真夏の祭典とコスプレイヤー5
脱力感を抱きつつ会場を後にする。
右手にぶら下がった、女性キャラが描かれた紙袋には、十分な重さは認められない。
「はあ、予定してたものの半分も買えなかった……」
仕事としては失敗の部類である。佐渡晃から、ある程度買えれば合格点と言われていたが、これは合格点に届いているのだろうか?
どうしても確保しろと言われた、聞いたことも無い、美少女が出てくるようなアニメの薄い本と、紙袋はなんとかゲットしたのだから許して欲しい所だ。
「はあ」
ため息を付きながら、芝生の上に腰をおろした。
ここは防災公園。
立花と待ち合わせをした場所だ。
周囲を見渡して見ても立花の姿はない。電話もかけてみたが立花のスマホはあいにく圏外。だいぶ前に送ったメッセージにすら既読がついていない。
合流するにはここで待つほか無いだろう。
にしても、ここに居たら俺は全く目立たない。
なぜならば、周囲にはいろんな装いをした人達がたくさん居るからだ。
戦隊もののコスプレから女児向けのアニメのコスプレがいたかと思えば、旧日本軍の司令官のような格好をした人もいる。
極めつけは、
立花が朝、見惚れていたようなコスプレイヤー達も多数いるのだ。
あいつがここを待ち合わせに指定した理由がよく分かる。
なんとなく、ボーッとコスプレイヤーの集団を眺めていると、朝見かけた会場入口横のコスプレ広場とは少し雰囲気が違う事に気がついた。
コスプレ広場では、その場所に留まって写真撮影に応じているのに対して、この防災公園では、コスプレイヤー達は流動的に動き、コスプレイヤー同士で交流をメインにしているように見えた。
その中に、一段と目を引く女性がいた。かなり顔立ちは整っていてスタイルも抜群だ。なんのキャラかはわからないが、何かしらのコスプレをしているようだ。
腰まである黒髪をなびかせながら、早足で俺の前を通り過ぎていった。
なんとなく目で追っていると、その女性の動きはかなり不可解な物だった。
談笑している複数人のグループの真ん中を突っ切って見たり、急に横に曲がったと思ったらまたくるりと曲がってみたりと。
少し変わった人なのかな、となんとなしに視界に収めていると、女性が俺に視線を定め、険しい顔でまっすぐにこちらに向かって来たのだ。
あー、見すぎちゃったかな。
見てた俺が悪いんだ、どんな罵詈雑言でも受け止めよう。
そう覚悟を決めて立ち上がる。
しかし、女性は頭を下げようとした俺の横を通り過ぎると、背後に回り込んで俺の肩を両手でガッツリと押さえ込むと、こう言ったのだ。
「お願いです。助けてください」
「えっ、何からですか?」
彼女は何も答えなかったが、どんな精神状態なのか、俺の肩を掴む両手が教えてくれた。
ガタガタと震えていた。
「リョコにゃん!!リョコにゃん!!もう一枚!!もう一枚だけ撮らせてよ!!」
女性が助けを求めてきた方向から声をかけてきたのは、高価そうなカメラを首からぶら下げたおじさんだった。
おじさんの目には俺が映っていないようで、おじさんの視線は俺の背後の美しい女性だけを見ている。
どうやらリョコにゃんってのは、俺の背後に隠れている女性の呼び名のようだ。
背後で彼女が囁いた。
「この人……スカートの中を撮ろうとしてくるんです。最初は笑ってごまかしていたんですけど怖くなっちゃって……」
なるほど。そういう事か。それであんな変則的な動きをしていたのか。
ここで知らないと立ち去る事もできる。
だけど華奢な体を震わせて怯えている女性を置いて立ち去るなんて事は、俺にはとても出来なかった。
「嫌がってるんで、やめてあげて貰えませんかね?」
「なんだよお前は!?俺はリョコにゃんに聞いているんだ!!」
おじさんは右足を何度か地面に激しく打ち付け、こちらを威嚇するように声を荒げた。
背後の女性は、それを受けてビクッと体を震わせると、俺にしがみつく。なにやら柔らかい感触が背中に感じられたが、今はそんなことを気にしている場合じゃないだろう。
「いやいや、こんなに怯えちゃってるからさ。悪いけど諦めてくれない?」
「うるさい!どけよ!!」
おじさんは俺に左腕を突き出し、突き飛ばしにかかってきた。
身構えていなかった俺は、しがみついていた女性もろとも一緒に吹っ飛ばされて右肩から地面に叩きつけられた。
「いてててて……大丈夫?」
返事はなかった。
起き上がり振り返って女の子の方を見てみると、自らの両手で両肩を抱え青白い顔でしゃがみこんでいた。
「リョコにゃん!いいねーそのポーズ!」
おじさんはカメラを構えると容赦なくシャッターを切った。
「おい!おっさんいい加減にしろよ!」
とても腹が立った。
何に腹が立ったのかは良くわからなかったのだけれど、気がつけば俺は撮影に夢中になっているおじさんを両手で突き飛ばしていた。
「ひっひいぃぃぃ!!痛い痛い痛い」
受け身もとれず顔から地面に着地したおじさんは、地団駄を踏むように地面をバタバタと蹴って悶えていた。
少し悪い気もするが、これはチャンスだ。
「さあ、行こう」
女性から返事はないが、震える華奢な手を握り、紙袋も拾い上げ、無理やりその場から連れ出した。
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