真夏の祭典とコスプレイヤー3

 佐渡晃が帰った後、奏には佐渡晃が来たことは話さなかった。


 佐渡晃との仲を取り持つなんて俺は一言も言っていないし、了承もしていないのだから、別に否はないと思いたい。


 何も知らない奏は、一人でさくらの散歩の仕事に出かけて行った。


 罪悪感を感じていないと言えば嘘になるけど、なんとなく、本当になんとなく奏には話さなかったのだ。


 しかし、ありさの兄が佐渡晃だという事実。

 俺が手をくださずとも、顔見知りになるのは時間の問題だろう。

 まして、佐渡晃側からも奏を認識しているような素振りを見せていたのだから、既に顔見知りだと言ってもさしつかえないだろう。


 そうだ。俺が居なくたって近いうちに奏と佐渡兄がは知り合うのだ。


 そんな事を考えると胸の辺りがモヤモヤするのは何故だろう?


 立花でも来ないかな?誰かと話でもしていれば、少しは気持ちも晴れそうなものなのに。

 まああいつはタイミングだけはかなり悪い男だ。

 今日はきっと来ないだろう。


「あーモヤモヤする」


 ベッドと壁の隙間に入り、警戒態勢を見せるはあちゃんのルビーのような瞳のだけが俺を見ていた。


「なあ、なんでだと思う?」


「シャー!!」


 帰ってきたのは返事ではなく威嚇。奏の代弁でもしているような返答だった。



 はあちゃんから視線を逸らし、夕日が沈みつつある空を見上げた。


 この子が俺になつく日はやってくるのだろうか?


 なんて事を考えながらケツポケットになんとなしに触れてみると、カサカサと何かが入っているような感触がした。


 コンビニやらで買い物をした時に、レシートでもしまっただろうかと思いつつ取り出して見ると、四つ折りにされた紙がメモ帳の切れ端のような物が出てきた。


「ああ。さっき渡されたやつか」


 二時間ほど前、佐渡晃が我が家におとずれた時に置いていった紙切れだ。


 たしか、誰も居ない時に見てくれとか言ってたよな。


 奏は出かけたし、大和さんは事務所。

 はあちゃんは……ノーカンだよな。 




 念を押すように一人の時に開くように、と繰り返し言っていた佐渡晃の姿を思い出しながら、メモを開いてみると、中には簡単に三行だけ文章とも呼べない文字列が並んでいた。


『今日夕方、東浜にて待つ

 佐渡 晃

 070-____-____』

 丁寧に電話番号付きだった。


 ちょっと待て。今日って今日だよな?しかも夕方って……今じゃないか!


 行かないっていう手もあるが、高校の人気者の先輩の呼び出しに応じないとなると、今後の高校生活に影響しそうだ。

 それに後ろめたさもある。


「しゃーない行くか。はあちゃん。お留守番宜しく」


 簡単に身支度を済ませてすぐに部屋を飛び出した。


 階下に降りて事務所を横切ろうとした時、大和さんが声を荒げていた。


「いいか!?もう二度と電話してこないでくれ!」


 ちょうど電話を叩きつけるように切った所だったようだけど、電話を切った後も受話器をずっと睨み付けていた。


 こんな大和さんの姿を見るのは初めてだった。


 だから驚いて声を掛けるべきか、どうか躊躇ちゅうちょしてしまった。


 しばらく黙って大和さんの後ろ姿を見ていると、大和さんの方が俺に気がついて先に声を掛けてきた。


「出掛けるのかい?」


 電話をしていた時とはまるで別人。

 いつもの優しい大和さんだった。

 でも、なにかが違うような気がする。

 何が違うのか?と聞かれると決して答える事は出来ない程の誤差、違和感なのだけど。


「あー、はい。さっき来た佐渡先輩に呼び出されたので、東浜まで」


「そうか、気をつけて行ってこいよ」


「あの大和さん」


「なんだい?」


「いえ、なんでもないです。行ってきます」


「おう」


 やはりいつもと何かが違う。

 何かあったんですか?その一言が聞けなかった。

 聞いてはいけない気がした。

 聞けば何かが変わってしまいそうな気がしたから。


 そのまま引戸に手を掛けると振り返らずに東浜を目指して、俺はひたすら走った。




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