第10話 王子教育と語呂合わせ





 それから、離宮での生活は平穏そのものだった。1週間くらいは、皇帝の下らない愉悦の為の下準備ではと疑っていたが、俺もショーンと一緒に王子教育を受けるまでになって、どうやら違うようだと考えるようになった。もちろん、全面的に信じた訳じゃなく、心の片隅では警戒心を持ち続けているが…。いつどうなるかは俺にも分からなかった。


 何しろ、生活が全て離宮内で完結するので、外には出ないし、クソ皇帝とも一切接触がない上に、何故こうなっているかの説明も勿論ない。

 状況から察するに、どうやら俺の苦肉の策を皇帝は信じることにしたらしい。あの猜疑心の塊が、どうやってその考えに至ったのか知りたいが、とりあえず俺を実子だと認める事にしたなら、実母に謝れよ!とは思う。あと、ハーレムがどうなったか。皇帝が俺を実子と認めても、隠匿し勝手に育てたとしてダーシャ達が罰されていないかが気掛かりだった。


 でも、俺にはそれらを知る術がないんだよな~。離宮内の侍女や侍従たちはあざと可愛い攻撃でガード甘くなってきてるけど、侍従長はなかなか頑固だしさ。情報収集頑張るぞぃ!なんて気合い入れてたけど、誰彼構わず聞いたとして、第一、離宮に仕えてる人間がハーレムの事なんて知ってるか?って考えると難しそう。ほら、管轄違いってやつ。


 やっぱ、クソ皇帝に直接聞くしかない?


「うにゅぅぅぅ~」


「どうしたの?分からない問題でもある?」


 急に突っ伏した俺に、並んで座っていたショーンが心配そうに顔を覗き込んできた。しまった、今はショーンと一緒に課題をやっている最中だった。


「わ、分からないのは、歴史の問題かな!苦手だから!」


「イアスはとっても賢いのに、歴史と貴族名覚えるのと礼儀作法の勉強が苦手だね~」


 ショーンに指摘されて、ウグッと言葉に詰まる。

 だって仕方ないよね?俺だって、前世の記憶で余裕綽々としてたよ最初は!でも、数学なんかは前世の知識で余裕余裕、言語学なんかは転生チートで余裕余裕、この世界の歴史は余裕…あれ…覚えなきゃ出来ないぞ?マジでか?貴族名鑑を覚える作業…苦行だよ~横文字ばっかりでみんな名前長いよ~無理~礼儀作法って日本のとも違うし貴族用じゃん!常識がない?知るかー!こちとら前世今世平民じゃー!

 と、なった訳です。転生チートも万能ではないんだね~!ちくしょう!


「歴史はひとつひとつ覚えていくしかないよ」


「だよね~。仕方ない、語呂合わせでも作るか!」


って何?」


 キョトンとしてショーンは俺を見た。あれ、この世界って語呂合わせないの?


「語呂合わせって言うのは、年号なんかを忘れない方法だよ!1192だったら良い国みたいな!あれ、1192はそもそも変わったんだっけな?」


「1192はあるよ!神獣が隣国との戦に勝った年だよ!良い国か!ピッタリだね!」


「おおぅ、変更された語呂合わせが此方で役立つとは!あの語呂合わせ作った人も報われる!」


 うちの国、皇紀ってのを使ってて今が2845年らしい。3000年近く続いてるの?凄い!って思ったけど、神話の時代が2500年くらい含まれてるからね!ずるっ子!


 まぁ、国名変わらず300年以上なら十分長い歴史の国らしい。周辺国はもっと短いスパンで勃興を繰り返してるから。でもな~、ガチで古い歴史の日本から来たからな~300年だと短ぇよな、やっぱ。


「1192語呂合わせ、イアスが作ったんじゃないの?」


「あ、いやー、誰なんだろ。色々かなぁ。別に誰かが決める訳じゃないから、好きに作って良いんだよ、多分。こっちは著作権とかないし」


って何?」


 ウッカリ前世用語を喋ってしまい、汗をかく。どうやら、此方にない概念はそのまま日本語っぽい発音で出てるみたい。転生チートで会話をスムーズにする能力なんだろうけど、メカニズムは全く分からない。

 今のところ、ハッキリ分かる俺の転生チートは言語能力のみだ。


 残念!


「いやいや、それよりさ!お兄ちゃんも語呂合わせ作ってよ!そんで2人で作って覚えよう!そしたら楽しく簡単に覚えられる筈!」


「えぇぇ!自分たちで作るの!?凄いね!それは良い考えだ!」


 途端に、ショーンの目がキラキラ輝きを放つ。この子は最初からピュアっ子で優しかったけど、今やすっかりフランクに喋り合う仲だ。

 いや、ホント、素性の怪しい弟によくここまで打ち解けてくれた!打ち解けたっーか、過保護っうか、ブラコンお兄ちゃんか?


「まあ、僕も昔色々考えたんだ~」


 前世、友人と作った下ネタ語呂合わせは今も忘れていない。

 長宗我部元親をちょースケベで元痴漢ってクラスに広めたらテストで偶然出て感謝されたエピソードまであるよ!あれから、長宗我部元親の人気が上がって、あの語呂合わせはファンに怒られそうと語るのを封印したものだ……懐かしい…

 他にもインカ帝国関連の語呂合わせとかも下ネタで覚えたなぁ!スマンなインカ帝国!でも下ネタが一番早く覚えられたのだよ!


 あちらの世界でも下ネタ語呂合わせの本って売れると思うけど、親は子供に買わないだろうな~あと、塾とかでも採用しにくいよなぁ~でもオススメだよ~!下ネタはやはり人間の本能にブッ刺さる!


「イアス、そんなに小さな時から語呂合わせしてたの!?凄いね~」


「あ、いや、昔って言ってもほら、半年前とかだから…」


 ニコォ~っと笑って此方に手を伸ばすショーンは、自然な仕草で俺の頭をナデナデしてくる。最初、これを俺がショーンにやった時は吃驚していたけど、今やショーンの方が積極的にやってくれる。こうやって些細なことでも、しっかり褒めてくれるのだ。

 しかし、実態は、幼児に褒められイイコイイコされる中身成人済みの俺…、心地よく感じてヤバイような…、でもな~イアスの感覚だと普通にお兄ちゃんに褒められて嬉しいしなぁ~。


 まぁいっか!受け入れとこ!


「でも凄いよ!歴史学のシュタイン先生だってそんな方法きっと知らないよ!」


 フンフンと拳を握って興奮するショーン。初対面の時は大人しい印象だったけれど、最近は子供らしい表情も増えてきた。


 まぁ、ショーンが興奮するのも分からいではない。歴史学のシュタイン先生とは、俺たちにつけられた教師の1人で、白髭の爺さんだ。学者肌の頑固タイプで、毎回毎回テストと口頭質問を繰り返す。教科書や資料は授業前に読み込んでこい!って事らしい。授業中のやり取りも堅くて面白味に欠ける。まぁ、歴史学って暗記ものだもんね。後は政治と戦争と宗教の流れを掴めば大体分かる。暗記が滅茶苦茶に面倒くさいけど、太古に起こった事が現在にも影響しているのを知れるのは面白い。それは前世の歴史も同じだった。


「いやー、どうかなぁ、お堅い先生だから言わなかっただけとか?知らんけど」


「ぷっ、ふふふ、イアスって語尾に『知らんけど』って時々入れるけど癖なの?」


 小さな両手で口元を押さえながら、ショーンは笑いを堪えようとして端から漏らしている。

 口癖は無意識だったが、前世の記憶だな、多分。俺、関西人だったのかな?色々くだらない細かいエピソードは覚えているのに、己自身の事があやふやだったりする。ここはやはり、ハーレムの無事が確認出来たら、前世の俺のこと腰を据えて思い出さないとなぁ~。


「あー、そうかも。雑多な環境で育ったせいかな~知らんけど」


「あははは!今のはわざと入れたでしょう!」


「ふははは!その通りじゃ、諸君!」


「もうっ、今度はシュタイン先生のマネ?」


「いや、あの先生、『その通りじゃ、諸君』って結構言うよね?」


 言いながら、俺が椅子から立ち上がって教師の仕草と表情までマネをすると、ショーンは我慢できなくなったのか、お腹を抱えて笑い出した。


 子供らしく無邪気に笑うショーンの姿を楽しく眺めていると、扉の外から慌てたノックと同時に侍女のリーマと侍従長のセバスチャンが飛び込んできた!


「た、大変です!両陛下から個別にお誘いがっ!」


「両陛下?」


 俺が首を傾げると、ショーンが答えてくれた。


「お父様と…、皇妃様のことだよ」


 お父様はクソ皇帝のこと。皇妃ってのは、多分クソ皇帝の正妻、聖国出身の女だろう。クソ皇帝との間に3人子供がいて、皇妃宮に子供と一緒に住んでいる。どうやら、没落した子爵家出身の母親から生まれたショーンを蔑んでいたらしい。以前に情報収集の一貫で皇妃について訊いたら、ショーンの悲しげな表情で察した。

 じゃあ、奴隷階級の実母から生まれた俺はどういう扱いになるのかな?空気扱いで無視かな?或いは物理的暴力?それとも俺は呼ばれてないとか?


「皇帝陛下からは昼食会をと、お二人に。皇妃陛下からはお茶会にと、イアス様に」


 なんか暗い顔で後半部分を侍従長が告げ、ショーンの顔が真っ青になった。多分、俺が1人で呼び付けられたからだろうな。


 ふーん、どうやら皇妃側は俺1人をタコ殴りにするつもりらしい。これは絶対1対1の戦いじゃないな。リンチだリンチ。幼気な子供にそういう事を平気でやれるクズババァかぁ~流石にクソ皇帝の正妻なだけあるわ!ショーンを虐めてた時点で許さねーけど、クズババァの逆恨み喜んで買うぜっ!


 俺は決意を固めて宣言した。


「両陛下のご招待、謹んで承ります。と、お伝え下さい」


「い、イアス、1人では…」


「大丈夫です、お兄様!僕の存在感をしっかりアピールして参りますから!それに明日直ぐって訳ではないのでしょう?セバスチャン?」


「は、はい!」


 ニコニコと満面の笑みを湛えながら、俺の内心は般若だった。それを感じたのか、普段は俺に慇懃なセバスチャンも素直に返答を返す。


「礼儀作法のコーニス先生とセバスチャンに協力して貰って、しっかり準備しましょうねっ☆」


 ショーンに向かってキラッ☆なウインクをして見せると、漸くちょっと顔の青さがマシになった。

 全く、これ程にショーンや周囲をビビらせるとは、どんな因業ババァだクソ皇妃!






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