真夏の祭典とコスプレイヤー4

 超満員の電車に揺られる事約二時間、ようやく目的地にたどり着く事ができた。


 正対する眼前には、三角形を逆さまにしたような巨大な物体が四つの柱で支えらるように宙に浮いている。



「おーい翔!!スゲーな!!デケーな!!それに人もスゲー!!」


 その三角形の建築物を背にして、階段上からこちらを見下ろすように立花が驚嘆の表情を浮かべていた。


 立花はずっとこんな感じのハイテンションで、二時間もこれに付き合っていた俺は、これから仕事があると言うのにも関わらず、すっかり疲れきっていた。


 その仕事と言うのも聞いた話しだと、とても大変そうだったのに……先が思いやられる。


 今回の仕事内容______それはヲタクの祭典での買い物だ。

 ここまで言えばわかる人も多いだろうけど、今目の前に鎮座している逆三角形は東京都にあるイベント会場、ビックサイトなのだ。


 ゆっくりと階段を昇る俺に、立花は早くしろと頭の上で手をくるくると回しながら「巻きでー」なんて言っているが、そんな言葉をどこで覚えて来たのだろうか?


 大方アホの立花だからYouTuberにでも影響されたに違いない。



 立花に急かされ、ヘーコラヘーコラとようやく階段を昇り終えて顔を上げて驚愕した。

 右を見渡しても左を見渡してもヒトヒトヒトである。


 もう入場は始まっている時間のはずなのだけど、形成された列は進む様子がない。この時間に来ればスムーズに入れるものだとばかり思っていたのだが、現実はそうもいかないらしい。


 仕方なしに立花を伴って列の最後尾に並ぶと、今日の作戦会議を始めた。


「いいか?立花良く聞け。お前は西館と言う所にある企業ブースってのに行って、このリストにある物を買えるだけ買ってきてくれ」


 リストの書かれたメモと現金を立花に手渡しながら続ける。


「それでな、中では携帯が繋がりにくくなる事があるらしい。だから買い物が終わったらあそこに見えるファミマの前で待ち合わせな」


 立花は既に俺の話を聞いていない様子だ。

 俺達の立っている通路の横に併設されているコスプレ広場。そちらに目を奪われているようだった。

 その中でも特に肌色の露出の多いお姉さんに釘付けのようで。


「立花?聞いてんのか!?あくまでこれはバイトだ。仕事なんだ。そこを忘れんなよ?」


「だーいじょうぶっ!ちゃーんと聞いてっからー、これ買ってくればいいんだろう?」


 そう言いながら俺の渡したメモをヒラヒラとはためかせた。


「本当にわかってるか?」



「にしてもさー、佐渡先輩にこんな趣味があるなんてよー、意外だったよなー」


 さして興味もなさそうに待機列の先の方を眺めながら立花は言った。


「いいか?それは絶対に誰にも言うなよ。口を滑らせてしまった俺も悪いが、守秘義務もあるんだ」


 そう、今回のこの仕事の依頼者は事もあろうに佐渡晃なのである。


 東浜に呼び出されたかと思えば、会って早々

「ちょっと君に買い物を頼みたいんだ。何でも屋なんだろう?」と彼は切り出した。


 そして話を聞いていくうちに、このヲタクの祭典での買い物だと言う事がわかった。

 受ける受けないに関わらず、こういう趣味がある事を口外しないで欲しいとも言われたのだが、立花には口を滑らせてしまった……



 普段なら仕事の話は迷わず断わるのだけれど、大和さんにも内緒で受ける事にしたのだ。


 少し矛盾した感情ではあるけど、後々に奏の為になればなーという思いからのものである。


「だーいじょうぶだって!俺が口滑らせたところ見たことあるか?」


 指をピストル状にして、それを俺のおでこに向けて立花は言った。


「あるな」


「言うよねー」


「はあ……」


 この通り俺と立花は噛み合わない。

 でも、だからこそ今回彼に声を掛けた理由でもあるのだ。

 なんせ彼に何があろうと俺の心は痛まないのだから。


「そーんなため息つくなよー。幸せが逃げちゃうぞ?」


 そんなやり取りをしていたら、列が少しずつ動き出した。

 立花は少しづつ遠ざかっていくコスプレ広場を名残惜しそうに眺めていた。そしてこう言った。


「あのさ、待ち合わせ場所、やっぱり防災公園にしないか?」


「それはべつに良いけど、それはどこにあるんだ?」


「あっちかなー?」




「……海水浴でもしていくつもりか?」


 自信なさげに立花が指差した方角は東京湾だった。


「そうか、じゃああっち」


 その逆を指差す。


「あのな……そっちも海だ。まあいい、防災公園ってのに行けば良いんだな」


「そういうことー」


 満足気に音の鳴らない指パッチンをして、立花はカッコ付けてみせた。


「はあ……、じゃあ不安だけど宜しく頼んだぞ」


 気がつけば列は進み、入り口のゲートの中まで侵入していた。

 もう少し反論したい所だったが、そうもいかない。

 ここで立花は右に、俺は直進ルートと分かれる必要があるからだ。


 あいあいさーと立花は右に折れると人混みの中に消えていった。

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