第9話 お兄ちゃんは心配性





 翌日、あんなにヤル気満々、気力パンパンだったはずなのに、俺は盛大に寝ぼうした。と言うか、慣れない環境変化で疲れているだろうとショーンが気を遣い、寝かせておくように指示してくれていたらしい。

 そうとは知らず、ハーレムや奴隷窟と同じ感覚で、好きに起きて寝ぼけ眼を擦りながら裸足で廊下に出たら、慌てて侍女が飛んできた。


「い、イアス様!起床の際には呼び鈴をお鳴らし下さい!」


 泡を食った侍女の様子に、どうやら貴族の常識から逸脱した行動だったらしいと自覚した。でも仕方ないよね。だって俺は前世も今世も貴族的な生活なんてしたことねぇーもん!常識なんて知らねぇーよ!


 内心悪態を吐きつつ、俺は悲しげな顔を作って侍女を見上げた。


「ごめんなさい。僕ね、こんなフカフカのベッド初めてで、嬉しくて、浮かれてて忘れちゃったの。どうしたら良かったか、色々分からない事もたくさんあるから、教えてね?」


 俺は己の黒目がちな顔を盛大に利用し、あざとく振る舞う。ハーレムのお母さん達から可愛い可愛いと撫で回され、自ら可愛い角度を取得し、可愛がられてきたのだ!イアスの記憶は生存本能だが、俺も混じった今では計算だ!


 あざと可愛いは正義!あざと可愛いは作れる!


「あぁ、イアス様。此方がお仕えする身で強く言いすぎました。お許し下さい」


「何で謝るの?悪いのは僕だよ?これからも違うことは違うって教えてね?その方が僕は嬉しいな!」


 謝罪して俯いた侍女の膝付近に、俺は駆け寄り、キュッとお仕着せの裾を握って見上げた。これは小動物がよくやる仕草に近く、これをやられると子供好きはイチコロだ。


「イアス様…」


 その侍女の表情に俺は『落ちたな』と確信した。この、イアスの可愛さにメロメロになっている表情は分かる。何故ならハーレムのお母さん達の表情と同じだからだ。

 この国では黒髪黒目が珍しく、忌避する人も確かにいたが、暫くイアスに接しているとアッサリ陥落したようだった。

 じゃなきゃ、幾らダーシャがリーダー格だったとしてもハーレム全体で庇ってくれる筈がない。ひとりひとり、イアス本人が陥落させたからこそ、今の今まで生き延びられたのだ。


 ある意味、天然ものだったイアスの方が、正真正銘魔性のショタだったのかもしれない。


「イアス!どうかしたの!?」


 気が付いたら、心配したらしいショーンが駆け寄って来ていた。初対面より少しラフだが、白シャツにベストを着て、上等そうな半ズボンと白線の入った靴下、そして磨き上げられた革靴を履いている。まさに簡易版ショタ王子様ルックだ。

 

 くぅ、ツルツルの膝小僧が眩しい!年取るとこんなツルツルのピカピカした膝じゃなくなるんだよな~子供特有だよな~!

 っと、思考が脱線した。いけないいけない。


「お兄様、おはよう」


「えっ、お、おはよう、」


 きちんと向き直って挨拶したのに、ショーンの表情は目に見えてショボンとした。礼儀作法を間違ったか?と思ったが、作法が違うなら横の侍女が指摘するだろう。何故なら先ほどイアスのあざと可愛さに陥落済みだし。

 と言うことは、それ以外の……


「あ、あ、ごめんなさい!お兄ちゃん、おはよう!」


 思い至って、慌てて訂正したら、パアアァ!と一気にショーンの表情が回復する。どうやら正解だったらしい。


「イアス様、ショーン様はお兄様と」


「良いんだ!イアスは特別だから!それにこの呼び方は離宮の中だけにするし!ね、イアス!」


 侍女の注意は想定内だったのか、ショーンは淀みなく答えた。ちゃんと妥協点も弁えている。

 どうやら、ショーンは本質的に優しくピュアっ子だけれど、年の割に聡いようだ。


「うん、分かった!離宮の中だけの特別にするね!」


 ニコッと笑って頷けば、侍女はそれ以上何も言わなかった。正面のショーンはまたニョニョしてモジモジ照れている。

 

 下町の子みたいな呼び方をされてここまで喜ぶのは、きっと気安い間柄になれたように感じるからだろう。今まで、ショーンにはそんな間柄の人間はいなかったのかもしれない。


「では、イアス様、お着替えを。裸足のままでは余計に身体が冷えてしまいます」


「そうだね、イアス。早く着替えておいで!お兄ちゃんと一緒に昼食を食べよう!実はね、その為に起こしに来たんだよ!」


 侍女に促されて頷くと、ショーンから昼食に誘われた。ここで漸く、俺は昼近くまで爆睡していた事実に気付いた。自覚はなかったが、やはり奴隷窟での生活で疲労が蓄積していたらしい。実際、精神的には俺と混ざり合って保っていたが、幼児のイアスには肉体的にも精神的にもギリギリだったに違いない。


 改めて、クソ皇帝許すまじっ!


「分かった!お兄ちゃん、待っててね!すぐに着替えて行くから!」


「慌てないで良いよ。慌てて転んだりしたら大変だ!ゆっくり来ていいからね、お兄ちゃんはイアスを待ってるから!」

 

 俺の返答に、胸を張ってフンスフンスと鼻息荒く主張するショーン。やはり、天然ショタの可愛さはあざと可愛いとは別口かもしれん…


 そんな余計な事を考えているうちに、半ば連行されるように侍女に部屋に連れ込まれた。

 扉の外でショーンが再度「ゆっくり来るんだよ!」と主張していて、その心配性っぷりに苦笑してしまう。どうやら異母兄は想像以上に過保護なようだった。






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