佐渡晃は求めこう7

「……なにを、だい?」


 佐渡晃は笑っている。なのにどこか寂しさを感じさせる笑顔だ。


「最初から、奏にこんな事をさせるつもりで依頼してきたんですか?」


「あー、そうだよ。悪い事をしたとは思ってる。すまなかったね謝るよ。奏さんは君の彼女なんだろう?謝っておいてくれないかな」


 佐渡晃は悪びれる様子もなくそう言った。

 だから俺もついカッとなって、気がついた時には佐渡晃のむなぐらに掴みかかっていた。


「なんなんですか、その態度は!?悪い事をしたと思うなら自分で謝るのが筋ってもんじゃないんですか?……それに奏は……俺の彼女じゃない。あんたは奏の気持ちを知らないから……」


「奏さんの気持ち?何が言いたいんだい?」


「奏は、奏は、奏は……」


 言いかけて、ついに最後まで言う事は出来なかった。『奏は佐渡晃の事が好きだ』こんな簡単な一言を。


 それは事実を認めてしまいたくない俺の悪あがきなのかもしれないし、その気持ちは奏本人が伝えるべきだと思ったからかもしれないし、またはその両方なのかもしれない。



「何が言いたいんだ?」


「……」


 ただ睨み付けるしか出来なかった。

 無意識に掴みかかっていた手により一層力が込められていた。しばらく佐渡晃と俺は睨み合っていた。


 先に折れたのは佐渡晃だった。


「……わかったよ。俺の負けだ。奏さんには直接謝る。それでいいかい?」


 それにただ頷いて答える。


「だったら放して貰えないかな?」


 もう一度頷いて、掴みかかっていた手から力を抜いた。


 放されたTシャツのえりぐりは、伸びてしわくちゃになってしまっていたのだけれど、俺は謝らなかった。

 佐渡晃も目視はしたものの何も言ってくる様子はなかった。


「……なんでこんな事をしたんですか?」


 状況から見るに、なんとなく想像は付く。だけどその動機だけがよくわからなかった。


 リョコにゃんは、これからデートだと言っていた。そして奏は彼女役を依頼されていた。


 つまりリョコにゃんを振る為に、奏を利用した。

 そんな回りくどい事をする必要がどこにあったのか?それだけが、俺には理解出来なかった。


 佐渡晃は少し歩くと落下防止柵の前で足を止め、背中を預けた。

 俺もそれに続いて柵に両腕を乗せて顔だけを佐渡晃の方に向けた。


那奈なながしつこくてさ」


「なな?」


「あー、那奈じゃ伝わらないか。さっきの女の子だよ。しつこくて困っていたんだ」


「俺には、彼女がそんな物わかりの悪い人には、思えないんですけどね。素直でいい子じゃないですか」



「ん?まるで那奈の事を知っているような口振りだね?」



「最近、知り合う機会がありましてね。一緒に彼女のバイト先で食事をしたこともあります」



「……そうか。案外世の中ってのは狭いものなんだね。でもね、近づいてよく見てみないと、わからない事って世の中にはあるものだよ?その一つが女の子だ。杉浦君もそうは思わないかい?」


 言われて奏との思い出が脳裏に浮かんだ。……たしかにそうなのかもしれない。

 奏のイメージは知り合う前と今では大きく変わっている。


「……そうですね。それでもあそこまでの事をする必要があったとは思えないです。ななせさん泣いてましたよ」


『泣いていた』とその言葉を聞いたその瞬間、ほんの一瞬だけ佐渡晃の顔から笑顔が失われたような気がした。


「ふっ……これでいいんだよ。それにだ、那奈と俺の間の事柄を、杉浦君にごちゃごちゃと言われる筋合いはない。奏さんには直接謝る。君にも謝ったじゃないか?だから、これでこの話は終わりだ」


 それだけ言って佐渡晃は江ノ電の駅の方角に歩き始めた。

 俺もその後を追った。


「まだ話は終わってないです」


 佐渡晃は答えない。



 改札をくぐる直前、佐渡晃は最後に一度だけこちらに振り向くと


「那奈に手を出したら承知しないよ」


 と冗談めかした言い方で、笑顔で言ってきたのだ。

 何が言いたいのか、その真意は俺には理解する事は出来ない。


 佐渡晃の姿も見えなくなって、どうしたものかと考えているとスマホが鳴った。

 着信は立花からのものだった。

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