3 どきどき! かつての御三家パーティ

 代々、チョコレートパイン家は召喚術を得意とし、さまざまな精霊や魔のものを使役する。

 そのため、口がうまい。

 話術でもって、使役するものと、より心を通わせるためだ。

 ソーダは昔から話し上手だった。

 両親同士の仲が悪いので、ポインセチアとの思い出はあまりにも少ない。

 会話だって、ものの数秒しかしていない。

 にもかかわらず、「この人、面白いな」という印象を持たせる、ソーダにはそんな魅力があった。

「少なくとも、トットはきみよりもだんぜん強い。だから、ふたりでいたほうが……」

「なぜそういい切れる」

 もふもふもふっ

 創作魔法「もふもふで殺す」が発動される。

 数回しかポインセチアに会っていないソーダでも、この創作魔法には慣れているようだ。

 毛玉におしつぶされながらも、話を続けはじめた。

「数年前から、赤い月の魔力が少しずつ、ベリーマフィンに流れている。チョコレートパインのスパイ召喚獣が得た情報だよ」

「なんだと……!」

「どうやって赤い月の魔力を手に入れているのか、仕組みはわからない。だが、ベリーマフィンは不穏な動きをしている。これは間違いない」

「つまり、ベリーマフィンはワルモノってことだな?」

 たった一言でまとめたポインセチアに、ソーダはへにゃりと苦笑する。

「ま、まあ。そういうことになるね」

 気を取りなおして、といわんばかりに、こほん、とソーダは咳ばらいをした。

「そういうわけで、ぼくと手を組むきになった?」

「わたしひとりで、なんとかなる。大魔法戦争は、わたしの舞台だ」

「そっか。わかったよ。どうかな。すぐそこに、オレンジメロン亭という喫茶店がある。そこで、ぼくと夜のお茶会でも?」

「話を聞け」

 にこにこと見下ろしてくるソーダに、ポインセチアは息をついた。

「今は大魔法戦争の最中だぞ。のん気にお茶なんぞしている場合か!」

「オレンジメロン亭のプリン・ア・ラモードは絶品らしいよ。SNSでも大人気。この季節限定のメニューなんだってさ」

「げ、限定のプリン・ア・ラモード……だと……」

「そうそう。ポーチのだーいすきなプリン・ア・ラモードだって。しかも、限定の」

 ポインセチアの大好物のプリン・ア・ラモード。しかも、限定という希少価値のあるプリン・ア・ラモード。

 これには、ポインセチアも黙ってはいられない。

 ソーダをぎゅむぎゅむ押しつぶそうとしているもふもふを消さざるを得ない。

「……お前に私のほうが強いということを認めさせるためにも、この時間は必要な時間とする」

 もっともらしいことをいいながら、ポインセチアは期待に目を輝かせている。

 ソーダはおだやかに眉をさげ、口元をゆるめる。

「それじゃあ、行こうか」

「うむ!」

 元気にプリン・ア・ラモード目がけて走り出す、ポインセチア。

 しかし、実際にはポインセチアは、わかっていた。

 ソーダがここまでいうのなら、本当にトットはポインセチアよりも強いのだろう。

 この大魔法戦争で、必ず勝つ。

 そのためなら、ソーダと手を組むこともあり……か。

 それが、勝利へとつながるのなら。

 ポインセチアの自信は、自分を強くするための、魔法の装備品だった。

 どんな理由の自信だろうと、かがやきは変わらない。

 ぎらぎらと光る星々に見おろされながら、ポインセチアはソーダのあとを追いかけ、オレンジメロン亭へと向かった。




「……あれは、チョコレートパインの跡取り子息・ソーダさま。今回の大魔法戦争でどう出てくるのかと思っていたが、まさかそうそうにポーチさまをたぶらかしにかかるとは!」

 とぎすまされた刃にも似たするどさでもって、ソーダの背中を視線でつつく男がいた。

 プリンガレット家のおかっぱ執事、スサノヲ。

 ポインセチアのあとを追ってきたはいいものの、すがたを見つけたときには、あまりのことに、その場に尻もちをついた。

 チョコレートパインのチャラ息子にいいよられている、衝撃的シーンの真っ最中だったのだ。

 受け入れたくなさすぎて、一回、脳内が宇宙空間に放り出された。

「ぽぽぽぽぽ、ぽいんせちあさま……?????」

 ふたりの会話に耳を澄ませるが、よく聞こえない。

 今すぐにでも、あいだにわって入りたい。

 だが、相手は由緒ある魔法師一族のご令息。

 対して、こちらは、ただの執事。

 どんなド不敬ド失礼ヤンキーナンパ男が相手であっても、こちらは礼節を重んじ、立場をわきまえ、冷静な態度を忘れてはいけないのだ。

 幼いころからお仕えしている、ポインセチアさま。

 花のような可憐さや、子ウサギのような愛らしさは、はっきりいってない。

 そう、ポインセチア・プリンガレットさまとは。

 大いなる野望を持ち、教科書に自分の名を刻まんと奮闘する、勇ましいお方なのだ。

 野性味あふれるポーチさまのためにも、ここはクールに作戦を立てよう。

「そもそもチョコレートパインは、プリンガレットとは因縁のなかなのだ。ポインセチアさまにやすやすと近づこうなど、言語道断。ソーダめ。旦那さまたちの目を盗み、よからぬことをたくらむハイエナのような男だ……」

 そんなこんなをもんもんと考えているうちに、ポインセチアとソーダはどこぞへと歩いて行ってしまう。

 あわてて追いかけると、オレンジメロン山のふもとの喫茶店へと入っていくではないか。

「よ、よも、よよよよよもや、で、デデデデート……!? こんなときに何を考えているのだ、ソーダああああ! ポーチさまを、たたたたったたたったたぶらかすとは……限界だッ!! しょ……処刑してやるッ!!!!!」

 スサノヲは顔を真っ赤にして号泣しながら、叫んだ。

 花よりも大事に育てたポインセチアさまが、馬の骨のような男とデート。

 見たくなかった。

 モザイクものだ。

 あのポーチさまが、色恋だなんて!

 野望一筋、夢一直線の、あのポーチさまが!

 あの、ポーチさまが……

「……デートはないか。あの方にかぎって」

 とたんに冷静になる。

 この大魔法戦争中にデートをしようだなど、あのポインセチアがうなずくはずがなかった。

 だとすれば、いったいどうして喫茶店なんぞに?

「……やるか。聞き耳」

 一般社会であれば、盗聴になるのかもしれない。

 しかし、これは魔法師と魔法師のやりとり。

 まったくもって、問題ない。

 そもそも、あそこにいるチョコレートパイン家こそが、召喚獣をスパイに情報を仕入れることを得意としている、魔法師一族だ。

 魔法師の実力は、家柄で決まる。

 高い家柄の魔法師の家に生まれれば、総じてすさまじい魔力を持って生まれる。

 プリンガレット家の魔力がSランクとすれば、執事として仕えているサンフラワー家はAランク。

 とはいえ、高い魔力を有する魔法師の家柄であることは間違いなかった。

 スサノヲは、スーツのジャケットから愛用の杖を取りだした。

 ひまわりの花の幹を思わせる、まっすぐな杖。

 両親が〝主人のためにまっすぐ突きすすめる執事になれますよう〟という思いをこめて送った、大切な杖だ。

 今まさに、スサノヲは主人のため、まっすぐに突き進もうとしていた。

 ナンパ男から、主人の身を守るため、ただまっすぐに。

「風の精霊シュルルよ。ポーチさまにあだなす不届きもののたわごとを聴取せよ」

 おのれの欲求に正直な術者だな……。

 スサノヲの声を聞き届けた風の精霊シュルルは、すなおにあきれた。

 まあ、魔力の対価を受け取ったので、しかたなく術者の要求に従う。

 さっそうとオレンジメロン亭に向かったシュルルは、店内を見渡す。

 術者の探し人の特徴は……。

「チョコレートパイン家の不良息子と、孤高なる野望を叶える美しいお方だ」

 とてもわかりにくい。

 客がふたりしかいなかったので、すぐに見つかったからよかったものの。

 シュルルはふたりの会話に、耳をすませた。

 めんどうだが、契約してしまったので……。

 風の精霊はそうじて、仕事はきっちりとやるまじめな精霊たちだった。

「それじゃあ、つきあってくれるってことでいいんだね?」

「ああ。悪い話じゃないからな」

「うれしいよ。きみからいい返事が聞けて」

 風の精霊が席をのぞきこむと、にっこりと笑むナンパそうな男と、机に頬杖をついた華奢な少女がいた。

 スサノヲがいっていたふたりは、今から〝つきあう〟らしい。

 もう少し話を聞いてみようと、再び会話に耳をかたむける。

「でも、家のことは大丈夫かい。ぼくたちのこれからの関係をご両親におうかがいをたてなくても……平気?」

「私を誰だと思ってる。このポインセチア・プリンガレットがいちいち両親の目を気にするとでも? みくびるなよ、ソーダ」

「ふふ、たのもしいね。それじゃあ、これからのぼくたちは、ひみつの関係ということで、よろしくね」

「妙ないい方をするな。鳥肌がたつ……」

 店員が「ストロベリーとブルーベリーとマカダミアナッツにチョコレートをかけたホイップクリームたっぷりプリン・ア・ラモードになります」という、なにやら呪文めいたことをいいながら近づいてきたので、シュルルはいったんその場をはなれた。

 ここまでのふたりの会話はしっかりと記憶できたので、術者のもとへとかえることにする。

 店を出ると、スサノヲはクルミの木の下で、腕を組んで待っていた。

「来たか、風の精霊よ。何ごとも、なかっただろうな」

 シュルルは、聞いたことを一言一句、そのままにスサノヲに告げた。

 みるみるうちに、スサノヲの顔色はブルーベリーよろしく、真っ青になっていく。

「……嘘だッ! ポーチさまがッッッ、そんなばかなッッッ」

 シュルルは嘘ではないことを、ていねいに、詳細に、こと細かに伝える。

 とたん、スサノヲの背後に、蛇がえものを捕らえるときにも似た、恐ろしい殺気がゾワリとあらわれた。

「つつつつつつ付きあう? ごごごっごごごご両親におうかがい!?!? あのチョコレートパインのハイエナめがああああああッ!!!!!!!」

 スサノヲは、無言でシュルルとの契約を終えると、喫茶店へと走りだし、そして立ち止まった。

 ここで、ふたりのあいだにわって入ることは簡単だ。

 だがそれは、執事としてあるまじき行為。

 主人がよしとしたことを、執事が意見することなど、あってはならないこと。

 だとしたら自分にできることはなんだ?

 ふたりがあやまちをおかすのを、影から正すこと。

 主人にバレぬよう、主人の正義を守ること。

 それしかないではないか!

「ぐううううッ」

 スサノヲは、苦虫を噛み潰したようにうなり声をあげた。

 プリンガレット家から支給された、上等なスーツの胸元に光る紋章をぎゅうっと、にぎりしめる。

 いくつもの白銀の球体をまとう、黄金色の台形。

 その背後には、太陽の日差しのような美しい翼が広がる。

 代々受け継がれる、プリンガレット家の紋章。

「……ポインセチアお嬢さま。このスサノヲ・サンフラワー。地の果てまでもあなたのことをお守りします。プリンガレット家の執事の名にかけて!」

 迷いのない瞳でオレンジメロン亭をにらみつけながら、スサノヲは主人を見守るため、夜の闇のなかへと溶けていった。




 満足感に全開の笑顔を浮かべながら、ポインセチアはオレンジメロン亭を出た。

 屋敷のティータイムに出るプリン・ア・ラモードもおいしいが、こうして外食で食べるプリン・ア・ラモードもまた捨てがたい。

 夜食とあって、多少のカロリーも気になるが、そこは今日は目をつむろう。

 なんてったって、今日は誰かさんのおごりなのだから。

「払ってもらってしまって、よかったのだろうか」

「もちろん。だって、ぼくがさそったんだからね」

 ソーダはにっこりと、人懐っこい笑みを浮かべた。

「それじゃあ、そろそろ行こうか?」

「待て。話がまとまったところ悪いが、最後にもうひとつ、お前の誠意を確かめさせてもらいたい」

「誠意?」

「お前がここまでしてくれるわけを知りたい。たしかに私はお前より強いが、手を組んだところで、そんなにメリットがあるようにも思えない。私がいつ裏切るとも思えないだろう」

「いや、きみはぼくを裏切らないよ」

 ソーダは、色素の薄い手のひらをポインセチアの顔の前にさらした。

 きょとんとするポインセチアに、ソーダは口元をゆるめる。

「だって、きみは……やさしいからね」

 それは幼いころの、御三家パーティで、はじめてふたりが顔あわせをしたときのことだった。

 仲が悪い親たちが、かたちだけのあいさつをしていると。

 きれいな顔をした女の子が、ソーダの前に現れたのだ。

 限りない自信、あふれるほどの威勢、けがれのない誇りを持つ、きらきらとした女の子だった。

 なんか、他の子とは違うな、と思いながら、ソーダは持っていたジュースを飲もうとした。

「待て」

 ポインセチアの手にさえぎられ、ソーダは動きを止めた。

 驚いていると、ポインセチアはジッとジュースを見つめている。

 ソーダからジュースを取り上げると、テーブルに飾ってあった花びんに、ざばりと流しこんだ。

「ちょっと、なにを……!」

 ずずずずず……

 とたん、花びんに生けてあった花が急速に成長し、ムチのように伸びた茎が、近くに立っていたチョコレートパインの使用人に巻きついた。

 悲鳴をあげる、使用人。

 ソーダは言葉も出ず、青ざめた表情でそれを見あげていた。

「強く気高き紫翼を持て、風を切り裂く刃となれ。むくろ!」 

 ポインセチアの一声に、パープルドラゴンのむくろの紫色の翼が正確なコースで、使用人を捕らえていた茎を剪定する。

 続けて、「炎のつぶて」と唱える。

 紫の炎が、他の使用人にも襲いかかろうとしている魔花を燃やした。

 会場のあちこちから「おお~」という歓声とともに、拍手が起こる。

 ソーダは、いつのまにか腰がぬけていて、ぼーっとした頭で、ポインセチア見あげていた。

 ポインセチアが、ソーダに手を差し伸べる。

「大丈夫か」

 ぽっ、と胸の奥があたたかくなる。

 じわじわとわきあがってくる気持ちに、ソーダは自然と口が開いた。

「ありがとう。あたたかくて、やさしい、きみは聖なる炎(トーチ)だ」

「面白いことをいうな。こんなときに、ナンパとは」

 閉口するポインセチアに、ソーダはくすり、と顔をほころばせたのだった。

 どんなときにも、自分が信じたことだけをする、ポインセチア。

 そんなポインセチアを信じる自分を、ソーダは心の底から信じると決めていた。

 幼いころの記憶に浸っているソーダに、ポインセチアはいい聞かせるようにいう。

「やさしいだけで、お前は私を信じるのか」

「きみにわかってもらうには、三日三晩じゃ説明しきれないかもしれないなあ」

「そんな時間はないぞ。大魔法戦争は今夜一晩のみなんだ」

「ねえ。そんなにいうなら、ぼくの実力を知ってもらおうかな。ぼくと組むというメリットがきみにもあるということがわかれば、少しは信頼関係が築けるんじゃない?」

「なるほど。一理ある」

「だけれど、条件がある」

「……なんだ?」

「しゃっくんを使わないでほしい」

 沈黙。

 永遠に続くんじゃないかと思うほどの、静寂。

 そんななか、ようやくポインセチアが「……おい!!!!」と叫んだ。

「きさま、まだいうか! 蜜の紋章の正体がミミズだったらどうするつもりだ!」

 ポインセチアは呆れという感情を、これでもかと叫ぶ。

「そんなことあるわけがないだろう! そんなことがあったら、ぼくはチョコレートパインの跡取りとして正式に、蜜の紋章を辞退する!」

 ソーダの渾身の決意に、ポインセチアは肩をすくめた。

「よーし、蜜の紋章をミミズにしてくれと赤い月に拝んでおこう」

 両手をぎゅむりと組んで、月に祈るポインセチアに、ソーダは渋い顔をする。

「魔ミミズぬきで、ぼくと戦ってくれ〜。本当はきみが思うよりも強いんだよ、ぼく」

「はあ……わかった、わかった。しゃっくんは使わない。……今日だけだぞ」

 ため息をつきながら、ポインセチアは杖を構えた。

 ソーダも安心したように、きゅ、と気合いを入れなおす。

「では正々堂々、魔力でぶつかりあおう!」

 魔ミミズ禁止は、情けでスルーしつつ。

 ポインセチアは、こくりとうなずいた。

「久しぶりのガチバトルだ」

 ふたりの杖がトン、と重なりあったとき。

 どおおおおおおおん!!!!!

 立っていられないほどの、地鳴りが響いた。

 近くには、オレンジメロン村という小さな集落がある。

 音は、そのあたりから聞こえたようだ。

 ソーダが残念そうに、「あーもう」と髪をかき混ぜた。

「せっかくポーチと……」

「行ってみよう、ソーダ」

 すでに、ポインセチアは走りはじめている。

 ソーダは、くちびるをとがらせながら「はいはい」と、瞬発力だけはあるポインセチアの足を追いかけた。

 ものの数秒で、追いついてしまったけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る