佐渡晃は求めこう1

 急勾配な坂道をえっちらほっちらと白い集団が登っていく。

 その白い集団の目指す先は腰越高校────俺と奏、そして立花が通う学校だ。


 昨日で1ヶ月以上に及ぶ夏休みも終わりを告げ、今日から登校日、学校が始まるのだ。


 もちろんその集団の中には俺も、横には立花も並んで登校している。


 おそらくどこかに奏もいるはずだ。


 奏とは藤沢駅に行ったあの日以来二日間、顔を合わせていない。

 何が気にくわなかったのか、避けられているようだった。


 まあ俺としてはそれでも別に構わないのだけど……と思いながらも自然と奏の姿を探してしまっている。


 まったく俺はどうかしてしまったのだろうか?

 一つ舌打ちをした後、なるべく奏の事を考えないように奏とは関係ない物に意識を向ける事にした。



 前を歩く白い集団からは、やれ課題が終わっていないだの、やれ学校が始まるのが憂鬱だのとボヤきの声が聞こえてきた。



 横を歩く立花も集団と同じような心持ちなのか、この世の終わりのような顔をして坂を登っている。


「まったくよー、いいよなー翔は」



「何がだ?特にお前に羨ましがられるような事なんて何もないと思うけどな」



「はーん?とぼけやがったな!?この野郎!!俺の目は節穴じゃないぞ!!」


 立花は勢い良く俺に飛び付くと、左手を首に回し軽く締め上げて来た。


「おいやめろ。なんの話だ?全く見当がつかないんだが」


 ダル絡みしてくる立花の体を引き離して軽く押す、すると立花はよろけながらもなんとか体制を立て直し続けた。


「そんな嘘をつくなんて見損なったぞ!!奏ちゃんの事だよ!!お前達付き合ってんだろ!?」


「はあ?」


 こいつは急に何を言い出すのであろうか?俺と奏が付き合っている?ありえない。


 まず俺にその気がないし、奏には佐渡晃と言う意中の相手がいるのだ。

 それは立花に話すわけにはいかないのだけど。



「またとぼけやがって、そうじゃなかったらあんな誕生日会なんて開こうとするか?そんなわけないよなー!?」


 実際の所を知らない立花は、疑いをさらに強めたようだ。


「はー、朝から疲れる事言うなよ。そんなわけないだろ」


 言いながら立花のおでこに軽くチョップを入れる。軽く小突いただけなのに立花は大袈裟に頭を押さえて痛がってみせた。


「正確な原因はよくわからないんだけどな、ここ二日間、奏に避けられているんだ」




「……避けられているまさかお前……強引に迫ったんだろ?それはいけないぞー、恋愛のいろはも知らない癖にって、いたたたた。やっやめてください」


 アイアンクローで思いっきりコメカミを締め上げてやった。


「そんなことするわけないだろ。奏がスマホを買いたいって言うから付き添いで藤沢に行ったんだよ」



「やっぱりデートしてるんじゃねえか!!っいてててててて」



「最後まで話を聞け。それでなショップでの待ち時間が暇だったから、ファミレスに行ったんだよ。お前、リョコにゃん覚えてるか?」


 立花の目線が虚空を舞う。あの日の事を思い出しているのだろう。


「リョコにゃん……?それって、あのコスプレイヤーのリョコにゃんの事か?」



「そうだ。ファミレスに行ったらリョコにゃんがバイトしてたんだよ」


「おっ!?なんだ早速浮気か。そりゃ奏ちゃんも怒る、っていててててててて」


「これ以上茶々入れてくるんなら頭握りつぶすぞ?」


 立花は苦悶の表情を浮かべながら、俺の腰辺りをタップして首を上下に振った。

 どうやらようやく理解してくれたらしい。



「リョコにゃんに奏と俺がカップルだと間違われたんだよ。おそらくそれが気にくわなかったんだろうと俺は思ってる。店を出た後に先に帰るように言われてそれから顔を合わせてない」


 言い終えると同時に、立花の頭を解放してやった。

 コメカミをさすりながら立花は言ったのだ。


「奏ちゃんがそんな事気にするかー?そんな子だとは思えないんだけどなー」



「実際気にしているんだから、そうなんだろう?まあ俺は別にそれでも良いんだけどな」



「お前がそれで良いならいいんじゃないか、でところでだ、そのファミレスってのはどこのファミレスだ……?」


 やっぱり釣れた。今までしていた会話なんてもうどうでも良い。そんな感じもする。


「あのイタリアンのファミレスだよ。藤沢駅南口の方のな」



「ん?え?あー、あそこか。ってなんか翔が簡単に教えてくれるなんて以外だな」


「まあな。リョコにゃんがお前に会いたがってたんだよ。あの時のお礼を言いたいんだと」



 言い終えて横を向くとそこに立花の姿は無かった。

 姿を探すと数歩後ろで立ち止まっていたのだ。


「翔。俺、学校なんて行ってる場合じゃないよなー?」


「急にどうした?」


「リョコにゃんが呼んでる……いや俺を求めている!!俺は行くぞ。大石には立花は欠席すると伝えておいてくれ!!」


 言うや来た道を猛スピードで立花はかけ降りていった。


「立花ー!リョコにゃんも多分今日から学校だから行っても居ないと思うぞー」


 一応後ろ姿に注意はしてあげたのだけど、この分だと聞こえていないだろう。


 ……まあアホの立花でも途中で気が付いて戻ってくるだろ……多分。知らんけど。



 立花を見送った後、気を取り直して一人で校門に向かって歩き出すと、佐渡晃が友達数人と横を走り抜けて行った。


 抜き去りざまに一度こちらを振り返って耳に何かをあてがうようなポーズをしてみせた。

 何なのか聞き返す前にスピードを緩めること無く佐渡晃は走り去ってしまった。


 それが俺に向けられていた物なのか辺りに居た人間に対する合図だったのかはわからない。

 だけどなにか物凄く嫌な予感がした。

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