2 ぞわぞわ! 魔ミミズしゃくれのたわむれ

 大魔法戦争がはじまった。

 勝てば必ず願いが叶う、お得でうれしい大魔法戦争!

 フルーツプレート大陸一の自信家、ポインセチア・プリンガレットの願いはもちろん、「宇宙一の魔法師になって、歴史に名を刻み、魔法史学の教科書に載ること」。

 ポインセチアの夢は、大陸よりもでかいのだ。

 でかい夢を叶えるためには、でかい魔法師にならなければならない。

 つまり、この戦争に勝つ作戦はただひとつ!

 今までの大魔法戦争に参加した魔法師が、誰一人としてなしえなかったことを、達成すること。

 すなわち。

 最短で敵を蹴ちらし、最速で蜜の紋章を手に入れる。

 周りの異物には目もくれず、掴みとるものだけを最短で掴み取る。

 なぜなら、ポインセチアは……。

 そこまで考えて、ポインセチアは悔しそうに、ぐっと口をつぐんだ。

「そのためにもまずは、おじゃま虫である、トット・ベリーマフィンの足を止めなくてはな」

 赤い月が笑う夜空の下を、ポインセチアは急いだ。

 五十メートル走六秒台の脚力はだてじゃない。

 だが、歴史に名を残す予定の魔法師にも、「弱点」があった。

「うう、だめだ。つかれたあ~~~。もう、走れないッ」

 ポインセチア――持久力がなかった。

 いいかえると、スタミナ。

 あるいは、何かを続けるちから。

 はあ、はあ、と肩で息をする。

 ポインセチアのからだは、水あげされたイワシよりも、世界最弱の生物といわれているマンボウよりも、貧弱だった。

 勉強がすきなので、薬草学も、魔法史も、古代語も、どれもすぐに覚えた。

 もちろん、空を飛ぶためのホウキ飛行術だって。

 飛行の理屈だって、安定しやすい体勢だって、頭のなかではかんぺきにわかっている。

 だが、高く高く飛ぶたびに、ひどいめまいにおそわれるのだ。

 三半規管が、ぐるぐるぐるぐるまわって。

 地上にもどるまえに、胃のなかのものをべろべろにリバースしてしまう。

 視界が暗転し、次に気がついたときにはスサノヲが地上でポインセチアを抱きとめてくれていた。

 今思い出しても、すごく恥ずかしい。

 三半規管さえ鍛えられれば、ホウキなんて華麗に乗りこなせるのに!

 だからなかなか、むくろの背中に乗ってあげられないのが、申し訳なかった。

 しかし、情けないままのポインセチアではない。

 ようは、からだが悲鳴をあげるまえに、結果を出せばいい話だと気づいたのだ。

 疲れる前にゴールすればいいだけ。

 まずは、五十メートルを六秒台で走れるようになった。

 それからは、同じ要領。

 ホウキ飛行も、酔う前にすべてをこなし、地上におりればいい。

 むくろの背中にも、一分は乗れるようになってきた。

 できなければ、見方を変えればいいだけ。

 今だって。

 どう考えても、ポインセチアの貧弱な体力では、トットに追いつける見こみは、ゼロだ。

「ふふん。このポインセチアさまに不可能なことなどない!」

 ポインセチアは、自慢の杖をローブのふところから取りだした。

 それは、ポインセチアが生まれた日に、リースが自らの毛髪に魔法をかけ、作り出してくれたもの。

 父の魔力を受け継ぎ、プリンガレットの血を宿した、杖だ。

 赤い花びらに似たモチーフが先端をいろどり、細い幹がゆるやかに伸びた、華やかなデザインは、ポインセチアという名の花に似ている。

「持久力なんて必要ない。私には、瞬発力があればいいのだあ!」

 びゅん、と杖を横に一線したとき。

 どかん! という爆発音が聞こえた。

 暴風で、横髪がぶわぶわと揺れる。

 そろりと横を見ると、すぐ横に大穴が空いていた。

「やあ。ポーチ、プリンガレットのお姫さま。元気だったかい」

「お前は……チョコレートパイン家のチャラ男!」

「いや、せめて名前を呼んでおくれよ。久しぶりの再会なんだよ? ぼくたち」

 ソーダ・チョコレートパインは、春の芽吹きのような笑みを浮かべる。

 ポインセチアとは同い年のはずだか、もうすでにおとなのような雰囲気をただよわせている。

 溶かしたチョコレートのような毛髪。

 それは、彼がチョコレートパイン家のものであるという証だった。

 ナッツの瞳に、優しさを絵に描いたような笑み。

 木の幹の色をしたローブが、風にゆれている。

 爪を黒く塗りつぶした、その両手の人差し指と薬指には、リングがはめられている。

 彼が、幼いころからしているもので、とても大切なリングらしい。

 ポインセチアは、杖をにぎりなおした。

 チャンスだ。

 この戦争を、最短で終わらせる一幕目をはじめよう。

「出会い頭に大穴空けてくるとは、やる気だな! だが、ソーダ。お前が私に勝てるのか」

「え? どうして?」

 ポインセチアは杖をかまえた。

「御三家のパーティで、一度も私に勝ったことないじゃないか!」

「ん?」

「とぼけるな! なんで忘れてるんだ!」

「あれはねえ、わざと負けてたんだよ」

「……は?」

 思わずポインセチアは、ぎゅっと眉間にしわを寄せてしまう。

「どういうことだ。わざとって!」

「いったとおりだよ」

「なんでそんなことした、と聞いてるんだ」

「だってさ、ぼくときみの親って、仲悪いじゃん」

 ポインセチアの両親とソーダの両親は昔、大ゲンカをしたことがあるかららしい。

 四人は同じ魔法学校のなかよし四人組だったが、中等部のころにあった夏のサモン市で、大ゲンカをしたそうだ。

 ちなみにサモン市とは、戦闘用ではない、ペット用の召喚獣が集められた市場のこと。

 ケンカの理由は、ポインセチアもソーダも知らない。

 だが、ふたりは幼いころから親のケンカに巻きこまれ、遊ぶことはおそか、満足に会うことすら許されていなかった。

「ぼくたち、たまにやる御三家のパーティぐらいでしか顔あわせなかったでしょ。だから、きみに花を持たせてやろうと思ってさ」

「はあ~~~~~? 何だ、それ! 敵に情けをかけたということかッ?」

「いや、敵っていうかさ。ぼくはきみのこと……」

「許さん!」

 ポインセチアは、杖を一振りする。

 じゃり、とソーダの足元の地面が鳴った。

 ソーダが視線を下ろすと、ぱきんという音がした。

「いや、ちょっとポーチ。ぼくの話を」

「問答無用!」

 地面がめきめきと割れていき、そこからにょろにょろと巨大な魔ミミズが現れた。

 これは、ポインセチアが飼っている使い魔の一匹だ、とソーダの脳は理解しても、そのキモい見た目は何年たっても見慣れない。

 ソーダがこの世でいちばん嫌いな生物ミミズが、何倍にもでかくなり、目の前に立ちはだかった。

 召喚獣・魔ミミズ、通称・しゃくらである。

「ぴゃああああ、しゃっしゃああああ!?!?!」

「呑みこめ、しゃっくん!」

 あっというまに、ソーダはしゃっくんに丸のみされてしまった。

「ふっふっふ。これぞ大魔法戦争! いよいよ開幕だな!」

「ぼくだけもう、閉幕しそう……」

「やはり私のほうが強かったか!」

「わかったから、助けて……」

 べろん、とシャッくんの口から吐き出されたソーダは、魔ミミズのだ液まみれになっていた。

 ローブのポケットから取り出したハンカチもドロドロ。

 意味はないだろうとは思いながらも、ぼたぼたと垂れる魔ミミズのだ液をそれでぬぐう。

「ソーダ。お前、まだしゃっくんが苦手なのか。そんなことで、私にいどもうとしていたなんて、驚きだぞ。修業し直してきたほうがいいんじゃないか」

「たしかにね」

「昔なじみのよしみだ。待っててやるぞ。私がトットを倒しているあいだに、修業して来い。そこからまた、仕切り直してやる」

 ポインセチアは得意げに「感謝しろ」と、いわんばかりに胸をはった。

 いつでも自信たっぷりなところは変わらないようすのポインセチアに、ソーダは目を細めた。

「そんなに待たなくても平気だよ。ぼくの目的はもう達成されたからね」

「目的?」

「うん。あの穴も、きみを足止めしようとして、空けたんだよ。どうしても、きみと話がしたくてさ」

 あいかわらずのナンパないい回しに、ポインセチアは心底嫌そうに、顔をゆがめた。

「私は、お前と話すことなどないぞ」

 さっさと走り出そうとするポインセチアの背中に、ソーダは「待ってよ」とにこやかに投げかける。

「満足に空も飛べないようなきみが、トットに勝てると思う? 彼は、本当に強いよ」

「なぜ知っている? 御三家のパーティがあっても、彼はいつも欠席だったのに」

「チョコレートパインには、耳がいっぱいあるからね」

 とんとん、とおのれの耳をつつく、ソーダ。

「なるほど。使い魔を使役して、情報を得るのが、チョコレートパイン流だったな。さすがは、召喚魔法の第一人者を先祖に持つ一族というわけか。……それで、私と話がしたかった、というのは?」

「うん。実はね、妙な話を聞いたんだ。ベリーマフィンが、大魔法戦争で不正をしようとしているという話なんだけど」

「ふふふふっ不正だと!!!!! 許せん!!!!! 抹殺せねば!!!!!」

 目を血走らせ、杖の切っ先に魔力をこめはじめる、ポインセチア。

 人間の発明品に、沸かせばすぐに沸騰するケトルがあるというのは、ちょっと前に聞いた話だ。

 ポーチはまるでそれのようだ、と暴れる彼女の両脇を、ぐぐっと取り押さえながら、ソーダはしみじみ思った。

「ちょっと、どうどう。落ちついて」

「おちつけるわけがないだろう! 正義のないものに大魔法戦争へ参加する視覚なし! そのような魔法師は黒魔法師に落ちたも同義!」

「そうだね。きみのいうとおりだ」

 黒魔法師とは、人々を苦しめる黒魔法を使う、悪い魔法師たちのこと。

 過去に、呪いや災害、疫病などを起こした黒魔法師たちは、御三家の先祖が滅ぼしたとされている。

 現在は、黒魔法が使われようとすれば、赤い月がそのちからを封じこめてしまう。

 なので、必然的に、黒魔法師は生まれないようになっているのだ。

「それで、ベリーマフィンは、どのような不正をしたというんだ」

「なんでも、トットを必ず勝てるような根回しをしている、とかなんとか」

「はっきりしないな。というか、そんなの、不正も不正、大不正じゃないか!!」

 大激怒のポインセチアに、ソーダは猫のようにほほえむ。

「そこでだ。きみと、手を組みたいと考えているんだよ。トットに勝つためにね」

 片まゆをあげ、不敵な表情をするソーダは、まさしくチョコレートパインの一人息子だった。

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