奏汐音には逆らえない5

 無言で食事を終え、二杯目のコーヒーに手を伸ばした所で私服に着替えた、リョコにゃん、いや、ななせがやってきた。


 ななせの今日の私服は無地のTシャツにタイトなパンツと言うありふれた組み合わせなのだけど、高校生とは思えない、日本人ともかけ離れたそのスタイルは、見るもの全てを魅了するのではないかとすら思えた。

 その証拠に周囲のテーブルの男連中はみんな釘付けだ。

 隣の席のお兄さんは彼女に目潰しを食らっている。痛そう……



 ただでさえ魅力的なのに、先ほどまではしまわれていた艶々つやつやとした長い黒髪も今はほどかれていて、蠱惑こわく的なオーラを纏っている。



 ななせは「お待たせしました」と一言告げ。

 奏と俺の姿を交互に見て、困っているようだった。おそらくどちらの隣に座ればいいか悩んでいるのだろう。


 奏は立ち上がると、自分の座っていた席をななせに勧めた。


 そして俺の横にやってくると、「ちょっと詰めて」と俺を奥の席に追いやり、通路側の席を陣取った。


「あの……なんか、お二人でいるところにお邪魔してしまい、すいませんでした。まだお時間大丈夫ですか?」


 俺達が身構える前にななせは話し始めた。


「大丈夫だから気にすんなよ。奏……こいつとここに居るのはデートとかそういうのじゃないから、あと十五分くらいは大丈夫だ」


 むしろななせには感謝すらしていた。

 なんせ、先ほどから奏の機嫌がすこぶる悪い。

 なんで急に機嫌が悪くなったのかは、わからない。

 だけど食事中も一言も会話すること無く終始無言だったのだ。



「翔君とななせさんは、どういうご関係なんですか?」


 四十五分ぶりくらいに奏が口を開いた。

 先ほどまでの不機嫌さはどこに行ったのか、取って付けたような微笑ほほえみまで浮かべている。ちょっと怖い。



「あっはい!それはですね……、彼にはあるイベントで助けてもらったんです。恐い男の人に追い回されてしまって、でも一人だったので誰にも助けを求められなくて……大きなイベントだったので、回りに人はたくさんいたんですけど、でも、みんな見てみぬふりで……そんな時に彼が手をさしのべてくれたんです。だから本当に感謝しているんです」


 ななせは俺の方に向き直るとテーブルの端に両手をついてゆっくりと頭を下げた。


「本当にありがとうございました。あなたが居なかったらどうなっていたか……」


 奏が鼻を「ふーん」と鳴らし何度か頷くといぶかしげな視線をこちらに向けた。


 普段の奏からは考えられない、冷たい射るような視線だ。


「立花も居たけどな」


「そう立花さん!彼にもお礼が言いたいんです!彼は今日は居ないんですか?」


「あいにくだがな。あいつに会いたいのならここに来るように伝えておくよ。ななせさんが会いたいって言っていたって伝えたら、すぐにでも飛んで来るよ。あいつは」


「来てもらうのは、悪いですよ」



「いや、立花もあの後、ななせさんに会いたがっていたから、むしろ来たいんじゃないかな?」


「それだったらいいんですけど」


 ななせは困ったような笑顔を浮かべて頷いてみせた。


「イベントってどんなイベントなんですか?」


 表情はにこやかではあるのだけど、どこかとげのある言い方に感じた。


 ななせは言っていいのかと俺に目配せをしてきた。

 そこを隠す理由もない。だから俺は頷いた。


「……コスプレです」


「こすぷれ?なんですかそれ?」


 どうやら奏はコスプレを知らないようだ。

 まあ知らないのも無理はない。俺だってこの前のイベント前に調べなければ知らなかったわけだし



「コスプレって言うのは、アニメとか漫画とかのキャラクターになりきって仮装する事です」


 理解が追い付かないのか奏は首を捻り、頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいるように見えた。


 それを受けてななせが補足をする。


「最近だと、渋谷とか川崎なんかでハロウィンでやっている人もいますね!」


「あー。言われてみれば、テレビで見たことあります!!」


 ポンと手を打つと冷ややかな視線を俺に向けた。


「翔君って、ああいうの好きなの?」


「いや、俺は別に……立花が好きなんだよ」


 嘘はついていない。ごめんな立花。

 あの日なぜ、それを奏に話すわけにはいかないんだ。


「ふーん、立花君がねえ。でも翔君も一緒に行っていたんでしょう?」



「立花に無理に頼まれたんだよ」


「ふーん」


 奏は何に納得がいかないのか、唇を尖らせてジュースに刺さったストローをカミカミしている。



「えっと……そろそろお時間ではないですか?」



 ななせにそう言われてスマホを取り出して時間を見ると十四時丁度を示していた。


「本当だ。じゃあ奏、そろそろ行くか?」


 そう奏に促して、支払い伝票を手に取ろうとするとななせにさらりと奪われた。


「お礼には全然足りないと思いますが、ここはご馳走させてください」



「いや、そういう訳にも」


 そう言って伝票を取り返そうとするも、ななせはイタズラに笑うと少し急ぎ足でバックヤードに入っていってしまった。


 そして顔だけをこちらに出してこう言った。

「またのご来店お待ちしています。────もちろん奏さんと立花くんも!」


 ご馳走になる、他に選択の余地はないようだ。


「……わかった。また来るよ。今日はありがとうな」


 俺の返事を聞き終えると、ななせは笑顔のままバックヤードに姿を消した。


 奏はと言えば、俺達のやり取りを気にかけること無く、ずっとストローをカミカミしている。


「ほら奏、もう出るぞ。時間だ」


「……うん」


 そう返事はしたものの、どうも納得は行っていないようであった。

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