佐渡晃は求めこう8

 立花からの連絡を受けて、駅から五分程の所にある公園近くまでやって来た。


 立花は俺の姿を見つけると手招きをして俺を呼び寄せる。


「早かったな。あそこのベンチにななちゃんが座ってるんだけど……なんて声を掛けたらいいのかわかんなくてよー」


 立花は困り顔だった。いつもなら頼まなくても声をかけに行くくせに、こういう時はへたれて……まったく困ったやつだ。


「あー、いいよ俺が行く」


「マジ!?任せた!!……じゃあ俺は奏ちゃんを探しに行くな?」


「奏の番号知らないのか?」


「えっ?奏ちゃんスマホ持ってないだろ?」


 どうやら立花はまだ知らないらしい。

 もしかしたら、立花には教えたくないのかもしれない。だから俺もとぼけておくほうが良いだろう。

 よくよく考えれば俺も知らないしな。


「そうか。奏はスマホを、持ってなかったんだったな。うんうん」


「なんだよ。その含みのある言い方はー?」


「いいから早く行けよ。俺は、ななせさんの所に行くから」


「わーたっよ。見つけたらまた連絡する」


 しっしっと立花を追い払ってから自動販売機を探した。

 すぐに見つかった。公園の横にある駐車場に設置されていたのだ。

 あの日と同じように水を二本買った。



 公園内に入るとリョコにゃんの姿はすぐに見つけられた。


 木々の生い茂る真下に設置されたベンチの上。

 行儀悪くも天板に足を乗せ、その足と頭を両手で抱え込むようにして座っていた。これは重症だな。


 リョコにゃんの背後に回り込みさっき買ったばかりのキンキンに冷えた水を迷わずに首もとに押し当てた。


「ひゃあぁあぁ!!!??!!」


 相当驚いたのだろう。猫が驚いた時に見せるような驚き方でビクンと飛び上がったのだ。


「ななせさん。どうぞ、お水です」


 言って水を差し出したはいいが、リョコにゃんは受け取ってくれない。

 まだ状況が飲み込めないようで目を白黒させている。


「俺ですよ。杉浦翔です」


 言ってから気がついたのだけど、リョコにゃんにちゃんと名乗ったのはこれが初めてかもしれない。


「あっ……、君は……」


「翔でいいよ。はいどうぞ」


「あっ、ありがとう」


 リョコにゃんの目は泣いていたのだろうか、赤く少し腫れぼったい。


 手渡された水を一口飲んで少し落ち着いたのか、リョコにゃんから喋り始めた。


「翔君……ここで何してるの?」


「えっと、それは……」


 これは困った。隠れて一部始終見ていたと言うのもちょっと後ろめたいし、たまたま見つけて声をかけたってのもちょっとわざとらしいよな。

 ……でも俺は、ここに励ましに来たわけだ。

 だから、ここは正直に話すしかあるまい。


「駅での事なんだけど……全部見てたんだ」


「そうなんですか……カッコ悪いところ見られちゃいましたね……」


 舌を小さく出しておどけて見せたものの、ひきつった笑顔が痛々しい。


「……私の初恋なんです。晃くんは」



「こんな事、ななせさんに言うのは酷かも知れないけど、あんな男のどこがいいんですか?」



「晃くんの事を表面しか知らないならそう思うかも知れませんね。晃くんはとっても優しいんです。振られた男の子の肩を持つなんておかしいかもしれないですけど」



「佐渡先輩とは、どういう関係なんだ?」


 リョコにゃんは驚いたようで目を真ん丸にさせて大きな瞳をぱちくりと何度か瞬きさせた。


「晃くんと翔君は、知り合いなんです!!?」



「高校の先輩、後輩の間柄で、たまに面倒事を頼まれるくらいには、懇意にしてもらってますよ。ちなみに奏と立花も同じ高校なんだ」



「そうだったんですか……それで奏さんも……

 晃くんと私は幼なじみです。小さい頃に結婚まで約束したんですけどね……」


 遠くを見やるように寂しげにリョコにゃんは答えてくれた。



「ごめん。先に謝る。今回こんな事になってしまったのは俺のせいなんだ。奏は悪くない。どうか許してやってほしい」


「謝らないでください。なんとなくわかってましたけど、晃くんに頼まれたんですよね……?」


 それにはただ首肯だけで答える。


「やっぱり……。じゃあ、奏さんが彼女ってのも嘘ですよね?」


 それにもう一度首肯する。


「良かったー、あんな可愛い子が相手じゃ私なんかじゃ勝ち目無いから」


 今日初めてほがらかに笑うとリョコにゃんは続けた。


「大丈夫です。安心してください。私、諦めてないんで」


 そう高らかに宣言すると残っていた水を一気に飲み干してみせた。



「ななせさんは、強いね」


「私が、強い訳じゃないです。女の子は恋をすると強くなるんです」


 そう言ってキラキラとした、この世で一番美しいと思える笑顔を俺に向けた。


 ハッとした。そんな笑顔を向けられて黙っていられなかった。

 結果的に言えば正解だったのだけど、この先の人生においては教訓にしたい。美女の笑顔には気を付けろと。


「俺も手伝うよ。実は俺、何でも屋で働いてるんだ。だからきっと、ななせさんの役にたてると思う」



「本当に!?でも……そんな事して晃くんに怒られない?」


「大丈夫。いや、むしろ感謝されると思う」


 俺の中には理由や根拠はないが確信めいた物があった。

『佐渡晃は七瀬那奈の事が好きである』と。

 

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