奏汐音には逆らえない4
三十分程で機種の選定を終え、時間をもて余した奏と俺は、店員のお姉さんに外出する旨を伝へ人の溢れる藤沢の町へ繰り出していた。
めんどくさいけど待ち合い席が空いてなかったんだから仕方ない。
当然、普段来ることのないこの町では、行く宛はなくフラフラと町をさ迷っている。
「ねえ翔君。疲れない?」
「疲れたよ、先に帰ってていいか?」
「それはダメ……。不安だから最後まで居て……ね?」
伏し目がちにそんな事を言われたら、無下に断れる程、俺は人でなしではなかった。
たとえそれが、奏の演技なのだとしても。
「……わかったよ」
スマホを取り出して時間を確認するとまだ十三時、予定の時間まではまだ一時間強ある。
これ以上この暑さの中歩き回るのは
ぐうーとどこかでお腹が鳴ったような音がした。
恥ずかしそうにお腹をおさえる奏は、俺からゆっくりと目を逸らした。もう良い時間だもんな。
「時間的にもちょうどいいし、飯にするか」
俺とは目を合わせることなく、明後日の方向を向いたまま奏は頷いた。
「……うん」
奏にお店は任せると言われ、俺がチョイスしたのは、学生の財布にも優しい、某格安ファミレスチェーン店だ。
その上、ここならたとえ会話に困る事があったとしても、メニューの裏に描かれている間違い探しをする事で安易に時間を潰せる。
あまり積極的に人と絡みたくない俺からしたらなんとありがたい事か。
扉を開けて中に入ると、元気よく店員さんに迎え入れられた。
何名かと聞かれピースサインを作って二名だと言うことを伝えると、昼時を過ぎている事もあってか、すぐに四人掛のテーブル席に通された。
奏が先に座ってその正面に俺も腰をおろした。
「あー、涼しいー」
と、奏はテーブルに突っ伏すと胸元をバサバサとやりながら目を細めた。
決して大きいと言うわけでは無い。しかし、今日の奏の服装は胸元のとても緩い物だった。
だからチラチラとなにか肩の所にヒモ状の物が見えたり見えなかったりしている。
そんなもんで目のやり場に困った俺は、四方に視線を散らしていた。
最初、奏は気がつく様子もなく
「今日も暑いねー」とか「何食べようかなー」と呑気に言ったりしていたのだけど、目も合わせないで曖昧な返事を繰り返していた俺を不振に思ったのだろう。
自分の胸元の異常に気がついた様で顔を紅潮させると一言「ごめん……」と呟いて姿勢を正してしまった。
微妙な空気になってしまったところで、メニュー表を取り出して奏に渡してやった。
意識しだしたら胸元が気になるのだろうかメニュー表を立てて、こちらからは見えないようにして選んでいる。
まあ別に良いんどけど、それやられると余計に気になる。
俺は俺で別にメニューを開いて選んでいるのだけど、自然と奏の方に目が吸い寄せられてしまう。
そのせいで何を注文するか決められずにいると、俺に確認を取ることもなく奏は呼び出しボタンを押した。
直後、ピンポーンと言う音が店内に響き渡り店員さんがすぐにやってきた。
おのれ奏……
「ご注文はお決まりですか?」
「えっとー、アーリオオーリオで、あとドリンクバーもお願いします。翔君は?」
絶対に俺の注文が決まっていない事を知っているのに、奏はそんな事を言ってきた。
あわててページを繰る。
しかしそんな簡単には決められない。かくなるうえは……
「同じやつで」
「はいかしこまりました。ご注文を繰り返します
アーリオオーリオお二つと、ドリンクバーがお二つですね」
はいと返事をするために店員さんの方に顔を向けて俺は固まった。
いや店員さんも固まっていた。
「……あっあれ!?あの時助けてくれた方ですよね!?」
整った顔立ちで大人っぽい雰囲気の女の子。
健康的な長い黒髪は、帽子の中にしまわれているのか帽子がモッコリとしている。
「あれ?リョコにゃん……だよな?こんなところでなにしてんの?」
リョコにゃんは慌てた様子で口をわななかせると俺の口を両手でふさいできた。
「あっあの!!外ではリョコにゃんはやめてください!!バイトです」
わかったと二度頷いてリョコにゃんの手をどけさせると、胸元に付けられた名札を確認した。
平仮名で『ななせ』と書かれていた。
「ななせさんで良い?」
リョコにゃんは、首肯して答える。そして続けた。
「あの、ちゃんとお礼を言いたかったんです!まさかこんな形でまた会えるなんて!あと三十分でバイトあがりなんですけど、席ご一緒しても良いですか?……あっでも、彼女さんもご一緒じゃ悪いですよね」
「彼女じゃないから」
「え?そうなんですか」
俺1人では決められる事ではないからと奏の方に目をやると、口元に手を当て、何事か考えている様子だ。
「奏、聞いてるか?ななせさんもこの席に座って良いかって?」
「ん?あー別に良いんじゃない」
「だそうです」
「よかった!!じゃたまた後程、来させていただきますね。失礼しました!!」
言うやリョコにゃんはピョコピョコと跳び跳ねるようにバックヤードにひっこんでいった。
あの人、容姿は大人っぽいのに仕草は子どもっぽいな。
なんて思案しながらその姿を見送る。
そして、奏の方に視線を戻すとまだ聞き取れない声の大きさでぶつぶつと何事かを言っているようだった。
「奏?」
「ん?なに?」
いつもより少し低いトーンの冷たい声色で奏は返事をした。
「お前、どうかしたのか?」
「別にー、なんでもなーい」
「そうか」
言って俺はキッズ用メニューを手に取ると裏返して間違い探しに没頭する事にした。
何が気にくわないのかはわからないが、触らぬ神に祟りなしだ。
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