奏汐音と猫2

 ガラガラと台車を押して、進んでいく。江ノ島神社の方に向かう訳では無いため、鳥居を左に曲がる。


 うだるような暑さに、すでに疲弊気味の俺とは対称的に奏はルンルンと弾むような足取りで前を進む。


「あっ!」


 聖天島しょうてんじま公園辺りに差し掛かった辺りで、奏は時折、足を止めるようになった。


「にゃんにゃんにゃん」


 暑さでおかしくなったのかと思われるかもしれないが、これは通常の奏なのだ。


 奏が話しかけている相手は俺ではない。


 立派な尻尾を持つトラ猫。


 奏に心を許したようで、パタリと奏の眼の前で倒れて触れよとお腹を向けた。


「あはっ。かわいいっ」


 奏はタイトなスカートを履いているのをお構いなしに座り込む。


 カップルの男が奏の方を見ていて、それに気がついた彼女に頭を叩かれていた。


 まったく……


「少しは気にしろ」


 俺の忠告が聞こえていないほど猫に夢中なようで、奏は猫を撫で続けている。


 本当にこいつは……


 奏の前に立ちはだかり、回りから奏の奏が見えないようにガードしてやる。


 炎天下の中、ただその場に立っていると言うのもなかなかに辛いものだ。額を汗が流れていく。


 しばらくして猫が満足して去っていくと、奏も立ち上がった。


「まったく、バイト中だって事忘れんなよ」


「しょうがないじゃん。猫が可愛過ぎるんだもん」


「んなことばっか言ってると、荷物持たせるぞ」


「にゃんにゃん」


 言いながら奏は招き猫みたいなポーズをする、そして、続けてこう言い放ったのだ。


「奏はこんな手だから、持てないにゃーん」


 世の一般男子ならどう思うのだろうか?惚れる?魅入る?

 しかし、俺は違う。


 そんな奏をその場に残して、無言でガラガラと台車を押す。


「あっ、待ってよー」


 なんて言いながら後ろをついてくるが、慌てている様子はない。


「まったく……」


 なんで俺はこんなのの相手をしなくちゃいけないんだ……

 そこまで考えて大和さんの顔が浮かぶ。大和さんの文句は言えない。恩人だからな。

 だから、黙って台車を押した。


 荷物を配達するには、聖天島公園裏の階段を昇っていく必要があるが、台車は持っていく事はできない。


 島の狭い階段付近に放置することはできないよな……となれば、聖天島公園に台車を一時置かせて貰って、手で荷物を持っていく他ないか。


 聖天島公園裏に差し掛かった所で立ち止まると、ポヨンと背中に何かが当たる。奏だ。


「うわっ!」


「ちゃんと前見て歩けよ」


「停まるなら停まるって言ってよ!」


 ブーブーと文句を言う奏は無視して、聖天島公園内に入りベンチ横に台車をつけた。


「なんで公園に入ったの?休憩?」


 疑問を浮かべた奏がベンチ横までやってくるが、休憩にはまだ早い。


 答えずに荷物をベンチ上へ移して台車を折りたたみ、邪魔にならない所に置いてからベンチへと戻る。


 奏は公園内の鳥居の方を見ていた。公園内に猫の姿がチラホラ見られるが、先程まで猫を見ていた様子とは雰囲気が違っていた。


「どうかしたのか?」


「……ううん。大丈夫!早く荷物を届けましょう」


 奏の見ていた方向には小さな女の子が一人いて、鳥居裏の草むらに侵入しようとしている所だった。

 隠れんぼでもしているのだろう。


 奏が先に歩き出したのを見て、ベンチの荷物を拾い上げると、その後に続いた。


 袋三つを持ち上げると、結構な重量があった。これ持って、あの急な階段登るのかよ……


「なあ、奏」


 呼びかけると奏は振り返り、再度招き猫のポーズをしてみせた。


 中々に良い性格してやがるな。長生きできると思うよ。


 いつか仕返しをしてやることを心に近い、急な階段を登った。




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