佐渡晃は求めこう10

 俺の勘が正しいのならば、これから俺のやろうとしている事で、関わる人全てがハッピーになれる。


 でも、その行動を起こす前にきっちり、はっきりと俺の勘の正しさを確認、証明する必要があった。


 もし前提が間違っているとするのならば、真逆の結果を産む。関わる全ての人が不幸せになりかねないから。


 前もってリョコにゃんから大量の情報は仕入れた。


 あとはそれらと、はったりをうまく使って、佐渡晃の本音を引き出す。

 そこまで行ければチェックメイトだ。


 そうなってくると当然、俺の話術も関係してくるのだが、こと話術において俺は全くと言って自信がない。


 つい最近まで立花と言う腐れ縁以外とは、つるむ事、関わることを極力避けてきたから。


 それでも俺はリョコにゃんとの約束の為、いや自分の目的を果たす為にも、やりとげなければならないのだ。


 ──────────────────────


 九月に入り夏休みの弛緩した空気が薄まりつつある放課後、俺は佐渡晃を呼び出した。


 場所はいつも佐渡晃と待ち合わせをしている東浜の公衆トイレ前。


 呼び出した理由もあってか、いつもより早く時間に遅れる事なく佐渡晃はやって来た。


「悪いね待たせちゃって……あれ、杉浦くん一人かい?」


 いつもどおり取って付けたような笑顔を張り付けて、爽やかな雰囲気を醸し出している。


 普通に呼び出しても佐渡晃は来てくれないような気がした。

 だから俺は、藤沢で約束を取り付けた『奏に直接謝る』のカードを切ったのだ。


「先輩申し訳ないんですが、奏は来ません。変わりと言ってはなんですが……少し俺と話をしませんか?」



「そう来たか。杉浦君はこの間の続きがしたいって事かな?」



「まあ、そうですね」


 俺の返答を聞くなり佐渡晃は、珍しく表情を曇らせた。


「俺はあんまりしたくないんだけどな、めんどくさいし」


「俺もめんどくさいのは嫌いです。だから単刀直入に行きましょう。実は七瀬那奈さんに告白をしようと思っているんです。相談に乗ってくれませんか?

 先輩と七瀬さんは、小さい頃からの付き合いだそうじゃないですか?よかったら攻略法なんかも教えてもらえると助かるんですけど」



 こんなはったり演技、佐渡晃に通用するのであろうか?

 棒読みだったような気もするし、普段より早口だったような気もする。

 それに気持ち声が上ずっていた。


 恐る恐る、佐渡晃の方へ視線を繰ると、そこにはいつもと変わらない笑顔があった。


 このままでは作戦は失敗に終わってしまう……

 佐渡晃を怒らせる事ができなければ……



「あのスタイルたまんないっすよね!!それにあのオッパイ!!細身な割に出てる所は出てるんですよね。うんうん。あー触ってみてー」


 こんな事自分で言っていながら虫酸が走る。

 俺のキャラじゃない。あー、立花に頼んでやらせればよかった。



「あのさー、それくらいにしておけよ」


 佐渡晃は一歩、二歩と歩みを進めて俺との間合いを詰める。


 よし食いついた。こうなりゃヤケだ。


「七瀬さんって処女なんですかねー?いや、そうですよね!!先輩が手を出してないんだから。あー、このまま行けば俺が初めてかー、たまん────」


 俺の言葉を遮り、左手で俺の襟首を掴むと俺を睨む。

 そして右腕を後方へ引くと、俺に向かって力一杯に振り下ろした。

 この後やってくるだろう衝撃を恐れて、思わず目を瞑り歯を食いしばった。


「……」


 だけどその衝撃がやってくる事はなかったのだ。


 恐る恐る目を開くと佐渡晃は笑っていた。


「ハハハハ、そんな演技で俺を騙せると思ったのかい?」


 そう言うと、俺を掴んでいた手を離し、襟を正してくれた。


「なんでこんな事をした?那奈になんか頼まれたか?」


 もはや俺が演技を続ける意味はなかった。完全に見透かされていた。作戦は失敗……


 一つため息を吐き出してから俺は自白をした。



「……以前、本で読んだ事があったんです。怒ったり動揺したりすれば人は口を滑らせやすくなるって

 、今回の件は七瀬さんは無関係です。これは……俺が自ら進んでやったことなので」



「……杉浦君がそこまでして、俺から何を聞き出そうとしたんだい?」


「先輩は、七瀬さんの事好きですよね?」



「突然何を言うかと思えば、那奈から何を吹き込まれたんだ?」



「七瀬さんから先輩との事いろいろ聞きました。でも、これに関しては俺の勘です」



「勘ね……。まあいい。この際だ腹を割って話そうか。そうすれば君も納得してくれるだろ」


 そう言って佐渡晃は俺に階段で座って待つように言うと、134号線の方に歩いて行ってしまった。


「あの、先輩」


「大丈夫だ。逃げたりはしないさ」


「わかりました」


 俺は佐渡晃を見送ると階段に腰をおろした。

 そして思考した。ここからなんとかする方法はあるのだろうか?……とても見当がつかない。


 どうすれば、佐渡晃の本音、本心を吐露させる事ができるのだろうか……

 ダメだ。何も案が浮かばない。


「はいよ、奢りだ」


 俺の横に座るなり冷たいコーヒーを差し出してきた。


「あっ、ありがとうございます」


 言ってからプルタブに手を掛けて、開栓して口をつけた。


「おう。それでさっきの答えなんだけど、答えはイエスだ。俺は那奈の事が好きだ。大好きだよ」


「ブボッ」


 予想だにしない回答に思わずコーヒーを吹き出してしまった。


「どうした。コーヒーが苦かったかい?」


「コホコホ。いえ、大丈夫です。と言うか認めるんですね」



「腹を割って話すって言っただろ?」


 佐渡晃は清々しい程に潔かった。

 これなら最初から演技なんてする必要無かったんじゃ……


「それにしても驚きますよ。……だったらなんで七瀬さんと付き合ってあげないんですか?」


 佐渡晃は水平線の彼方を見ているようだった。

 その視線の先に写すものはなんなのだろう?

 太陽光を反射してキラキラと輝く水面みなもには、サーファーやらヨットやら水上バイクやらが点在している。


「……那奈の父親は、俺の親父が経営する会社で働いているんだ」


 唐突に佐渡晃は語りだした。それが何を意図した物なのか、理解する事はできなかった。

 だから、とりあえず頷いて続きを促した。



「うちの親父はイベント事が好きでね、やれ花見だ、やれバーベキューだって社員の家族も参加できる懇親会的な物をよく開くんだ。そこで俺と那奈は知り合った。小学校低学年の頃の話だな」


 これはリョコにゃんからも聞いた話だ。

 佐渡晃は小さい頃から面倒見が良くて、どんくさい所のあるリョコにゃんの面倒をめんどくさがらずに見てくれたって。


「で、ある時、うちの親父が那奈の父親に言ったんだ。七瀬君の所の那奈ちゃんに、うちのバカ息子はどうですかってな。それも一度じゃない、何度もだ」


「どこか問題がありますか?」


 よくありがちな話なのではないだろうか。小さい頃からの幼馴染が知らないうちに婚約していた。

 しかも、二人は好き同士なのだから、何の問題も感じない。


 佐渡晃は深刻そうな表情をしているのだけど、俺にはよく理解できなかった。



「パワハラだろ?これ。那奈は優しい子だ。俺との関係を断った場合の父親の処遇を考えたら断れないはずだ」



「もし、そうであったとして問題ありますか?先輩は七瀬さんの事が好きなんでしょう?」



「ばーか、問題大有りだ」



「何がですか?」



「男だったらさ、好きな娘には、好きでもない男と付き合って辛い思いなんてして欲しくないだろ……?」



「いや、ですから七瀬さんも先輩の事が好きだって言っていたんですよ」



「それが本当に那奈の本心だって、君に証明できるのか?」



「それは……」

 

 無理だ。

 所詮人の気持ちなんて、他人にはわかるはずがないのだ……




 ……いや待てよ。



 今、たった一つだけリョコにゃんの想いを________願いを証明出来る物を俺は所持している。


 念のため、立花に再度探させて、送らせておいて本当に良かった。


「先輩、これ見て貰えませんか?」


 俺はスマホを開きトークアプリを開くと、立花との履歴に貼られた一枚の画像を突きつけた。


 そう。リョコにゃんが、リョコにゃんと呼ばれるきっかけになった所以、コスプレの画像である。



「なんだよこれ!?めちゃくちゃクオリティ高いな!!うひょー!!リョコにゃんが三次元に舞い降りたんだ!!おい、この画像俺にもくれ!!」


 さっきまでのシリアスな雰囲気はどこに行ってしまったのか、興奮した佐渡晃が目を血走らせていた。キャラも崩壊している。

 学校の女子達が見たらどんな反応をするのだろうか。


「そんな事しないで本人に撮らせて貰えば良いじゃないですか」


「あっ?えっ?これ俺の知り合いなの?誰、誰!?杉浦君も知ってるって事は学校の人間!?」


 俺は首を横に二度振ってから言った。


「もっと先輩に近しい人物ですよ」と


 佐渡晃は、画像を拡大したり回してみたりしていたのだけどある一定の角度にしたところで、動きを止めた。


「ん?この腕の傷……えっ?まさか!?」


「七瀬さんですよ」



「そんなまさか!?那奈はアニメに興味なんてないはずなのに……」



「先輩に少しでも振り向いて貰う為ですよ。甲斐甲斐しいですよね。先輩に買い物を頼まれたあの日、実は彼女も会場にいたんです。先輩の大好きなキャラクター、リョコにゃんに扮して、オタクに追い掛け回されて怖い思いもしたはずです。それなのに彼女、なんて言っていたと思いますか?」



「……なんて言っていたんだ?」



「『もし、大勢の人がいる中、待ち合わせをするでもなく晃君に会えたのなら、それは運命じゃないですか?』って言たんです」


 これはトークアプリでのリョコにゃんとの会話だ。

 なぜ、あの会場で佐渡晃に連絡を取ろうとしなかったのか、を聞いた時の彼女の反応だ。


 あくまでも佐渡晃には負担をかけたくない彼女なりの配慮、思いやりだったのだろう。

 そんな事、好きでもない人間にできる事だろうか?


 否。俺にはできない。



 それは佐渡晃にも十二分に伝わったようで、俯き急に黙り混んでしまった。話しかけても返事は返ってこない。



 予定とは違ったけれど、どうやら俺の仕事はこれにて終了のようだ。



「じゃあ、そろそろ俺は帰ります。コーヒーごちそうさまでした」


 お礼を告げて、遊歩道をしばらく歩き、振り返って見ても佐渡晃はそこに座っていた。


 ──────────────────────


 数日後の東浜


 海岸線を二つの点が、付かず離れずの距離を保ちゆっくりとした足取りで俺達から遠ざかっていく。


 俺と奏は、その二つの点が離れていく様子をただ黙って眺めていた。



「うまく行ってよかったわね」


「ああ、さあ俺達も行こう。この時間になると冷えるな」


 九月の後半にもなると、夕暮れ時は少し肌寒く感じる。


「うん」


 奏は元気よく返事をすると、俺の腕に飛び付くとしがみついてきた。


「どうした?」


「宿題の答え合わせしない?」



 宿題とはいつぞやの奏が俺に付いた嘘がなんだったかって話だったか?


「うーんわからん、で答えはなんなの?」


 奏は、蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべると俺の耳元に口を寄せる。

 そして囁いたのだ。


「それはね───────佐渡先輩が好きだってのが嘘だったって事」


「あーそれな。それはなんとなくわかってたよ」


「あともう一つ。私が好きなのは、杉浦翔君。君だよ」


「だっ!?はっ!?」


 唐突な奏の告白に心拍数が一気に跳ね上がる。心臓はバクバクと拍動して、顔は沸騰したように熱い。



 奏は、満足そうに頷くと俺から少し距離を取って「嘘を付いててごめんなさい」と頭を下げた。


 待てよ……

 となると、今のこの状況、奏の思うがままになってしまったと言う事なのだろう。

 そうなのだとしたら俺は無意識に奏の要求に答えさせられていた事になる。


 まったく、奏汐音は要求が多くて困る。



 でも、それも悪くない。そう思えた。

 俺の隣で、奏がいつまでも楽しそうに笑ってくれているのなら。


 だから俺は不意打ちの仕返しをする事にした。


「しーちゃん。俺もだよ」と

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