佐渡晃は求めこう3

 高揚する気持ちを抑えるように、じっと海を眺めていた。

 ここから波打ち際まで、距離は結構あるのだけれど、押しては返す波音が弾む鼓動を落ち着かせてくれた。


 鼓動は落ち着いても、今自分の抱えているこの気持ちの正体は結局わからずじまいだ。

 それでもただ満ち引きを繰り返す海を眺めていた。


 そして人の影も少なくなり、日が傾きかげり始めた頃────


「おいー、翔ー、頼むよー。リョコにゃん居なかったぞ。まさか俺を嵌めた訳じゃないだろうなー?」


 出会い頭に俺の肩に背中側からもたれ掛かるようにして、立花は現れた。


 普段なら即座にどけて嫌悪感を示すところだけど、何故か今はそんな気分にはならなかった。



「忠告はしたぞ?お前には聞こえてなかったみたいだけどな。『今日から学校が始まるんだからリョコにゃんも学校なんじゃないか』ってな」



「嘘付け!!そんなの俺は一ミリも聞いてないぞー!しかもついさっき、大石から電話があってよ、明日の朝までに反省文書いてこいって言われたんだぞ!いったいどういう説明したんだよ?!」


 立花の言う大石ってのは、俺と立花を受け持つ担任教諭の事だ。

 立花はアホだ、と言う事を理解しながらもそんな立花とも真っ正面から向き合う熱血教師である。正直、俺は少し苦手だ。



「そんなの知るか、『いつものごとく女の尻追いかけ回しに行きました』って言っただけだ。嘘は付いてないだろ?」



「おいー翔ー。俺達友達だろー?そこはさー、もっと他にあるじゃんかー?」



「じゃあ、なんて言えば良かったんだ?」



「ん?そりゃあ……『真実の愛を探しに行きました』とか『ついにあいつも巡りあったんです……』とかさ」


 立花は少し考えるような仕草をした後、恥ずかしげもなくガチトーンでこんな事を言ってきた。

 こいつ本当に大丈夫か?


「アホか」


 真面目な顔をしてる立花の額に結構強めにチョップを入れてやると、立花は頭を抱えて大袈裟に痛がるふりをしてみせた。

 まったくこいつは……


「ううーん」


 背後から咳払いをするような声が聞こえた。

 振り向けば、いつからそこにいたのか、佐渡晃の姿がそこにあった。


 目が合うや遠慮がちに佐渡晃は口を開く。


「そろそろいいか?」


 察するに俺達の茶番劇のせいで声をかけるタイミングを失って待たせてしまっていたようだった。


「あっ、すいません。お疲れ様です。そりゃあ当然ですよ。先輩を待っていたんですからね」



「そうか、じゃあ悪いな。で杉浦君の友達は?」


 冗談のつもりなのか?

 目の前にいる立花が見えないと佐渡晃はキョロキョロと辺りを眺め回し始めたのだ。



「佐渡先輩。なんの悪い冗談ですか?ここに居ますよ。ほら立花です」


 まだ頭をおさえてうずくまる立花の首根っこを引っ捕らえると、佐渡晃の眼前に付き出した。


「あー杉浦君の友達なのか……今回俺が呼び出したかったのは女の子だ。そう、たしか……奏って言ったかな?」



「まあ、たしかに立花は友達ではないですけど、

 奏になんの用ですか?」


 立花は『なにその言い方、ひどくない!?』と必死に訴えているが、今はそれよりも佐渡晃の用件の方が大事だ。

 ごめんな許せ立花。


「困ったな……女の子がいないとなると話が進められないな……今から呼び出せないか?」



「すいません。奏の連絡先は知らないんです。でも、俺が今ここで用件だけ聞かせて貰って、奏に伝えるって事で構わないなら聞かせてもらいますけど」


「うん。そうだなー、実際あまり時間がないのも確かだ」


 佐渡晃は一度考えるような素振りをみせた後、心が決まったのか一つ頷くとこんな事を言ったのだ。


「よし、じゃあ奏って子に伝えて貰えるかな?次の日曜日、俺の恋人のふりをしてほしいんだ」

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