奏汐音と猫5
奏が捜索状を配りに行ってから二日立っても、事務所の電話がなることは無かった。
事務所の電話がならないと言う事は、ここ二日間で新規の仕事依頼が無いことと、ありさの友達である、はあちゃんの目撃情報が無かったと言う事になる。
「はあ……」
奏は固定電話の前に座り、消沈気味にため息を付いた。
俺も微力ながら
奏の気分を現すかのように、今日は朝から大雨が降っている、外での捜索は敵わないだろう。
「よしっ!」
奏は唐突に気合を入れるような声を出すと、自らの頬を叩き、立ち上がる。
「……どうした?」
「やっぱりじっとしていられないの。だからちょっと探しに行ってこようかなと」
「やめとけよ」
今日は風も強く、夏の嵐といった感じの天気なのだ。江ノ島に捜索に行くなら、まして、はあちゃんを探しに行こうとするなら、海岸線沿いの捜索は避けられないだろう。それは危険だ。
そんな事は奏にもわかっているはずなのに、それでも奏は捜索に向かおうとする。
自分だけは大丈夫。そんなバイアスがかかっているだけかもしれないが、一応バイト上の上司に当たる俺には止める義務がある。
「やめとけ。嵐の海は危ないぞ」
「そんなのわかってるよ。でも……行かなきゃ!今だって一人寂しくしているかもしれないのに」
嵐の海は危険。そう理解していても捜索に向かう。そう宣言した。
しかし、まだはあちゃんが近場にいるとも限らない。
「あのさ、こんな事あんまり言いたくなかったんだけど────」
大和さんから聞いた事があった。
俺がこの町にやってくる以前の話にはなるが、猫の連れ去り事件が横行していたと。
連れ去られた後、その猫がどのような処遇を受けたのかまでは知らない、だけど、嫌な予想を想起させる。
なるだけ噛み砕いて、優しい表現を使い奏に連れ去り事件を説明すると、それはないと奏は否定する。
「はあちゃんはありさちゃんと同じで、とても臆病な性格みたいなの。特に大人が近づくと怯えて逃げるみたい。だから連れ去られたってのはないと思う」
捕獲しようと思ったら、近づく以外にも、他に方法はありそうなものだが、奏にその可能性は見えていないのだろうか。
奏の目を直視する。その瞳の奥の奥。感情を読み取ろうと深淵を覗き込む。
「はあ……それだったら、俺にいい案があるんだ」
「案?どんな?」
「いくつか条件が必要になるんだけど、目撃情報を得るためだったら、それが最善だと思う」
俺の案を実現するための条件────それは晴れている事、社会人が休日であることの二点。
そのどちらもが今日は満たしていない。しかし、明日は土曜日で天気予報も今日とは一転、関東地方は晴れ渡り厳しい暑さになるとお天気おねえさんが言っていた。
「どんな作戦なの?」
「それは明日になってのお楽しみってことで」
「えー教えてよ」
そこで俺は口を
「ちょっと翔君!」
「とりあえず今日は大人しくしとけ」
「むー」
納得はしていないが、理解はしてくれたのか様子で、奏は椅子に座り直し、固定電話とにらめっこを始めた。
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