佐渡晃は求めこう4

 きっとこれで良かったはずだ。

 そう頭ではわかっているはずなのに、どこかで納得できていない。どうもスッキリとしない。


 奏は今日、藤沢駅で佐渡晃の彼女役を演じる事になっている。実際これが最善だっただろう。


 奏がうまく演じきって佐渡晃に気に入られれば、そのまま本命の彼女になる事もあり得る。


 奏との約束も達成され、佐渡晃の依頼も達成できる。二兎を追って二兎を得られる千載一遇のチャンスなのだ。

 それなのに、心のモヤモヤは積もっていく。


「落ち着きがないようだなー」


 ニタニタとした笑みを顔に張り付けて、立花は俺の肩に手を回してきた。

 今日は、朝から立花が家を訪ねて来ているのだ。落ち着きがないように見えるのはきっと、立花のせいだ。


「別に。いつも通りだよ」


 立花のその行動が、その言葉が鬱陶しく感じて、勢い良く立ち上がると立花を跳ね退けた。

 その勢いで立花は、体のどこかをベットの足にでもぶつけたようでゴンと鈍い音がした。


 ベットの上でスヤスヤと寝ていたハアトも、突然の衝撃に驚いて飛び上がるとベットと壁の隙間に逃げ込んでしまった。


「いててててて、やっぱりお前おかしいぞ。そんなに気になるならなんで奏ちゃんに彼女役をやらせたんだよ」


 立花は顔をしかめ、肘をさすっている。どうやら肘を強打したようだ。



「なんでって奏が望んでやっている事だ。佐渡先輩からの依頼でもあるしな。……俺にあいつを止める権利なんてないだろ?」



「そうかな?奏ちゃんに聞かれたんじゃないのー?」


「……なんの話だ?知らんな」


 奏のやつ立花に話したのか……



「……ふーん、そっかー。まあ、お前がそうやってシラを切るんなら、それでもいいんじゃないのー、俺には関係ないしな」


「…………」


「そんな怖い顔するなって。さーてと、そろそろ飯時だなー」


 立花は壁に掛けられたアナログ時計を指差した。

 十一時二十五分。昼にはまだ少し早い時間帯だ。

 だけど立花は、立ち上がると懲りる事なく、再度俺の首に腕を回して言ったのだ。

「ちょっとさー、飯付き合ってくれねーか?」


「腹へってないから。一人で行ってこいよ」



「いやいや、居てくれるだけで良いからさ、なっ?」


 言いながらも俺の首をホールドしたまま少しずつドアの方へと歩いて行く。


「……」


「わかった。こうしよう。会計は俺が全部持つ。

 それでどうだ?」


「……はあー、わかったよ」


「よっしゃ!!そうと決まれば、すぐにでも出ようぜ!!間に合わなくなるからな!!」


 立花がやろうとしている事はだいたいわかった。こいつはこう見えて案外良い奴なんだ。



 本当は俺だって奏の行く末を見守りに行きたい。それを察した立花がその為の口実を作ってくれようとしてるのだ。


 なんやかんや俺の事を本当に理解してくれているのはこいつだけなのかもしれない……


「ほら、さっさとしろよ」


 立花が笑顔で、俺の腕を強く引いた。


「ああ、わかってるよ」



 ───────────────────






 前言撤回。

 やっぱり立花は立花だった。


 今現在、藤沢駅にはやって来ているのだけど、立花の目的は庶民的イタリアンレストラン───そう、リョコにゃんに会う事だったのだ。


 江ノ島駅から藤沢駅へと向かう電車に揺られている間ずっと、リョコにゃんがいかに素晴らしいかというご高説を頂いた。


 いつ撮影したのかわからないのだけど、リョコにゃんのコスプレ画像まで持っている始末だ。


 見てみぬふりをしようかとも思ったのだけど、見てしまった以上注意しないと俺も同罪になるような気がしてなんとなしに注意しておく事にした。


「お前さ、盗撮で捕まるぞ?」



「ん?とうさつ?なんの話?」


 立花はやっぱりアホだ。

 罪の意識もなく撮影をしていたようだった。


「さっき見せてきたリョコにゃんの画像だよ」


「あーあれか、あれはな、SNSで拾ったんだよ」


「SNS?どういう事だ?」


 立花はスマホを取り出してちょいちょいと弄るとこちらに投げてよこした。

 画面がロックされていないようなのでそのまま覗きこみスクロールすると、コスプレをした女の子の画像が次々に表示されるではないか


「なんだこれ?どういう事だ」


「あの会場にカメラ持ってる人達結構居たろ?趣味で撮影してSNSにあげてるみたいなんだよ。それで、まさかなーと思いながらも探してたら、リョコにゃんの画像を見つけたのさ!!」


 と得意気に立花は解説をしてくれた。親指を立ててサムズアップをしているのが非常にウザイ。


 でも理解はできた。最初リョコにゃんと知り合うきっかけになったストーカー事件も、写真を撮る撮らないのトラブルからだったから。


 つまり、ああいった奴に写真を取られてSNS上にアップロードされていたと言う事か……

 本人に知らせてあげた方が良いかも知れないな。


「よっしゃー、トウチャク」


 少し考え事をしていたら、気がつけば先週も訪れた例のファミレス前に到着していた。


「行くぜ!立花入店!」


 言って、勢い良くファミレスに続く階段を勢い良く掛け上って行く。


 まあ、今日もリョコにゃんが居るとも限らないんだけどな……

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