奏汐音と猫4
少女から詳しい情報を聞き出してから公園で別れた。少女の名は、ありさちゃんと言うらしい。
奏が家まで送って行こうとしたのだけれど、ありさはそれを拒否した。
何やら迎えが来るとの事で、そのまま放置する事もできず、奏と俺とありさの三人で待っていた。
しばらくすると、ありさは何かを見つけたように走り出した。公園の出口付近に、遠くからでもわかるほど、やたらスタイルのよい麦わら帽子の女性が立ち、ありさに手を振っていた。
ここで変に声をかけてもありさが怒られるかもしれないと、俺と奏はありさと女性の姿が見えなくなるまでただただ見送った。
その間ずっとありさは振り返り、振り返り、奏に手を振っていた。
そして事務所に帰ってきた今、奏は三十二色の色鉛筆とコピー用紙をテーブルの上に広げ、悩ましげにムーと声を上げていた。
コピー用紙上に描き出された、猫と呼ぶには一歩も二歩も足りない落書きは、退屈そうに大あくびをしていた。
「その猫?随分と口でかいな」
「ちょっと疑問形で言わないで!それにこれ!口じゃないし!」
口じゃないのか。だったら黒い体の中にぽっかりと空いているその空白は何なのか?
「だったらそれは?」
謎の空白を指さして質問をすると奏は不満げに頬を膨らませながら言った。
「模様だよ!ありさちゃんが言ってたでしょ胸の所にハート型の模様があるって」
「そうだっけか」
ありさから話を聞き出したのは全て奏だ。俺はただその横に立っていただけ。
「そうだよ。名前の由来にもなっている、ハート型の模様がこう胸の所にあるって」
胸の前にハートマークを作り、こんな模様があるのだと奏は主張する。
「ふーん。こんな感じが?」
奏によって俺の前にも配られていた、コピー用紙にスラスラと黒猫を描く。胸元のハート柄の所だけは塗りつぶさないように。
「えっ!?翔君絵めちゃくちゃ上手じゃない?」
「一言も下手とは言ってないだろ」
決して得意だとは言わない。一般的、平均的に見れば普通の人より少し上手い程度。部はわきまえている。
「むー」
自らが描き出した、猫?と俺が描いた猫とを交互に見比べ、自分が書いた方をクシクシャに丸めてから、奏は続けて言った。
「尻尾は短くて、なんか横にちょこんと曲がっているんだって」
あー、幸運の鍵しっぽってやつだな。
だったら正面から描いたこの猫の絵に付け足す猶予はないな。
絵の横に注釈をつけて説明文を付けて丸で囲み、想像しうる鍵しっぽを付け足してやった。
「ほらよ。あとの文章は奏が考えろよ」
言いながら奏の前にコピー用紙を滑らせる。
それを受け取り、奏は頷くと、縁のデコレーションを始めた。
「あんまり見づらくするなよ。他にもまだ書かなきゃいけない事があるだろ」
「他って何を書けばいいの?」
「何って、どこで居なくなったのか、大きさ、どんな性格なのか、あとは連絡先だな」
奏は何故か俺にジト目を向ける。
「なんか翔君やたら詳しくない?」
「たまにそういう依頼も来るからな」
「なるほど」
納得したのか、奏はコピー用紙に再度視線を落とす。
しかし、しばらくすると大きな声を上げた。
「あっ!!」
「今度はどうしたよ?」
「連絡先、どこにすればいいんだろう?」
「責任者は奏なんだろう?奏の携帯番号でも書いておけよ」
奏は逡巡するように首を横に振る。
こいつこの期に及んで個人情報を晒したくないとか言い出す訳じゃあるまいな。
「私、スマホ持ってないの」
「ふーん。そうなのか……」
それならば仕方がないか。それにしても今どきスマホを持っていないというのは珍しいな。
「ここの事務所の番号書いとけよ。大和さんには俺から伝えておく」
「うん。ありがとう!」
屈託のない笑顔を浮かべ、奏は首肯する。
まったく、こいつは……
「書き上がったら一部こっちにもくれよ」
「どうして?」
「入口の所に貼っておいてやる」
「ありがとう」
その後、奏ははあちゃんの捜索状を作り終えると、回るをキョロキョロと見回した。
「どうしたよ?」
「コピーってできる?」
「ああ。ちょっと貸してみな」
奏から捜索状を受け取り、大和さんのパソコンを使い、三十部程刷ってやった。事務所に貼る用の一部だけ取り除いてそれを奏に渡してやる。
「足りなかったらまた言ってくれ」
「うん。ありがとう!」
そう元気よく、返事をすると奏は力を込めるように立ち上がった。
「ちょっと待て。これも持っていけ。店先なんかにも頼むつもりなんだろう?」
B4の紙がすっぽりと収まるビニールの袋と養生テープ。外に貼らせて貰うなら必須なアイテムだ。
「さすが、翔君、用意周到だね」
「俺も一緒に行こうか?」
「ううん。それは、大丈夫」
俺達が帰ってきた時にほテーブルの上に置かれていた置き手紙を指差す。
差出人は大和さんからで、本当かどうかわからないが用事があるからお留守番よろしくとの事。
用事とか言っておいて、サーフィンに行っているに違いないと、確信めいた物があるがそれは口に出さないでおく。
「じゃあ行ってきます」
言って奏は事務所を飛び出して行った。
一部だけ取り除いていた捜索状を手に取り、奏に続いて事務所の外に出ると、すでにその姿は見えなくなっていた。
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