んでしまって以来、傍にいて欲しい存在を作ってこなかったのに。



―――婚約者殿。


 公爵閣下は私をそう呼びます。


 最初の頃は機械的で冷たかったのですけど、最近はちょっと違う感じの音色で……親し気というのでしょうか。 少し甘くて、胸の辺りがくすぐったく感じるとキュッと酸っぱく感じてしまいます。


 いま何をしていらしゃるのかしら。


「会いたい……ような気がします」

「閣下に、ですか?」



 公爵閣下はラシャータ様の婚約者です。

 ラシャータ様は婚約を解消すると仰っていましたが、いまだ何も伯爵からないということは婚約はまだ続いているはずです。


 会いたいなんて思っていいのでしょうか。



「ご、ごめんなさい。忘れてくださいね」


 笑って誤魔化そうとしたら、レダ卿が私の手をぎゅっと握ります。


「治した患者の経過観察は大事ですよね。治ったと思って閣下は油断しているんですよ。半年以上寝たきり瀕死状態、目が見えるようになったのなんてつい最近なんですよ?」


「……経過、観察」


「そうですよ。お嬢様は責任感の高い方なのですから、閣下が心配なのは当然です。顔見てダメだと思ったら遠慮なく聖女の力をぶつけちゃってください」


「いいのでしょうか……」



「「「もちろんです」」」


 トニアたち三人の声がして、


「お嬢様、行きますよ!」

「トニア、先に準備ですよぉ。お嬢様はもともとおきれいですが、今日は一張羅のドレスに着替えて閣下を吃驚させましょー!」


「そうと決まれば、お召し替えですわ。そのあとはお化粧もしましょうね」



「まるで殴り込み……ははは、ふふふ……おかしいわ、あはははは」

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