奏汐音と猫7

 気のいいおっちゃんとの待ち合わせに三十分ほど早い十六時丁度。


 奏と俺は公園近くの自販機前でありさにカフェオレをご馳走していた。


 どうやらありさも一人ではあちゃんを探しに来ていたようで、待ち合わせをしていたわけでもないのにバッタリと出くわしたかっこうだ。


 ありさは缶の栓を開けるのが苦手な様子で、「んー」と唸りながら、なんどもカチャカチャとやっても開けられずにいた。


 それを見かねた奏が「ちょっと貸してごらん」

 と缶をありさから受けとると、カシャッっという音を鳴らして簡単に栓を開けてみせた。


 それを横から見ていたありさは「おーっ」と感嘆の声をあげる。

 ありさから見た奏は、ヒーローみたいに見えているに違いない。


 渡されたカフェオレを一口、二口飲んだところで思い出したようにありさは奏に質問をした。


「……はあちゃんいた?」



 奏は答えづらそうに、しかし、ありさから視線を逸らすことなく答えた。


「ごめんね。まだ見つけられていないんの……」


 それを聞いたありさは「そっかぁ」と沈んだ表情を見せた。

 なんとも言えない気持ちにさせられる。




「でもね、これからはあちゃんがどこにいっちゃたのかしってるかもしれないひとにあうんだよ」



「えっ!?ほんとう!?」

 


「本当だよ」


 奏はニコニコと優しい表情を浮かべてありさの頭を撫でた。

 こいつこんな顔もできるんだな。


「ありさもいっしょにいってもいい?」


「それは……」


 奏は自分一人では決められないと俺の方に視線を向けて来た。

 俺達がはあちゃんを探す事になったのは、元々ありさが探していたからだ。であれば、ありさが同行するのは正しい事だと思えた。

 声には出さず、首肯だけで答えてやると、奏は声のトーンを上げて答えた。


 

「うん、いいよ。じゃあ、ありさちゃんもいっしょにいこうか」


「うん!!」


 ありさは、はあちゃん探しに進展があったことが余程嬉しかったのか元気いっぱいに返事をした。


 _____________________________________


 おっちゃんは約束の五分前にやってきた。どうやらこの辺りをひとっ走りしてきたようだった。


「やっぱり走るのはこの時期が一番気持ちがいいな」と、おっちゃんは、半帽のヘルメットを被ったままやって来た。


「あの……」


「ああ、悪い悪い。黒猫だったよな」


 おっちゃんは公園内をキョロキョロと見渡す。


「おっ、いたいた。ほら、あそこにいる女の人」

 と指をさす。


 奏はおっちゃんが何を言いたいのかと首を傾げていると、補足するようにおっちゃんは続けた。


「あの人はいつもこのくらいの時間に、ここいらの猫の世話をしているんだ。だいたいどこにどの猫がいるかってのも把握していると思うぞ。あの人に聞いて見るといいよ」


 そう言っておっちゃんは親指を立てニカッと笑って見せた。



「助かりました!!ありがとうございます」


 奏は頭をさげると、流れるような動作で身を翻し、早足で女性の元へと向かって行く。

 その後をテトテトとありさも付いていく。続いて俺も。


 女性の前に立つと、奏は躊躇することなく女性に声をかけた。


「すいません。ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」


 気のいいおっちゃんより少し年配に見える女性が、はてとこちらに顔を向ける。

 奏は言うより見てもらう方が早いと思ったのだろう、例のビラを女性に手渡した。

 俺と奏が制作した、はあちゃん捜索ビラである。


 それを見た女性がすぐに「ああ、くろちゃんね」と反応を示した。


 その反応を見て、奏は少しは安堵したようで表情が柔らかな物になる。

 左手でぎゅっと握りこんでいたスカートのしわのより具合も、弛んだように見える。


「あの、この猫ちゃんが今どこにいるかわかりませんか?」


「あなた、くろちゃんの飼い主さん?」


「それは……」


 奏は答えられない。

 この女性の言わんとしている事をニュアンスで感じ取ったのだろう。

 奏同様に、俺も何も答えることはできなかった。


「はあちゃんは、はあちゃんはわたしのおともだちなの!」


 ずっと奏の後ろに隠れていたありさがすっと顔を出しとそう答えた。

 幼子なりの必死さが伝わってくる。


「そうなの?くろちゃん、かわいいわよね」

 と、ありさには女性は笑顔を向けた。そして俺と奏の方に向き直りこう言った。


「探し出してどうするつもりなのかしら?」


「それはこの子と______ありさちゃんと約束をしたんです!!居なくなったお友達を探し出してあげるって!!」



「……そういうのは猫にとっては迷惑になるものなのよ。自由気ままに生きている彼等にとってわね」


 少し冷たい言い方にも聞こえるが、この女性の言いたい事も理解はできた。

 猫の事を思っている、考えている、離開している、そう思えた。俺達が探し出したところで、結局は責任を負えないのだ。


 しばらく沈黙があって、ここは黙って引き下がる他ないと俺は理解した。


 他に手段を考えなければならないと、だから俺は「奏、ここは……」と声をかけて背中に軽く触れた。しかし奏は動かない。


「わかりました……教えて頂けたのなら、責任を持ってうちで飼います。だから、教えていただけませんか?お願いします!」


 そう言って奏は深く深く頭を下げたのだ。


「しますっ!」


 それに続いてありさまでもが深く頭を下げた。

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