佐渡晃は求めこう5

 立花の後を追って階段を登っていくと、嬉々とした表情を浮かべ、今にも離陸してしまいそうな立花と私服のリョコにゃんの姿があった。


 今日のリョコにゃんのファッションは、スラリと伸びる長いおみ足を惜しげもなく披露した黒いデニム生地のショートパンツにボーダーのノースリーブ、足元は花飾りがワンポイントの茶色のサンダルだ。

 長い髪は後ろ手に一つに纏められている。


 これは……立花も離陸寸前になるわけだ。



「リョコ……ななせさん久しぶり」


 俺の挨拶に気がついたリョコにゃんがこちらに両手で小さく手を振って笑顔で出迎えてくれた。


「あっお久しぶりです!!……あとできればリョコにゃんはやめてくださいね」


「へっ!?リョコにゃんじゃ無かったらなんて呼べばいいの!?というかリョコにゃんって名前だと思ってたー」

 この世の終わりと言わんばかりに立花は頭を抱え叫んだ。コロコロと表情が変わって忙しいやつだ。



「さっき俺が呼んでただろ?ななせさんだよ」


「なんで翔は知ってるんだよ!?」



「あれ言わなかったか?この前ここで会った時に聞いたんだよ」


 よくよく考えてみれば、立花の前では変わらずリョコにゃんと呼んでいたかもしれない。

 そりゃ立花は知らないはずだ。


「ふーん。で今日ななちゃんはこれからアルバイトー?」


 俺の答えにはそこまで興味が無かったようで生返事をすると、すぐにリョコにゃんに向き直って満面の笑みを浮かべ話し始めたのだ。

 というか、ななちゃんって……こいつ距離の詰め方がエグい。


 立花の無礼はリョコにゃんはあまり気にしていない様子で


「いえ、今日はシフトの提出に来ていただけで、これからデートなんです!!」


 大人っぽい造形なのに子供っぽい笑顔で少し恥ずかしそうに答えた。



「えっ……?」


 デートと言う言葉を聞いたとたんに立花は膝からガクリと崩れ落ちた。

 そして真っ白になってしまった。実際色が無くなる事なんてあり得ないんだけどそういう風に見えたのだ。


「どうかされましたか!?」


「そいつの事は放っておいていいよ」


 しばらくはどんな言葉も届かないだろう。

 しかし恋多き男、家に帰る頃にはケロッとしてるはずだ。


「えっ、でも……」



「いいからいいから。あっそういえば、立花ちょっとスマホ貸してくれ」


 立花は全く動く気配が全くない。完全に機能を停止している。


「借りるぞ」


 立花がスマホをいつもしまっているけつポケットからスマホを取り出して、立花の指を拝借、勝手に指紋認証のロックを解くと、そのままリョコにゃんに手渡した。


「なっなんですか?これは……あれ!私の写真!?」


 待ち受けにリョコにゃんのコスプレ画像を設定してくれていたおかげで探す手間が省けた。


「立花がネットで拾ったらしいんだけど、ななせさんは知ってた?」


「ネットでですか……いえ知りませんでした……」


 絶句という表情を浮かべ画面を食い入るように見つめている。


「こういう事って今まであったの?」



「……いえ、この前が初めての参加だったので……」


 たしかあの日も同じ質問をして同じ答えが返ってきたな。


「こういうのって消して貰う事ってできるんでしょうか……?」


「……いや難しいんじゃない?大元が消したとしても立花みたいに保存した奴がいれば永遠に残り続ける」


「そうですよね……」


 ガクッとわかりやすくリョコにゃんは項垂れた。


「でも、ちょっとスマホ良い?」


 そう言ってスマホを受けとると、画像ホルダを開き立花のスマホからリョコにゃんの画像を消去した。


「とりあえずここから一枚は消えた。SNS上で見つけたらしいから、少しでも削除してもらうように問い合わせてみたら?」


「ありがとうございます。そうしてみます」


 ここでふと、一つ疑問が浮かんだのだ。

 なぜあの日、コスプレの経験が無かったリョコにゃんはコスプレをしようと思ったのだろうか?


 見た目で人を判断するのはあまり好きではないのだけど、リョコにゃんは到底アニメ好きには見えない。


 承認欲求を満たすためにコスプレをしていたと言うのも無理がある。

 普通のカジュアルな服装で町を歩いていたとしても、リョコにゃんほどの美貌であれば十分にその欲求は満たされるのではないだろうか?


「一つ聞いてもいいか?」


「はい、なんでしょう?」



「なんであの日コスプレをしようと思ったんだ?アニメが好きな感じには見えないんだけどな」



 少し躊躇ちゅうちょしたような間があってリョコにゃんが口を開いた。



「あの……ですね、私の好きな人がアニメが好きなんです。それで、彼が振り向いてくれないので、私が彼の好きなキャラを演じれば振り向いてくれるんじゃないかなーと思ったんです」


 おいおい、この子健気かよ。と言うか、リョコにゃんにそこまでされて振り向かない男ってのはどんな男なのだろうか……少し……いや、かなり気になる。


「その彼ってのは今日のデート相手?」


「はい、そうです」


 リョコにゃんは、恥ずかしそうにモジモジとしながら答えた。なんだこのかわいい生き物……

 リョコにゃんを前にすると、俺でおいてもここまで気持ちを持っていかれそうになるんだぞ……?

 いったいどんな男なんだ。



「そうなんか、うまくいくといいな」


 嘘偽りのない、心から出た言葉だった。


「はい。頑張ります。あっ!!そろそろ待ち合わせの時間なんで失礼します」


 言って手を振りながらリョコにゃんは階段をやや早足で降りていく。


「またな、頑張れ」


 しかし、その途中何か思い出したようにコチラに振り向く


「立花さん!!あの時はありがとうございました。今日は時間が無くてちゃんとお礼できないんですけど、また別の機会にちゃんとお礼をさせてください。それでは失礼します」

 言い終えてまた階段をピョコピョコと降りていく。


 それまで死んでいた立花が息を吹き返すように起き上がると、リョコにゃんの後ろ姿にキメ顔で言ったのだ。


「いえいえ、当然の事をしたまでですよ。お気になさらず」


 もうリョコにゃんには聞こえてないだろう。

 どうやらリョコにゃんは駅前の方に向かって行ったようだ。


「じゃあ俺らは飯にするか」


「はっ?なに言ってんだよ?ななちゃんの後を追うに決まってんだろ!!」


 立花の目は血走っていった。

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