奏汐音には逆らえない6

「先に、帰ってて」


 ファミレスを後にして携帯ショップに向かう道すがら、唐突に奏がそんな事を言い出した。


『うんわかった』と言えば良かったものを、あまりに唐突だったものだから俺は驚いて反論してしまった。


「えっ?なんで?さっきまで帰るなって言ってたじゃないかよ」


 奏がこちらに視線を向ける事はない。

 横に並んで歩く奏の横顔からは、隠しきれない怒気が見受けられる。一体俺が何をしたと言うのだろう?


 そもそも奏の怒りの矛先は俺に向けられている物なのだろうか?


「いいから帰って」


 俺はその場に足を止めた。

 俺が立ち止まった事には気が付いているはずなのに、奏は止まることなく、ズイズイと進んでいってしまう。



「お前なに怒ってんの?」


 遠くなって行く奏の背中に投げ掛けた。


「怒ってない……」


 言いながら奏も足を止めた。そして振り向くと感情を隠そうともせずにこう続けた。


「怒ってないよ!!それに、翔君にお前なんて言われたくない!!」


「やっぱり怒ってるじゃん。それは悪かった。気をつけるよ。ごめん」



「怒ってない!!もういいから!!付いてこないで!!」


 奏は吐き捨てるように告げると、一人でまた歩き出してしまった。

 俺はその後に付いていかなかった。

 その場に立ち尽くしていた。

 奏の背中はどんどん遠くなって、しまいには人混みに紛れて見えなくなってしまった。


「うわー喧嘩してるよー」とか「彼氏かわいそー」とか周囲の人達から冷ややかな目を向けられていたけど、そんなに気にならなかった。


 なぜ奏が怒っているのか、そちらの方が気がかりだったから。


 しばらくその場に立ち尽くして考えてはみたものの、わかるはずがない。

 他人の考えなんてわかるはずがないのだ。


 そんな考え事をしている最中でも、真夏の太陽が俺を照らすのを辞めちゃくれないし、アスファルトの照り返しもキツくて汗が止まらない。



 もういいや帰ろう。どうせ明日になればいつもと同じように奏は事務所にやってくるのだから。

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