奏汐音と猫6
さらにその奥に目を向けると、くっきりと富士山の姿も確認できた。
昨日、一日降り続いていた雨は嘘のようにあがり、雲一つない晴天だった。
それにくらべて肩を並べて歩く奏汐音の表情は、雲っている。
むしろ雨模様といっても相違ない程に。
「ねえ翔君。本当に大丈夫なの?」
奏が不安げな事を言うのは理解できる。
周囲には観光客が溢れていて、臆病なはあちゃんは隠れてしまうのではないか、と顔に書いてある。
「いや、大丈夫だよ。むしろ好都合だ」
自信満々にそう答えた。
それを証明するかのように、弁天橋に並走する形で架かる江ノ島大橋には、多数のツーリング客の姿が散見できる。
ありさから、はあちゃんが居なくなったのは日曜日だと聞いた。
聖天島公園周辺の道路には、毎週休日になると多数のバイク乗り達が集まる。
さくらの散歩をしているから、いつも決まった時間に毎週通りかかる。
同じバイクが停まっているのを何度か見かけていた。カッコいいカスタムだなと思っていつも眺めていたから、同じ車種の違うバイクだと言う事はない。
つまり、それが示すのはリピーターが多いと言う事。
となれば、はあちゃんが連れ去られたか、どちらかへ立ち去ってしまったのか、誰かには目撃されている可能性が高いのではないかと考えたのだ。
冴えない表情の奏を引き連れて、聖天島公園へ辿り着くと、俺の思わく通りあちらこちらにライダー達の姿を見ることができた。
ここまで来てようやく奏もその事に気がついたようで、目を丸くしてこの光景を眺めている。
「みんながみんな先週の日曜日も来ていたとは限らないけど、むやみやたらに適当に話しかけるよりは効率良さそうだろ?」
「うん!!そうだね」
「じゃあ、俺はヨットハーバー側の人達に声をかけてくるから、奏は公園側を頼む」
「うん!!了解!!」
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思っていたよりもあっさりと目撃者は見つかった。
人の良さそうな、四十代くらいのアメリカン乗りのおっちゃんだった。
「最近見るようになった黒猫だろ?覚えてるよ。俺は猫が好きだからな!ここの公園でいつも猫を眺めているんだ」
「本当にこの黒猫で間違いないですか?」
あくまでも写真ではない。俺の描いた絵なのだけど、奏はビラをおっちゃんに手渡して再度確認をした。
なんか気恥ずかしさを感じる。
おっちゃんはほんの一瞬ビラに視線を落とし、すぐにこちらに向き直る。
「ああ、間違いないと思うよ。確かにここにハート型みたいな模様があった。印象的だったからよく覚えているよ」
奏は俺の方に目線だけを向けると小声で『翔君』と言って微笑んだ。それに頷きを返す。
そして奏はすぐにおっちゃんの方に視線を戻すと、再度質問をした。
「私達、この黒猫を探しているんです。最後に見た時はどんな様子でしたか?」
「うーん、他の体の大きい猫に虐められていたな。あいつは新入りだったから、追いかけ回されたり威嚇をされたりしていたよ。猫ってのは可愛い見た目とは裏腹に縄張り意識の強い生き物だからな」
俺達が聞いた事以上に、豆知識も披露しておっちゃんは得意気だ。
「どこに行ったか、わかりませんか?」
「んー……それはちょっと俺にはわからないな。まてよ……そうだ!!俺は知らないけどな、その猫の居場所を知っているかもしれない人に心当たりがある」
「本当ですか!?どこのどなたですか?」
「そんなに慌てなくても、夕方くらいになればこの公園にやって来るさ」
おっちゃんは一度左手に巻かれた時計に目を向けてから言ったのだ。
「四時半くらいにまたここに来るといい」と
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