第13話 寄り添うため
「何、だと……」
その日、何気なく町をぶらついていた時、見知ったちび共に捕まり公園にやって来れば、そこには何とも思いもよらない人物がいた。
小さな女の子が集まる和気藹々とした空間の中に、明らかに不釣り合いな無表情が正座しているのだ。
「はい、どーぞあなた」
なんとあの従妹が、おままごとをしている。
「ありがとうございます」
泥団子を、受け取っている!
「おいしい?」
「ぱくぱく。おいしいです」
「ちょっとだれよそのおんな!!」
「え」
「はぁ!?あんたこそだれよ!!」
「い」
修羅場に、巻き込まれている!!
「ちょっとどういうつもりよ!わたしというものがありながら!!」
「あ」
「そうよ!この…うわきもの!!」
「う」
前門の幼女と後門の幼女に挟まれて、見ていて可哀想になるくらいオロオロとキョドる我が従妹を、涙目で震えるちび共と入口の陰に隠れて眺める。
いや、まぁちょっと、その、かなり入りにくいので。
「「あなたをころしてわたしもしぬ!!」」
最近のおままごとやべ〜。
幼女が息を荒くしながら演技とは到底思えない鬼気迫る表情で葵に迫る。避ける間もなく葵のお腹に架空、いや俺達の目には確かにそこに幻視した包丁が突き立てられた。
「おぅ…、」
よろよろと後退りしながら葵が膝をついた。
「くふ」
「「…………」」
死んだ。
そろそろいいかな、と思って静かに俺はそこへと足を踏み入れる。
「おねえちゃんへたっぴだね」
「このぎょうかいをなめてるね」
「!?」
倒れたままの演者に上から浴びせられる容赦のない罵倒。下手くその烙印を押された可哀想な演者が大きく身体を震わせて面を上げる。
「「あ」」
目と目が合ってしまった。
■
「ほら」
「…………」
温かい笑顔と共にカフェオレを差し出したと言うのに、そんな優しい俺を葵は睨む。
じとり。俺を見るその目はいつにも増して鋭い。
「……いつから見ていたんですか?」
「……葵が刺された辺りかな」
あの悲惨なオロオロは見ていませんよと、そんなアピールのためにさり気なく嘘をつく。それを聞くと何処か安心したように葵がカフェオレを受け取った。
「…珍しいな。っていうのは失礼なのかな」
「いいえ。自分でも似合わないことをしている自覚はあります」
蓋を開けて、葵がカフェオレを呷る。
一息ついて、前を見る。視線の先には先程の子供達。こちらに手を振ってきたので振り返す。葵も小さいけれどしっかりと。
そして、こちらを躊躇いがちに何度か見つめると、何処か不安そうに葵が話を切り出した。
「兄さんの」
「うん」
「…兄さんの真似をしたら、兄さんのことが少しは分かるのではないかと、ただそう思って」
「………」
その為に、進んで子供達と交流を深めようとした。
大人だろうが子供だろうが決して得意ではない人付き合いを。
「…でも駄目でした」
「ん?」
膝の上に置いた手を握りしめて、葵が下を向く。小さく震えるその身体はいつになく頼りなく、今にも折れてしまいそうで。
「あの子達に笑顔も返せない。満足な演技も出来ない。やればやるほど、私の歪さを思い知らされるようで…」
「………」
俺は答えず、黙ってコーヒーを口にした。
彼女がどうしてあまり笑わないのか、その理由を知らないから。軽く踏み込んでいいものではないと思うから。
「やはり私は兄さんのようには……」
「俺も最初はそうだったよ」
「え?」
目を丸くして葵が俺を見る。そうしていると、やっぱり年相応だ。
…世話焼き、お人好しといえば聞こえはいいけれど、赤の他人からすればそれは余計なお世話以外の何物でもない。何も知らないガキが頼んでもないのにお節介を焼いてくる。それでも俺がここまで続けられているのは、きっと小さいころからの顔見知りの多いこの狭い町だからこそだ。そうでなければ、きっととうの昔に。
「誰もが上手く出来る訳じゃないよ」
「………」
「でも、葵は踏み出そうとした」
突然、家に転がり込んで。強引だけど、明確に一線は引いてそれを踏み越えることはしない。…たまに怖がっているような、そう感じることはあるけれど。
「俺はまだ葵が何考えているのかよく分からないけど」
「……、…」
「葵は俺に歩み寄ろうとしてくれている。それははっきりと分かる」
それでも、我が家に来てからまだまだ日は浅いけれど、彼女はお目付け役だというその言葉通り、あれからも俺の一歩後ろを付いてくることが多かった。
そして、あちこちフラフラしようとする俺の手綱を握り、前へと戻してくれる。
まだまだ付き合いは短いけれど、そんな日々を俺は決して悪くないと思っている。
「それにさ」
「はい」
「あの子達、楽しそうだったよ」
「……ぇ」
もう一度、葵が子供達を見た。見ていることに気づいた子供達が満面の笑顔でこちらに手を振っている。
そう、手を振っているのだ。それは笑顔の有無など関係なく、葵自身があの子達に好かれている証左に他ならない。
「間違ってないって、俺は思うよ」
「……」
「………ですか」
小さくそう呟くと俯いていた顔を上げて、葵が雲一つ無い空を見上げる。何処か晴れ晴れとしたその顔に、先程までの影はない。
「ありがとうございます。兄さん」
「いや俺は何もしてないけど」
あくまでも動いたのは葵だ。俺はきっかけにはなったかもしれないが、そこで動けるか、上手くやれるかどうかは結局その人次第なのだから。
「まぁ、演技についてはこれからだな」
「……………………………ほう……………?」
失言に気付いたのはその直後だった。上を向いた葵の顔だけがギョロリとこちらを向いた。一時期のアニメでよく見たような角度だが、実際こうして目の当たりにすると怖い。
「……………よくご存知なんですね」
「え?………ぁ」
長い前髪の間から、計り知れない殺気の籠もった暗い目が俺を射抜く。いや、怖い怖い。
「でしたら、早速演技の練習に付き合っていただくとしましょう」
「え」
「兄さん、おままごとしましょう」
「え」
こ、この年で?
パチン。葵が優雅な所作で指を鳴らす。
「何を…………っ!!?」
ザッ。
気づけばいつの間にか、背後に気配も無くさっきのクセ強幼女共が立っている。え?今までの話の中にその連携構築できる程の絆あった?
「このお兄ちゃんが遊んでくれるそうですよ」
「「ほう……?」」
業界の玄人のような鋭い目で俺を値踏みするダブル幼女。
「おねえちゃんはまったくもってたいしたことなかったからね」
「きなよ、あそんであげる。こんどはぽんこつじゃなければいいけど」
こちらに向かって指をクイクイしながら背を向けると、砂場へと雄々しく歩を進める幼女。…この町、ガキンチョの癖強すぎない?
「………………どぅぞ兄さん…………」
味方と思っていた相手に背中を刺され、どこか意気消沈した表情の葵が力無く俺の背を押す。
「………」
「ぇ」
俺はそんな彼女の手をとって、共に砂場へと歩き出す。
突然のことに動転する間もなく、力の抜けていた身体はあっさりと俺の方へと。
「お目付け役なんだろ?」
「え」
俺が笑顔と共に発したその一言に、葵が無表情を強張らせる。
「一蓮托生だよなー」
「えっ」
腕を組んでこちらを待ち受け、何か凄い謎のオーラを立ち上らせる幼女の元へと一歩ずつ踏み出す。踏み出す度に後ろの葵が必死に腕を引っ張っている。
「あ、いや、いいです。私は遠慮、やだ、兄さん、離し」
「死ぬ時は一緒だよなー」
今までになく、面白可笑しく子供みたいに騒ぐ葵に、俺が物凄く面白い顔をしていたのはきっと彼女からは見えていないだろう。
一人ではなく、二人で。それはとても新鮮で、とても楽しかった。
「おにいちゃん、だいこんすぎ」
「このせかい、なめてるの?」
………葵より、当たりキツくない?
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