奏汐音と猫

 奏がうちでアルバイトをするようになって早くも二週間が立った頃、俺は、激動の夏休みを向かえていた。


 激動だったと言うのは過ぎ去ったからわかることで、夏休みが始まった頃の俺は知らない訳なのだが。


 元より家業の手伝いがある俺はダラダラ過ごすことなんて出来ないのだけど、厄介事が舞い込んでくるのだ。


 そんな事を知らない、夏休み初頭のスギウラから語は始まる______



「お前暇なのか?毎日家に来てんだろ?」


「暇な訳じゃないよ?ただ私はアルバイトをしにきているだけ」


 ニコニコとした笑顔で真っ直ぐな瞳をこちらへ向けて奏は言った。


 特に何をするという訳でもなく、奏は椅子にただただ座っていた。……まあ俺もだから文句を言う筋合いはないのかもしれないが。


「だったら事務所の前の掃き掃除でも……」


「翔君が帰ってくる前に終わらせたよ?」


「じゃあ、事務所内の清掃は」


「それも終わってる」


 奏は食い気味にそう答えると、テーブルに両手をつき、方杖をついて俺をニコリと見つめた。


 なんか負けたような気がするが、言わないわけにはいかないだろう。


「ありがとう」


「うん。よくできました」


 奏は手を伸ばして、俺の頭を撫でようとするが、軽く払い除けた。


「せっかく美少女が褒めてあげようとしているのに」


 たしかに奏は美少女だが、それを自分から言い出すような奴に褒められたくはない。認めたくもない。


「ふん」


「拗ねちゃって可愛い」


 奏から逃げようと、席を立つと、ガラガラと事務所の引き戸が開いた。


 入ってきたのは、大荷物を持ち、滝のような汗を流した大和さんだった。


「ふうー今日は暑いねー。奏ちゃん店番どうもありがとう」


「いーえ。どういたしまして」


 大和さんはテーブルの上に大荷物を置き、パタパタとシャツを扇いだ。


「おかえり。これって山城さんの所に持ってく荷物?」


 山城さんは江ノ島の中腹に住む高齢者だ。

 江ノ島は見た目以上に急な坂も多く、買い物を自らの足で行なうのが難しい為、うちスギウラに依頼をよくしてきているお得意さんだ。


「そうだよ」


「今回も凄い量だね」


「まあ、一週間分だからね」


 そう言いながら、大和さんは先程まで俺が座っていた椅子に腰をおろした。


「悪いんだけど、今日の配達は二人に頼めないかな?ちょっとこのあと、ここで打ち合わせが入ってしまってね」


「別に___」


「良いですよ!行きます!」


 俺が答えるより早く、いや、俺が答えるのを遮って奏が答えた。


「そうかい。助かるよ」


「はい。任せてください!」


 俺の返答は無視で会話は進んでいく。まあ、俺も了承の返事をするつもりだったから否定をすることはしないが。少し悶々とはする。


「翔も頼んだよ」


「うん。わかった」


「じゃあ、さっそくお届けしましょう!」


 言うやいなや、奏は立ち上がると、事務所の出口へと向かっていく。

 荷物は一つも持たずに。


 奏に少しは持てよと言おうと思ったが、軽そうな荷物が見当たらない。大きな買い物袋が三つ。試しに一つづつ持ち上げてみるも、全てが重い。


「大和さん台車あったっけ?」


「あー、少し壊れかけだけど、うちの裏に転がっているよ」


「わかりました」


 家の裏に回り台車を持ってくると、荷物を乗せずに転がしてみる。

 少しタイヤが取れかけていてガタガタとうるさいけど、なんとか使えそうではあった。


「はやく、はやくー」


 普通の男子だったならデレデレになりそうな猫なで声で奏は催促する。


 しかし、俺はそうはならない。台車に荷物を乗せ、しぶしぶ奏の元へと向かう。


「はー、じゃあ行ってきます」


「うん。よろしく」


「出発シンコー!」






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