佐渡晃は求めこう9

 佐渡晃からの依頼を伝えたあの日、奏汐音は別れ際にこう言ったのだ。


『翔君は本当にそれで良いの?』と

 奏が、何を言わんとしているのか本当はわかっていた。

 それなのに俺はわからない振りをして、気づかない振りをして


『もちろん。その方が奏の為にもなるだろ』

 と答えた。



 あの時はそれが最適解なのだと、最善策なのだと思い込んでいた。でも違ったんだ。


 その間違いを正す為に、俺にはまだやらなければならない事がある。

 俺は自分の気持ちに素直にならなければならないのだ。


 ───────────────────────



 リョコにゃんと公園で別れてすぐに江ノ島に戻ってきた。


 今日はいろいろあって疲れた。もうクタクタなのだけれど、俺が向かう先は家ではない。

 少し通り過ぎ、西浜へとやって来た。


 決して示し合わせた訳ではない、待ち合わせをした訳でもない。だけど俺の睨んだ通り彼女はここに居てくれた。



「お待たせ」



「待ちくたびれた」


 背中越しなのに、彼女が不機嫌そうな顔をしているのだろうという事が安易に想像できた。


「怒ってないのか?」


「さっきまで怒ってたはずなんだけど、海見てたら落ちついちゃった」




「そうか、俺がここに来るってなんでわかったんだ?」


 奏は、こちらに決して振り返ろうとはせずに、そのままの姿勢で答えた。


「なんでって、翔君って行ったら西浜ここじゃない?」


「……たしかにな。言われてみればそうかも」


 嫌な事があればここで穏やかな波を見て心を静め、

 辛い事があった日は、潮風に背中を押してもらい、

 悲しい事があった日は、夕日に慰めてもらった。

 俺がこの街で暮らした四年間は、この西浜と共にあったと言っても過言ではない。


「私が、久しぶりに翔君を見たのも、ここだったんだ」


「ん?いつの話だ?」


「……。一年くらい前。まだ高校生になる前」


「というか、久しぶりってどういう意味だ?」



 奏は俺の質問には答えずに伸びをすると、そのまま体を後ろに反らし、こちらに顔を向けた。

 どこか寂しさを感じさせる表情だった。


「私を探してここに来たって事は何か話があるんでしょ?」


「あ、ああ。奏もここで俺を待っていたって事は、なにか話があるんだろう?」


「うん。じゃあ先に翔君から話して」



「わかった。俺は奏に一つ嘘を付いた。佐渡先輩から奏に依頼があった日の話だ。あの日、帰り際に奏が俺に聞いてきた事があっただろう?」


「帰り際……。私なんて言ったっけ?」


「忘れたとは言わせない。『翔君は本当にそれでいいの?』と俺に聞いたよな?」


 奏は声を発する事はなく一度だけおとがいを上下させた。

 奏の少し潤んだ瞳は早く先を言えと急かしているように思えた。


「俺は嫌だ!!偽物の彼女であったとしても、奏が誰かの彼女になるなんて俺は断固反対だ」



「今さらなにそれ……告白?」



「告白じゃなくて……うーん、上手く言えないけど……とりあえず嫌なものは嫌なんだ!」


 ここでも俺は逃げた。告白だと言ってしまえば楽になれたかもしれないのに。



「なにそれー?へんなの。でも、うん。わかった。こういうことは、もうやらない」


 それなのに奏は、俺の複雑な気持ちを組んでくれた。


「ありがとう。そしてもう一つ、こっちの話は奏にとって、宣戦布告になるかもしれない」



「なに?」



「佐渡晃と七瀬さんをくっつける事にした。七瀬さんからもう依頼も受けている」


 これを聞いて奏は反対をするかもしれない。そう思っていてのだけど、決してそんな事はなかった。

 むしろ穏やかな物だった。


「翔君がそうしたいと思ったの?それともななせさんに無理やりやらされているの?」


「……俺がやりたいと思ったんだ」



 奏は深呼吸をするように息を深く吸い込むと、『フー』と勢いよく息を吐き出して、一拍置いてから話し始めた。



「それならいいんじゃない。翔君のやりたいようにやればいいと思うわ」



「ああ、そうさせて貰う。俺の話はこれで終わりだ。次は、奏の番」


 そう言って奏の話を話すように促すと、奏は一つ頷いて話し始めた。



「うん。私もね翔君に一つ嘘を付いたの、なんだと思う?はい、よーいスタート」


 チクタクチクタクと奏が緊張感のない時間制限のリズムを刻む。


 奏が俺に付いた嘘、ここは即答しておきたい所だけれどなんだろうか?

 そもそも俺に何か嘘を付くようなタイミングなんてあっただろうか?


「ブッブッー」


 十秒ほどで無情にも終了のブザーが鳴り響く。



「タイムアップ。時間までに答えが出なかったので宿題とします」



「なんだよそれ?気になるだろ。ちゃんと教えてくれよ」


「ダーメッ!あっ、そろそろ散歩の時間だよ?」


 奏は、ポシェットからスマホを取り出すと慣れない手付きでロックを解除して画面を俺にデカデカと見せつけるようにかざした。

 画面にはアナログ時計が映し出されていて、たしかにもう少しで散歩の時間であった。


 今日、奏は散歩はお休みで、変わりに俺が行く事になっている。


「あー、わかったよ。じゃあ行ってくる」


 頭をポリポリとかきながら奏に背を向け、さくらの待つ島へ方向転換をする。


「ちょっと待って」


「なんだ?」


 奏は、スマホを付き出す手を下ろす事なく、むしろさっきより俺に近づけた。


「私の初めてをあげるわ」


「ちょっ!?お前こんなところで急に何言い出すんだよ!?」


 周囲にはちらほら人の姿がある。

 こんな所でそんな事をしたら大問題だし、そういうのは大事な人ができるまで取っておくべきだと俺は思う。


 少なくとも俺はそうしたい。


「なにそんなにあわててるわけ?私の初めての番号交換をあげるって言ってるのよ」


 キョトンとした表情をしているのだけど、絶対にこれは確信犯だ。


 こうしている間にも、奏は早くしろと急かしてくる。

 仕方なしにスマホを取り出して電話帳を開く。

 ここに奏の電話番号も追加される。

 今日だけで、二人分も番号が増える事になる。


 ささっと番号の交換を終えると、奏はスマホの増えた電話帳を嬉しそうに眺めている。


 その姿を横目に、俺は今度こそ江ノ島に向かう。

 その道中ふと思った。

 そういえば立花は帰ってきたのかな?と

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